いま、思うこと〜提言・直言・雑感〜 工藤茂

第44回:G7とオバマ大統領の広島訪問の陰で

 G7伊勢志摩サミットを1週間後にひかえた5月19日のこと、沖縄県うるま市の女性の遺体が発見され、元海兵隊員の軍属が死体遺棄容疑で逮捕された。その後、容疑者は暴行殺人を認めており、6月9日にも殺人容疑で再逮捕となるようだ。
 この事件の捜査・報道に関して、『LITERA』(2016年5月20日付)の記事から、まず在沖縄メディア記者の話を紹介する。
 「沖縄県警はすでに、事情聴取段階で相当な証拠を固めていた。ところが、県警内部で、捜査に圧力がかかっていたようなんです。安倍官邸の意向を忖度した県警上層部が『オバマ大統領の訪日前でタイミングが悪すぎる』と、言いだしていた。それで、このままだと、捜査を潰されてしまう、と危惧した現場の捜査関係者が『琉球新報』にリークしたということらしい。つまり、新聞に報道をさせて、既成事実化して、一気に逮捕に持って行こう、と」  『琉球新報』が5月18日付朝刊で、「沖縄県警が米軍関係者を重要参考人として任意の事情聴取」と報じたのが県警のリークによるものだった。続いて『沖縄タイムス』も後追い記事を出し、本土の全国紙やテレビ局も18日の昼までにはこの情報を確認したが、逮捕が確定的になった夜になって、ようやく「米軍関係者が事情聴取」「米軍属の男が捜査線上に」と報じた。
 次のような証言がある。「万が一、参考人聴取だけで終わったら、安倍官邸、安倍応援団からどんな嫌がらせをされるかわからない、そのことを恐れたんでしょう。どの社も上からストップがかかったようです」(全国紙社会部記者)
 沖縄県警には沖縄生まれ、沖縄育ちの捜査関係者も少なくないはずだ。以前より米軍、日本政府のやり方に不満を抱いていた内部の良心的なひとたちによるリークがなかったら、この事件はどの程度オープンにされたものか、危ういところだった。

普天間基地周辺(写真提供/筆者) 米軍属の男性逮捕の報が流れたとき、翁長雄志[おなが たけし]知事はは訪米中で留守だった。したがって事件の対応には安慶田光男[あげだ みつお]副知事があたっている。
 5月19日、ニコルソン在沖米四軍調整官は安慶田副知事に謝罪の電話を入れたが、民間人の犯行だと強調したため、「明日も『民間人の犯行』だと責任放棄のようなことを言うなら、お引き取り願う」と副知事は怒りをあらわにしていた。20日、ニコルソン四軍調整官とエレンライク在沖米総領事らが副知事を訪ね、「会談で調整官が自身の責任を明確に認めた上で謝罪したため安慶田氏も受け入れたが、舞台裏は一触即発だった」という(『沖縄タイムス』電子版、同年5月23日付)。
 中谷元防衛相と在日米軍のドーラン司令官との会談で、司令官は「非常に心が痛ましく、大変寂しく思う事件だ」と述べたものの、逮捕された米軍属の男について「分かっていることは現役の米軍の軍人ではないということ、国防総省の軍属、職員ではないということ、また米軍に雇用されている人物ではない」などと説明し、自らの責任を回避するような発言もあった(『琉球新報』電子版、同年5月20日付)。
 アメリカ国防総省のデービス報道部長は、記者会見で次のように強調した。「米軍人でも国防総省の軍属でもなかった。米軍施設にサービスを提供する会社で働いていた人物で、地位協定上の地位の資格を与えられるべきではなかった」「繰り返すが、民間契約業者で地位協定上の地位を持つべき人物ではない」。国防総省のクック報道官も「契約業者であり、軍属ではない」と指摘し、米軍と容疑者の関わりの薄さを強調している。
 報道からみえてくるアメリカ側の言葉は、他人事のようだった。容疑者が米国籍であることを否定してはいないが、この事件から距離をおきたがっているように感じられた。そう思っていたところ、21日になってカーター国防長官は、中谷防衛相との電話会談で、再発防止に向けて「できるすべてのことをする」と強調したうえで、「日本の法体系で対処されることを望む」と述べている。このままでは事態は悪化すると懸念したのか、少しは誠意をみせたというところであろうか。
 そのあたりの事情について、『琉球新報』電子版(同年5月25日付)の「容疑者”民間人”を強調 米政府、事態の収拾急ぐ」が詳しく紹介してくれていた。
 先の国防長官の「日本の法体系で対処されることを望む」という言葉にアメリカの誠意を感じたぼくは、ただのお人好しだった。容疑者は民間人であり、日米地位協定の適用外だから「日本の法体系で」と言っているのにすぎないのである。
 容疑者は日米地位協定上の地位ではないということは、軍人でも軍属でもない。ただのアメリカ国籍の民間人による犯罪であり、沖縄県側が主張する「事件は米軍基地があるから起きた」ことにはならない。そして日米地位協定とは無関係の事案となる。
 もし仮に軍人や軍属による事件となると、米軍基地問題に直結してくる。辺野古の新基地建設計画も頓挫し、沖縄の全米軍基地撤去運動へのひろがり、さらに影響は日本全国の米軍基地にまでもおよぶ。日米関係筋はこのことをもっとも恐れたのである。
 今回は容疑者の確保が、たまたま基地の外で日本側によって行われている。もし基地内に逃げ込んでいたとしたら、アメリカ側は容疑者を日本側に引き渡したであろうか。ぼくの推測になるが、日米地位協定を盾に引き渡すことはなかったかも知れない。日米地位協定の「合衆国軍隊の構成員および軍属ならびにそれらの家族」という文言は、そのくらい曖昧なものではないだろうか。

