いま、思うこと〜提言・直言・雑感〜 工藤茂

第45回:バーニー・サンダース氏の闘い

 参議院議員選挙が終わった。テレビの開票特番を観ていたところ、最初の当選確実に自民党の三原じゅん子氏の名前が出てイヤな予感がしたのだが、まさにイヤな結果に終わった。ぼくが入れた候補者は、選挙区・比例とも落選だった。
 そんな選挙戦の最中だったが、小さな新聞記事に目がとまった。
 アメリカの大統領選挙の民主党予備選で、候補指名獲得を確実にしたヒラリー・クリントン氏が支持者向けに野外ステージでコンサートを開いた。スティービー・ワンダー氏やリッキー・マーティン氏らが歌い、支援を呼びかけたが、最前列の豪華料理付きの特別席は5,000ドル(約54万円)だったという。同じ日にバーニー・サンダース候補が芝生の上で開いたコンサートは、入場無料だった(『東京新聞』2016年6月30日付、夕刊)。
 同じ民主党でありながらも、両候補の立つ位置の違いがよく表現された記事だった。少し前の5月のことになるが、「空席の国会演説 バーニー・サンダース」という動画をネットで観た。いまから25年前の、日本語の字幕がついた4分半ほどの映像である。
 1990年8月のイラクによるクウェート軍事侵攻に対して、翌年1月17日、アメリカのジョージ・ブッシュ大統領は多国籍軍によるイラク空爆(「沙漠の嵐作戦」)を開始した。当時バーモント州選出の下院議員だったサンダース氏はその翌日(1991年1月18日)、国会で抗議のための演説を行った。
 当時サンダース氏は50歳。政治家としてはバーモント州最大の都市バーリントン市長を2期経験してきているが、前年の1990年に無所属で下院議員に初当選したばかりだった。
動画「空席の国会演説 バーニー・サンダース」より同左
 
 

 「私たちは間違いを犯してはいけない。今日は悲劇の日だ。人類にとって、イラクと米国の人々にとって、そして国際機関である国連にとって、さらに地球と子どもたちの未来にとって悲劇の日だ」と、その演説は始まる。

 
 下院本会議場でゆっくり語りかけるサンダース氏。演台後方の議長席には数人の人影が見える。カメラが大きく引くと議員席はすべて空席で、サンダース氏の姿が小さく見える。議員たちはみなボイコットしているのだ。いや、そうではなかった。たったひとりの議員が、紙を手にしてサンダース氏の熱弁に聴き入っている。
同上
「昨夜〈解き放たれたもの〉は、長期的な視野からみて、いつか中東において米国に大きな損害をもたらすと確信している。明らかに、米国と連合国はこの戦争に勝つだろう。しかし、これによって引き起こされる死と崩壊は、途上国の人々、とりわけ中東の人々から忘れられる日はすぐには来ないだろう。
 私がとくに恐れるのは、戦争および米国軍の甚大な武力行使が、この複雑で悲惨な中東危機の解決策として、選択されてしまったことだ。いつか私たちは、この決断を後悔する日が来る。この地域にこれからも何年にもわたってあらゆる戦争を引き起こすきっかけが、今つくられようとしている」 
「戦争が始まってしまった今、ただちに行うべきことは、米国ができるあらゆる手段を使って、不必要な流血を阻止し、この国の兵士たちを生きて健康な状態で母国に戻すことだ。
 議員諸君に呼びかけたい。大統領にただちに空爆を停止することを求めよう。そして、国連総長はただちにイラクへ行き、クウェートからの撤退を求める話し合いの開始を要求しよう。私たちのできることすべてを行い、不必要な流血を回避しよう。以上」
同上
 ほかに貧困層や高齢者の救済にあてるべき財源を戦争に投ずることの愚を非難している。静かだが、力強い演説である。アメリカという国は、無所属の一年生議員にも抗議演説を行う場を与え、その映像はしっかり保管されていた。このとき多くの議員はボイコットしたが、25年前のこの演説を、いま世界中のひとびとが何回も観て、ぼくと同様に感動を覚えたにちがいない。彼は本物だと。
 世界の混乱の一端は間違いなくここから始まった。もし、サンダース氏の提案が活かされていたら、2001年9月のアメリカ同時多発テロはなかった。2003年のイラク戦争はどうだろうか。あのイスラム国は存在したのだろうか。ヨーロッパに押し寄せる難民問題も、バングラデシュのテロ事件も起きたのだろうか。バラク・オバマ大統領はもう少し楽な政権運営ができたのかも知れない。
 
