いま、思うこと〜提言・直言・雑感〜 工藤茂

第43回:表現の自由、国連特別報告者の公式訪問

ケイ氏の記者会見を伝えるテレビ朝日『報道ステーション』(2016年4月20日放送/以下同)
 2015年10月下旬のことである。国連総会第三委員会(人権)において、表現の自由を担当するデビッド・ケイ特別報告者は、同年12月1〜8日の予定で日本を公式訪問することを発表した。ところが、その1カ月後、日本政府からの突然の要請で、それが延期になったことが報じられた(『東京新聞』2015年11月20付)。
 当初の予定は、もちろんケイ氏側からの一方的なものではない。日本政府と合意のうえで設定されたものだ。ホテルも航空券も手配済みだった。日本側からの延期申し入れは11月13日で、ケイ氏側は再考を促したのだが、17日に重ねて延期を求められたという。外務省の説明は「予算編成などのため万全の受け入れ態勢が取れず、日程を再調整する」ということだった。
 この特別報告者は、国連の独立した専門家として、中立の立場から政府(中央・地方)と民間(NGO、関係当事者)にインタビュー調査を行う。その後報告書をまとめ勧告を出し、当該国政府が勧告を実施するよう国連として促す役割を担っている。
 表現の自由に関して特別報告者の公式訪問は初めてだが、もちろん国連が日本の言論状況に危機感をもったことによるものだ。安倍政権についてはかねてより恥ずかしい思いをしてきているが、「国連の公式調査を2週間前にドタキャンするなんて、国際社会から見たら異例の状況」(『日刊ゲンダイ』web版、2015年11月22日付)だそうで、恥ずかしさが嵩増しした思いがした。よほど具合が悪いことがあると受け止められてもやむを得ない。
 延期要請は明らかに日本政府の判断ミスである。メディアに新たな話題を提供することになり、マイナスにしかならない憶測を呼び起こし、国際的にも注目を浴びることになった。
 イギリスに本部がある国際人権NGO「アーティクル19」が早速「日本政府の拒否に懸念を表明する」という声明を発表した。このNGOは特定秘密保護法審議中にも否決を求める声明を発表しているが、今回は「批判が高まる中で、日本政府が国際基準を順守しているかどうかを審査する国連の専門家に会いたがらないのは驚くべきことだ」とキャンセルの再考を求めている。もちろん日本のNGO、9団体も共同文書を外務省に提出して、調査の受け入れを求めた(『東京新聞』2015年11月25日付)。

 
 ところで、日本はどれほど危機的な状況なのか一例をあげる。特定秘密保護法が成立したのは2013年12月6日だが、その翌年5月、来日した元アメリカ国防総省高官モートン・ハルペリン氏は、特定秘密保護法についてのインタビューで次のようにこたえている。
 「21世紀に民主政府によって検討された秘密保護法のなかで最悪のものだ」
 特定秘密保護法はアメリカの関与ともいわれているが、ハルペリン氏はそれを否定しなかった。しかし「今回制定された秘密保護法は広範囲。必要な秘密保護法はもっと狭い範囲に秘密を特定するものだ。日本は、何か独自の目的があってこのような法律の制定を急いだのだろう」と、アメリカが意図したものを超えていることを指摘した(2014年5月8日、岩上安身による単独インタビュー)。
 2013年11月、ケイ氏の前任者フランク・ラ・ル氏は国会審議中の特定秘密保護法案に懸念を示す声明を発表した。ほかにも国連の人権高等弁務官、自由権規約委員会なども懸念を表明していた。2014年8月に特別報告者に任命されたケイ氏もそうした流れをうけ、日本の研究者やNGOと連絡をとりながら調査をすすめてきたのである。
 日本政府は世界のそういった動きを知っているにもかかわらず、認識が甘かった。予算編成を延期の理由にした外務省の説明など、たんなる言い訳にすぎないことは誰にでもわかる。日本政府は今年の秋を希望したというが、批判的な勧告が夏の参議院選挙の前に出されることを避けたかっただけのことである。
 ケイ氏はひるまなかったらしい。少しでも早期にと粘り強く受け入れを求めた結果、日本政府が折れて4月に実現となった。日本政府としては「4月の調査なら、報告書は春の人権理事会には間に合わず、先送りできるという読み」(『週刊現代』2016年5月7・14日号)だったらしい。
 
