いま、思うこと〜提言・直言・雑感〜 工藤茂

第46回:『帰ってきたヒトラー』

映画『帰ってきたヒトラー』チラシ同左同左同左
 

 6月上旬のこと、ドイツ映画『帰ってきたヒトラー』(2015年)の試写会に出かけた。映画の試写会に行くなど滅多にないことだが、比較的よいところに席を確保して、後ろを見上げてみて驚いた。都心にある1,000人以上も入る会場なのだが、ほぼ満員になるくらいのチケットを配ったようだ。
 映画の原作は、2012年にドイツで発表され国内で200万部を売り上げた小説で、約41カ国で翻訳されている。日本では2014年に河出書房新社から出版され、16年には文庫化された。
 ところで、アドルフ・ヒトラーは1945年4月30日に、ベルリンの総統地下壕の自室で自殺した。本人の指示に従って遺体は焼却されたが、焼却が不完全なままソ連軍に回収され、秘密裡に埋葬された。のち1970年に掘り返されて充分に焼却されたうえ、北海へと注ぐエルベ川に散骨されている。これが史実とされている。

 映画はヒトラーが目覚めるシーンからはじまる。2014年のベルリン市内。自殺した総統地下壕跡地、いまは空き地となっているところである。服装は当時の軍服のままでだいぶ汚れ、自殺直前からの記憶を失っている。立ち上がって総統地下壕に行こうとするが、すれ違うひとが自分を総統と認識していないことに違和感を覚える。近くのキオスクの主人から、いまは2014年であることを聞き、ナチス・ドイツの崩壊、戦争の終結……その衝撃から倒れ込む。
 ヒトラーはキオスクの居候となって総統服のままで働きはじめるが、テレビや新聞を通して現代の政治・社会について充分に知識を蓄える。そんな折、キオスクの主人からテレビ番組製作会社の男を紹介され、スカウトされる。テレビマンは変わったモノマネ芸人と思ったのだ。
 ヒトラーをテレビ局に売り込もうと考えたテレビマンは、総統服の彼を車に乗せてドイツ中をまわり、ドキュメンタリー作品にまとめる。ヒトラーが街のひとびとから生活振りや政治への不満を聞きだし、実際の政治家やネオナチの事務所にも押しかけるさまなどをビデオに収めてまわった。念のために断っておくが、この部分は出演者にも了解のサインをもらったうえで撮影された真のドキュメンタリーであって、原作にはないものだ。
 こうした撮影がテレビや新聞でも話題となり、本名、年齢など、すべて非公開の「まさかの芸人」として、テレビのバラエティ番組に出演する。ヒトラーは多くの社会問題を取り上げて政府を激しく攻撃し、聴衆を煽動する。その堂々と自信に満ちた演説は評判となり、次第に聴衆の心を捉えはじめる。一躍人気者となると同時に、彼はテレビ、インターネットが「使えるツール」であることにも気づいていく。
 はたして、彼は「不謹慎なモノマネ芸人」なのか、はたまた「妄想狂のビッグマウス」なのか。本人はいたって真面目。「誰のマネもしていない。本人である」と繰り返すのみだが、彼を本物のヒトラーと思っている者など誰もいない。しかし彼をスカウトしたテレビマンは、ある機会にユダヤ人に対する憎悪を剥き出しにした瞬間を見て、彼が本物のヒトラーであることを確信し驚愕する。周囲の者にそのことを訴えるが、誰にも信じてもらえず精神病棟へ隔離される。
 自分の信奉者を集めはじめたヒトラーは自らの出番がきたことを確信し、「もう私は失敗は繰り返さない」とほくそ笑む。これがおよそのストーリーである。

 この作品はパロディ映画であることはわかっているので、多くのひとは笑いながら観はじめることになる。しかし途中でふと疑問が湧く。「笑っていていいのかな?」と。そしてシーンが変わるごとに、ここは笑っていいところなのかどうか確認を繰り返すことになる。そうなるともう笑えない。黙りこくってスクリーンを見つめ、その意味するところを探る作業に取りかかる。
 日本で暮らす者にとって厄介なのが、安倍晋三首相の存在である。ヒトラー髯が描き込まれた安倍首相のパロディ写真など、ネット上にあふれている。安倍首相が目指す方向もヒトラーにきわめて近いことくらい、誰でもご存じのこと。当然ながら、スクリーン上のヒトラーの言動に安倍首相が何度も重なってくる。笑うどころではない。そういう意味ではじつに恐ろしい映画である。
 「われわれはヒトラーを笑い飛ばしたい、この映画もある所まではそうです。しかし、ドイツの観衆は最後は沈黙でした。まだ七十年、ヒトラーを克服できていないと思います」
 これはヒトラーを演じた俳優オリヴァー・マスッチ氏が『東京新聞』(2016年6月12日付、夕刊)のインタビューに答えた言葉だが、日本のぼくらはドイツの観衆とは受け止め方が異なるのだが、同じように沈黙してしまう。
 マスッチ氏は舞台中心の仕事をやってきたたこともあって無名の実力派といわれているらしいが、現在48歳。ぼくは彼の演技力に息を呑み、眼は釘付けになってしまった。とくに演説シーンは見事だった。間の取り方、抑揚の付け方、堂々たる存在感、完璧だった。
 マスッチ氏はヒトラーの総統服で街へと繰り出したが、そのドキュメンタリー部分の撮影のために380時間も費やした。議論を仕掛けてくるひとがいることを想定して、ヒトラーの約500もの演説を聴き、その考え方を頭にたたき込んだという。そして「(ヒトラーの)スター並みの人気にがくぜんとしたが、カメラがいる前でも外国人排斥の発言を堂々とする、右傾化の進行も肌で感じた」とも述べている。
 映画が終わって席を立ちながら、この映画の続編に想いをめぐらせた。しかし、それはいまの日本にほかならないことに気づいて落胆した。その間、1分も要しなかった。日本のマスメディアはしっかりコントロールされ、右傾化の進行どころではない、すでにファシズムの真っ只中にあるのではなかろうか。マスッチ氏がインタビューの終わりで述べた次の言葉を噛み締めなくてはならない。
 「ヒトラーは邪悪なファシストだが、彼を選んだのは国民。民主主義は壊れやすい。だから、自分は誰を選ぶのかをよく見極めるべきなのです」