 今回のアメリカの大統領選挙では、共和党の候補指名を確実にしたドナルド・トランプ氏の言動に多くの注目が集まっているが、民主党候補のサンダース氏とヒラリー・クリントン氏の争いも話題となった。しかしながら、すでにクリントン氏の候補指名が確実となり、最終的に彼女が大統領として有力視されている。
 クリントン氏は懸案となっていた私用メール問題では訴追を免れたが、国民の半数は大統領としての資質に疑問を抱いていて、大統領となってからもこの問題が再浮上することもありうる。またつぎのような論文も目にすることができる。「大胆な野望を掲げるイスラム国は、奥行きと能力を備えた集団だ。われわれはこの集団の勢いを食い止め、背骨を折らねばならない。われわれの目的をイスラム国の抑止や封じ込めではなく、彼らを打倒し、破壊することに据える必要がある」(『FOREIGN AFFAIRS』2016年1月号掲載論文)。
 安倍晋三首相も同様のスピーチを行っていたが、これはイスラム国への宣戦布告にほかならない。第三次世界大戦への拡大を不安視する識者もいる。安倍首相はヒラリー新大統領が求める軍事面での協力に積極的に応じ、米軍と自衛隊の一体化は一気にすすめられる。もちろん、辺野古新基地建設や高江の基地は沖縄の意思を踏み潰すかのように強引にすすめられる。
 
 ところで、民主党候補指名争いで事実上敗れたサンダース氏だが、容易に撤退を表明することはなかった。「バーニー・サンダース上院議員(74)は29日、支持者向けのメールで、7月下旬の党大会で採択される政策綱領に、環太平洋連携協定(TPP)の承認採決阻止を明記するよう要求していることを明らかにした。受け入れられなければ、党大会まで選挙戦から撤退せず、大会で自身の考えを訴える意向を示した」(『時事ドットコム』同年6月30日付)
 民主党全国大会は、7月25〜28日にフィラデルフィアで開催される予定で、民主党の正副大統領の指名候補が選出されることになる。クリントン氏陣営は、サンダース氏が無条件でクリントン氏を支持してくれることを望んでいるが、こういったデータがある。
「サンダース氏が獲得した票、勝利した予備選、そして党大会に連れてくる代議員の数は、民主党内におけるここ数十年の反主流派候補の誰よりも多いのだ」「オバマ政権下とは異なる方向に米国が進むことを望む有権者が60%もいる。オバマ大統領の政策が継続されることを望む者は全体の3分の1しかいない」(『ロイター』2016年5月18日付)
  そして6月末、英文のツイッターに添付されていたという写真が紹介されていた。サンダース氏支持者があふれる会場で、Tシャツ姿の女性が「RUN BERNIE RUN」と書かれたプラカードを両手で大きく掲げている。その写真を紹介している日本語のサイトでは「走るんだ、バーニー、走るんだ!」と翻訳されていた。さらに「America needs YOU to Run![アメリカはあなたの出馬を必要としている]」という英文のツイッターも紹介されていた。
同上
 サンダース氏の訴えをクリントン氏はみずからの政策に反映させ、サンダース氏支持票を取り込むしかないのだが、政策綱領に「TPPの議会採決阻止」を盛り込むことを拒否した。そして、7月12日に開催されたクリントン氏の集会に登場したサンダース氏は、クリントン氏支持を正式に表明した。
 すでにサンダース氏の主張のいくつかは政策綱領に取り込まれており、党内が結束してトランプ氏との闘いに望むべきと判断したという。当然だが、支持者の一部からはブーイングも出ている(『BBCニュース』電子版、2016年7月13日付)。
 サンダース氏の事実上の撤退表明である。氏がこだわった「TPPの議会採決阻止」は、12日にまとめられた共和党側の政策綱領に含まれていないことから、大統領となったクリントン氏が取り上げようとしても、議会承認が得られないことになる。結果的にサンダース氏の要求の多くは通ったことになる。
 7月末の民主党全国大会でなにかが起こることを期待したいところだが、おそらくなにもないだろう。サンダース氏の闘いはこれで終わったのかも知れない。しかし今回の予備選では、サンダース氏はクリントン新大統領に対する影響力のようなものを手にしたことは間違いないだろう。クリントン氏が強硬姿勢に走りだしそうなときには、盾となって食い止めてほしいものである。
 日本の米軍基地問題も変わることはない。安倍政権も安泰だ。参議院議員選挙投開票日の翌朝、機動隊員の乗ったバス3台、工事業者のダンプ、重機が沖縄、東村高江の北部訓練場メインゲート前に集結してヘリパッド工事の準備に取りかかったという。選挙が終わったと思ったらいきなりである。19日にはわずか150人の村に500人の機動隊員を投入するという。沖縄選挙区で当選した伊波洋一氏の活躍にも期待したいが、必死の思いで立ち上がった小林節氏を国会に送り込めないこの国は、もう終わってしまったように思う。 (2016/07)  
 