 ケイ氏は4月11日から19日まで日本に滞在し、短期間にもかかわらず国会議員をはじめ政府関係者やジャーナリスト、NGO関係者などに精力的にヒアリングしている。同氏にブリーフィングを行った日本のNGOに所属する弁護士のブログ「澤藤統一郎の憲法日記」によると、「多忙を極めているご様子」だったという。そして19日の離日直前、日本外国特派員協会において暫定的な報告会見を行った。
 会見翌日の『東京新聞』(2016年4月20付)はスペースを割いて報じ、テレビ朝日『報道ステーション』も取り上げていた。ぼくは偶然読んだ『週プレNEWS』(2016年5月13日配信)の記事に興味深い内容があったので、そちらを参考にしたい。まず、ケイ氏が会見で報告したおもな内容は次の4点にまとめられている。
・政府がメディアをコントロールできる根拠となる放送法4条の廃止

・政府に代わり、放送機関を監督する機関の設立

・大手メディアだけがアクセスできる排他的な記者クラブ制度の廃止

・ 取材者と情報提供者が罰則を受ける恐れのある特定機密保護法の改正
 『週プレNEWS』の記事は触れていないが、ほかに沖縄の辺野古新基地建設予定地周辺(陸上・海上)での抗議活動に対する過剰な圧力について、ケイ氏は来日前に個人的に調査してきていること、日本政府、警察庁、海上保安庁などへ懸念を伝え、今後もこの問題を監視していくことを伝えたという。
 
 ところでケイ氏は、面談した多くのジャーナリストたちが共通して使った言葉に、日本の報道の自由の危機を感じたという。
 「多くのジャーナリストが、安倍政権について独立性を保った状態で報道することが難しいと話してくれました。その際、興味深かったのは、ほぼすべての人が『面談は匿名でお願いしたい』と言ったことでした」
 仮に実名で調査に応じたことが明らかになった場合、自分がどのような状況におかれるのか危ぶんでのことである。そんななかでただひとり、元経済産業省官僚の古賀茂明氏が実名も会談内容の公表も認めたうえで面談している。安倍政権から圧力があったという証言のみでは不充分なので、証拠のあるケースに絞って証言したという。
 とくに、自民党がテレビ朝日の『報道ステーション』のプロデューサー宛に出した文書で、アベノミクスの恩恵が大企業や富裕層にしか及んでいないかのようなニュースを放映したとして、名指しで抗議してきたものだ。そこには「ニュースは放送法4条に照らして、十分に意を尽くしたとは言えない」と停波の脅しまでもあって、この文書にはケイ氏も驚いていたという。
 さらに重要な「高市発言」の問題もある。ケイ氏は、政権の意向に沿わないテレビ局の停波に言及した高市早苗総務相の発言について、政府機関からも確認し、何度も高市総務相に会見を申し入れているが、国会会期中を理由に断られたと語っている。
 
 ところで、この暫定報告会見だが、これは当初の予定にはなかったものだったという。報告書は来年の公表に間に合いさえすれば済むはずのものである。それをケイ氏は徹夜で暫定報告書を仕上げ、滞在中に公表することにこだわった。それはすべて、安倍政権の不誠実な対応に危機感を覚えたからだという。
 「安倍政権の不誠実な対応」とはなにか。まず、訪日調査延期要請を快く思っていないことは当然である。そして高市総務相が面談を拒否し続けたことである。国連を代表しての調査である。高市総務相個人ではなく、日本政府の判断である。日本政府は明らかに対応を誤り、その結果、予期しない時点で世界に向けて報道されることになった。
 そして放送法については手厳しいコメントがつけられた。
 「(放送法を読むと)放送法そのものが政府の規制を認めている内容になっていて、非常に大きな懸念がある。過去にそれによって罰せられた事実はないとしても、やはり脅威となる。したがって(政治的な公平を定めた)放送法第4条は取り消す必要がある。政治的公平性を判断するということは非常にオープンな議論を必要とするもので、それを政府がコントロールするということであってはならない。独立した規制機関が存在しないことが原因になっているのではないか」と提言している(「logmi」 2016年4月19日付)。
 