嘉手納基地周辺(写真提供/筆者) しかし、今回のアメリカ側のやり方は必ずしもうまくいったとは思えない。どのような立場であれ、容疑者はあくまでも米軍基地に出入りし、基地内で仕事をしていた。どう言いつくろってみたところで、「事件は米軍基地があるから起きた」という印象を完全にぬぐい去ることはできないのだ。
 23日に安倍首相と会談した翁長知事は、日米地位協定の見直しと来日するオバマ大統領との面談を申し入れたが、まったく無視された。アメリカは米軍基地を受け入れている国とそれぞれ地位協定を結んでいるが、日米地位協定はもっとも不平等なものである。これまでどおり米軍基地が残るのであれば、日米地位協定を改定する必要があるだろう。
 イタリア、ドイツ、フィリピン、アフガンとも、少しでも平等なものにしようと強大国アメリカとの困難な改定交渉をへて現在の地位協定がある。もっとも劣悪だった韓国はようやく日本並みとなったほか、イラク占領終結後も駐留を維持しようとしたアメリカは交渉に失敗し全基地を撤退させた。沖縄の事件は地位協定の見直しを切り出すよい機会だったにもかかわらず、日本政府はまったくその動きを見せることはなかった。しかし共同通信による最新の世論調査では、日米地位協定を改定すべきという回答が71.0%となったいま、翁長知事はもう一度大きな声をあげてよいはずだ。世論が後押ししてくれる。

 来日したオバマ大統領と安倍首相の日米首脳会談は25日夜に行われた。沖縄の事件のため、日本側の要請で1日前倒しされたという。共同記者会見で、安倍首相は開口一番「日本の総理大臣として断固抗議しました」と述べ、沖縄の事件の対応に多くの時間を割いたと意気込みを見せた。しかしながら、続いてのオバマ大統領のスピーチは冷めたものだった。
 一般的な外交問題から話し始め、あたかも事件は最重要の問題ではないことを主張しているかのようだった。彼にとって、沖縄の問題への対応は他の者に任せておけば済む程度のものでしかない。そして「ちょっと、おかしいだろう?」と思い始めたころ、「沖縄で起きた悲劇的な出来事について話し、心からの哀悼と遺憾の意を表明した。アメリカとしては日本の司法制度のもとで、きちんと裁かれるよう、捜査に全面的に協力をすると申し上げた」と、さらりと触れて次の話題に移っていった。そっけない印象のみがのこった。
 翁長知事が直後の記者会見で憤りをあらわにしたのは当然である。知事の要望にはゼロ回答だったのだから。ぼくは、オバマ大統領みずから知事との面談を求め、すでに知事は伊勢に行っているのではないかと思っていたのだが、これも甘かったようだ。政権寄りの佐藤優氏さえ「首相官邸が外務省に対して『沖縄県知事とオバマ大統領が面会する時間を二十分作れ』と指示すれば、(中略)時間を捻出することは可能だ。安倍政権の冷酷な対応に、沖縄の反発は沸点に近づきつつある。このままでは、在沖全米軍基地閉鎖要求が沖縄の民意になる」と書かざるを得なかった(『東京新聞』同年5月27日付)。
 アメリカ側はこのような展開をもっとも恐れていたはずではなかったか。事態は次第に深刻化していく。沖縄県議会は海兵隊の撤退の要求を決議した。初めてのことである。菅義衛[よしひで]官房長官は「犯罪抑止対策推進チーム」の初会合をたった6分間開き、街路灯などの設置を検討するという。翁長知事は「あの娘さんが襲われた状況を見たら、街路灯でどうやって防ぐんだ」と痛烈に皮肉った(『沖縄タイムス』同年5月27日付)。