<2016.7.14>



いま、思うこと

第1〜10回LinkIcon 
 第1回:反原発メモ
 第2回:壊れゆくもの
 第3回:おしりの気持ち。
 第4回:ミスター・ボージャングル Mr.Bojangles
 第5回:病、そして生きること
 第6回:沖縄を思う
 第7回:原発ゼロは可能か?
 第8回:ぼくの日本国憲法メモ ①
 第9回:2013年7月4日、JR福島駅駅前広場にて
 第10回:ぼくの日本国憲法メモ ②



第11〜20回LinkIcon
 第11回:福島第一原発、高濃度汚染水流出をめぐって
 第12回:黎明期の近代オリンピック
 第13回:お沖縄県国頭郡東村高江
 第14回:戦争のつくりかた
 第15回:靖国参拝をめぐって
 第16回:東京都知事選挙、脱原発派の分裂
 第17回:沖縄の闘い

 第18回:あの日から3年過ぎて
 第19回:東京は本当に安全か?
 第20回:奮闘する名護市長

第21〜30回
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 第21回:民主主義が生きる小さな町
 第22回:書き換えられる歴史
 第23回:「ねじれ」解消の果てに
 第24回:琉球処分・沖縄戦再び
 第25回:鎮霊社のこと
 第26回:辺野古、その後
 第27回:あの「トモダチ」は、いま
 第28回:翁長知事、承認撤回宣言を!
 第29回:「みっともない憲法」を守る
 第30回:沖縄よどこへ行く


第31〜40回LinkIcon
 第31回:生涯一裁判官
 第32回:IAEA最終報告書
 第33回:安倍政権と言論の自由
 第34回:戦後70年全国調査に思う
 第35回:世界は見ている──日本の歩む道
 第36回:自己決定権? 先住民族?
 第37回:イヤな動き
 第38回:外務省沖縄出張事務所と沖縄大使
 第39回:原発の行方
 第40回:戦争反対のひと


第41回:寺離れLinkIcon 


第42回:もうひとつの「日本死ね!」LinkIcon 


第43回:表現の自由、国連特別報告者の公式訪問LinkIcon 


第44回G7とオバマ大統領の広島訪問の陰でLinkIcon


第45回:バーニー・サンダース氏の闘いLinkIcon 

  

第46回:『帰ってきたヒトラー』LinkIcon  


第47回:沖縄の抵抗は、まだつづくLinkIcon 


第48回:怖いものなしの安倍政権LinkIcon


第49回:権力に狙われたふたりLinkIcon


第50回:入れ替えられた9条の提案者LinkIcon 


第51回:ゲームは終わりLinkIcon 


第52回:原発事故の教訓LinkIcon


第53回:まだ続く沖縄の闘いLinkIcon

第54回:那須岳の雪崩事故についてLinkIcon

第55回:沖縄の平和主義LinkIcon

第56回:国連から心配される日本LinkIcon

第57回:人権と司法LinkIcon

第58回:朝鮮学校をめぐってLinkIcon

第59回:沖縄とニッポンLinkIcon

第60回:衆議院議員選挙の陰でLinkIcon

第61回:幻想としての核LinkIcon

工藤茂(くどう・しげる)

1952年秋田県生まれ。
フリーランス編集者。
15歳より50歳ごろまで、山登りに親しむ。ときおりインターネットサイト「三好まき子の山の文庫」に執筆しているが、このところサボり気味。

工藤茂さんの<ある日の「山日記」から>が読めます。LinkIcon