 新聞報道だけをみていると、ただの訪日調査としかみえないのだが、その裏では国連側と日本政府間のバトルがあったことが『週プレNEWS』によって明らかにされた。
 この会見の2日後、国際NGO「国境なき記者団」が発表した2016年の「報道の自由度ランキング」が報じられ、日本は前年の61位から順位を大幅に下げて72位となった。いまの安倍政権の姿勢では順位を上げることは容易ではないだろう。
 この「報道の自由度ランキング」やケイ氏の厳しい指摘について、イギリス『ガーディアン』紙の東京特派員ジャスティン・マッカリー氏は次のように述べている。
 「(日本)政府の反応は『予想の範囲内』という感じですね。菅官房長官は例によって『報道の独立は極めて守られている』と、こうした指摘を全面的に否定しましたが、反論の根拠を具体的に示して議論するのではなく、(中略)頭ごなしに否定するだけです。(中略)こうした批判を単なる誤解だと否定するのならば、来日したケイ氏に直接会ってきちんと日本政府としての見解や認識を伝えればいいのに、高市大臣との面会さえ断ってしまうのはなぜなのでしょう? もし『正面から議論せずに放っておけば、そのうちやり過ごせるだろう…』と考えているのなら、あまりにも子供じみたやり方で、そのうち国際社会からも強い反撃を受けることになるはずです」(『週プレNEWS』2016年5月12日配信) 
 いま、ぼくらはこういう国に暮らしていることを自覚しなければならない。いまのところ安倍政権の支持率には大きく下がる傾向はみられない。 (2016/05)
 

<2016.5.18>



いま、思うこと

第1〜10回LinkIcon 
 第1回:反原発メモ
 第2回:壊れゆくもの
 第3回:おしりの気持ち。
 第4回:ミスター・ボージャングル Mr.Bojangles
 第5回:病、そして生きること
 第6回:沖縄を思う
 第7回:原発ゼロは可能か?
 第8回:ぼくの日本国憲法メモ ①
 第9回:2013年7月4日、JR福島駅駅前広場にて
 第10回:ぼくの日本国憲法メモ ②



第11〜20回LinkIcon
 第11回:福島第一原発、高濃度汚染水流出をめぐって
 第12回:黎明期の近代オリンピック
 第13回:お沖縄県国頭郡東村高江
 第14回:戦争のつくりかた
 第15回:靖国参拝をめぐって
 第16回:東京都知事選挙、脱原発派の分裂
 第17回:沖縄の闘い

 第18回:あの日から3年過ぎて
 第19回:東京は本当に安全か?
 第20回:奮闘する名護市長

第21〜30回
LinkIcon
 第21回:民主主義が生きる小さな町
 第22回:書き換えられる歴史
 第23回:「ねじれ」解消の果てに
 第24回:琉球処分・沖縄戦再び
 第25回:鎮霊社のこと
 第26回:辺野古、その後
 第27回:あの「トモダチ」は、いま
 第28回:翁長知事、承認撤回宣言を!
 第29回:「みっともない憲法」を守る
 第30回:沖縄よどこへ行く


第31〜40回LinkIcon
 第31回:生涯一裁判官
 第32回:IAEA最終報告書
 第33回:安倍政権と言論の自由
 第34回:戦後70年全国調査に思う
 第35回:世界は見ている──日本の歩む道
 第36回:自己決定権? 先住民族?
 第37回:イヤな動き
 第38回:外務省沖縄出張事務所と沖縄大使
 第39回:原発の行方
 第40回:戦争反対のひと


第41回:寺離れLinkIcon 


第42回:もうひとつの「日本死ね!」LinkIcon 


第43回:表現の自由、国連特別報告者の公式訪問LinkIcon 


第44回G7とオバマ大統領の広島訪問の陰でLinkIcon


第45回:バーニー・サンダース氏の闘いLinkIcon 

  

第46回:『帰ってきたヒトラー』LinkIcon  


第47回:沖縄の抵抗は、まだつづくLinkIcon 


第48回:怖いものなしの安倍政権LinkIcon


第49回:権力に狙われたふたりLinkIcon


第50回:入れ替えられた9条の提案者LinkIcon 


第51回:ゲームは終わりLinkIcon 


第52回:原発事故の教訓LinkIcon


第53回:まだ続く沖縄の闘いLinkIcon

第54回:那須岳の雪崩事故についてLinkIcon

第55回:沖縄の平和主義LinkIcon

第56回:国連から心配される日本LinkIcon

第57回:人権と司法LinkIcon

第58回:朝鮮学校をめぐってLinkIcon

第59回:沖縄とニッポンLinkIcon

第60回:衆議院議員選挙の陰でLinkIcon

第61回:幻想としての核LinkIcon

工藤茂(くどう・しげる)

1952年秋田県生まれ。
フリーランス編集者。
15歳より50歳ごろまで、山登りに親しむ。ときおりインターネットサイト「三好まき子の山の文庫」に執筆しているが、このところサボり気味。

工藤茂さんの<ある日の「山日記」から>が読めます。LinkIcon