 5月27日、オバマ大統領は広島平和記念公園の演台に立った。スピーチは「71年前の明るく晴れ渡った朝、空から死神が舞い降り、世界は一変しました」と始まった。あたかも自然に死神が降りてきたかのようではないか。いったい誰が落としたのか。長いスピーチには「アメリカは新たな核兵器開発をやめる」という言葉もなければ、いまも中東で空爆を行っている当事者でありながら「戦争に対する考え方を変える必要があります」など、違和感あふれるものだった。それでも各メディアは沸き返った。沖縄はまったく忘れ去られてしまっていた。
 英国人ジャーナリストのジョン・ミッチェル氏が、情報公開請求で入手した在沖縄米海兵隊が新任兵士を対象に行う研修用に作成された資料を明らかにした。ミッチェル氏は「米軍が沖縄の人々を見下していることを示しており、新任兵士の認識や態度にも悪影響を与えかねない」と指摘した(『毎日新聞』同年5月29日付)。
 そしてここに、辛淑玉[しん すご]氏の記述を紹介する。「10年ほど前、米国で軍人たちにインタビューしたことがある。沖縄での女性への暴行や殺害について聞くと、『アメリカではできないことをしたいんだよ』『自分たちは、沖縄では何をしても裁かれないことを知っている。だって、パスポートを持って入るのではないからね』と、あっけらかんと語っていた」(『琉球新報』同年5月26日付)
 彼らは入国審査を受けることなく日本国内の米軍基地に直接降り立ち、自由に日本国内を行動することができる。これらの記事をみると、米兵や軍属によるどんな事件が起きても不思議ではない。そんな米軍基地外での飲酒禁止命令下の6月5日、米兵同士が基地外で酒を呑み飲酒運転事故で逮捕された。今度は飲酒全面禁止だというが、事故や事件はまた起きる。もはや米軍基地をたたんでもらうしかないのだ。
 6月19日には、沖縄で8万人規模の抗議集会が開催予定だ。日米地位協定改定、辺野古新基地建設断念の要求は当然だが、全米軍基地閉鎖要求、そして沖縄独立の声も一段と高まる可能性もある。 (2016/06)



<2016.6.8>



いま、思うこと

第1〜10回LinkIcon 
 第1回:反原発メモ
 第2回:壊れゆくもの
 第3回:おしりの気持ち。
 第4回:ミスター・ボージャングル Mr.Bojangles
 第5回:病、そして生きること
 第6回:沖縄を思う
 第7回:原発ゼロは可能か?
 第8回:ぼくの日本国憲法メモ ①
 第9回:2013年7月4日、JR福島駅駅前広場にて
 第10回:ぼくの日本国憲法メモ ②



第11〜20回LinkIcon
 第11回:福島第一原発、高濃度汚染水流出をめぐって
 第12回:黎明期の近代オリンピック
 第13回:お沖縄県国頭郡東村高江
 第14回:戦争のつくりかた
 第15回:靖国参拝をめぐって
 第16回:東京都知事選挙、脱原発派の分裂
 第17回:沖縄の闘い

 第18回:あの日から3年過ぎて
 第19回:東京は本当に安全か?
 第20回:奮闘する名護市長

第21〜30回
LinkIcon
 第21回:民主主義が生きる小さな町
 第22回:書き換えられる歴史
 第23回:「ねじれ」解消の果てに
 第24回:琉球処分・沖縄戦再び
 第25回:鎮霊社のこと
 第26回:辺野古、その後
 第27回:あの「トモダチ」は、いま
 第28回:翁長知事、承認撤回宣言を!
 第29回:「みっともない憲法」を守る
 第30回:沖縄よどこへ行く


第31〜40回LinkIcon
 第31回:生涯一裁判官
 第32回:IAEA最終報告書
 第33回:安倍政権と言論の自由
 第34回:戦後70年全国調査に思う
 第35回:世界は見ている──日本の歩む道
 第36回:自己決定権? 先住民族?
 第37回:イヤな動き
 第38回:外務省沖縄出張事務所と沖縄大使
 第39回:原発の行方
 第40回:戦争反対のひと


第41回:寺離れLinkIcon 


第42回:もうひとつの「日本死ね!」LinkIcon 


第43回:表現の自由、国連特別報告者の公式訪問LinkIcon 


第44回G7とオバマ大統領の広島訪問の陰でLinkIcon


第45回:バーニー・サンダース氏の闘いLinkIcon 

  

第46回:『帰ってきたヒトラー』LinkIcon  


第47回:沖縄の抵抗は、まだつづくLinkIcon 


第48回:怖いものなしの安倍政権LinkIcon


第49回:権力に狙われたふたりLinkIcon


第50回:入れ替えられた9条の提案者LinkIcon 


第51回:ゲームは終わりLinkIcon 


第52回:原発事故の教訓LinkIcon


第53回:まだ続く沖縄の闘いLinkIcon

第54回:那須岳の雪崩事故についてLinkIcon

第55回:沖縄の平和主義LinkIcon

第56回:国連から心配される日本LinkIcon

第57回:人権と司法LinkIcon

第58回:朝鮮学校をめぐってLinkIcon

第59回:沖縄とニッポンLinkIcon

第60回:衆議院議員選挙の陰でLinkIcon

第61回:幻想としての核LinkIcon

工藤茂(くどう・しげる)

1952年秋田県生まれ。
フリーランス編集者。
15歳より50歳ごろまで、山登りに親しむ。ときおりインターネットサイト「三好まき子の山の文庫」に執筆しているが、このところサボり気味。

工藤茂さんの<ある日の「山日記」から>が読めます。LinkIcon