 日本の憲法改正に関連してナチス・ドイツについて、麻生太郎副総理兼財務大臣が次のように発言したことはよく知られている。
 「民主主義によって、きちんとした議会で多数を握って、ヒトラー出てきたんですよ。ヒトラーはいかにも軍事力で(政権を)とったように思われる。全然違いますよ。だから、静かにやろうやと。憲法は、ある日気づいたら、ワイマール憲法が変わって、ナチス憲法に変わっていたんですよ。だれも気づかないで変わった。あの手口学んだらどうかね」
 「ナチス憲法」「静かに」「気がついたら」など不正確な部分があるが、それについてはのちに触れる。これは2013年7月29日、国家基本問題研究所月例研究会での発言である。数日後に麻生氏は撤回しているが、櫻井よし子氏が理事長を務める身内の集まりで気が緩んだのであろう。つい本音が出てしまった。安倍首相の周辺、いわゆるブレーンといわれるひとびとの集まりでは日常会話のように話されていると思わせる発言だった。
 この麻生氏はいまだに政権のナンバーツーとして居座りつづけ、安倍内閣の支持率は50%を超えて安定しており、安倍(自民党)総裁の任期延長論まで聞こえてくる。そして先の参院選・都知事選の結果は、こういったひとびとに今後の政治の舵取りを委ねたこと示している。ぼくらは自ら民主主義を壊していることに気づかなければならない。
 年内にも緊急事態条項を憲法に盛り込む審議がはじまりそうな気配だが、これが麻生氏のいうナチス憲法である。ナチス憲法と呼ばれるものは存在しない。ナチスが5年間有効の時限立法「全権委任法」を可決させて、ワイマール憲法を骨抜きにしてしまったのだ。それも、ナチス突撃隊が議会を取り囲み、否決したら武力に訴える構えをみせながらのことである。
 衆参両院で改憲勢力が3分の2以上の議席を占めている現状で緊急事態条項案が提出されれば、国会通過は容易だ。国民投票は有効投票総数の過半数だから、いまの日本では、成立はそれほど難しいことではない。この条項1本で憲法は無効化されてしまうことになる。

 『東京新聞』(2016年8月19日付)に、環境広告会社代表マエキタミヤコ氏の論考が掲載されている。マエキタ氏が来日したドイツ連邦議会のエネルギー部長に、ドイツの脱原発が可能になった事情を聞いたところ、「民主主義が育ったから。コンフォーミスト教育をやめた成果だ」と答えたという。コンフォーミストとは、順応者とか従う人という意味で、自分の意見を言わずに権力者に従う人などを指す。つまり「コンフォーミスト教育」によって、そうした人間が生み出されるのだ。そして、「ドイツは、ヒトラーを生み出した原因の一つにコンフォーミスト教育があったと考え、戦後はそれをやめたという」と記している。
 戦後のドイツは、安倍首相たちのようなひとびとが台頭してくることを恐れ、そういう芽を早々に摘み取ってしまっていた。戦後のドイツは大きく転換していたことを初めて知ったように思う。いまの日本の現状をみると、ぼくは暗澹としてしまうのである。 (2016/08)

<2016.8.20>



いま、思うこと

第1〜10回LinkIcon 
 第1回:反原発メモ
 第2回:壊れゆくもの
 第3回:おしりの気持ち。
 第4回:ミスター・ボージャングル Mr.Bojangles
 第5回:病、そして生きること
 第6回:沖縄を思う
 第7回:原発ゼロは可能か?
 第8回:ぼくの日本国憲法メモ ①
 第9回:2013年7月4日、JR福島駅駅前広場にて
 第10回:ぼくの日本国憲法メモ ②



第11〜20回LinkIcon
 第11回:福島第一原発、高濃度汚染水流出をめぐって
 第12回:黎明期の近代オリンピック
 第13回:お沖縄県国頭郡東村高江
 第14回:戦争のつくりかた
 第15回:靖国参拝をめぐって
 第16回:東京都知事選挙、脱原発派の分裂
 第17回:沖縄の闘い

 第18回:あの日から3年過ぎて
 第19回:東京は本当に安全か?
 第20回:奮闘する名護市長

第21〜30回
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 第21回:民主主義が生きる小さな町
 第22回:書き換えられる歴史
 第23回:「ねじれ」解消の果てに
 第24回:琉球処分・沖縄戦再び
 第25回:鎮霊社のこと
 第26回:辺野古、その後
 第27回:あの「トモダチ」は、いま
 第28回:翁長知事、承認撤回宣言を!
 第29回:「みっともない憲法」を守る
 第30回:沖縄よどこへ行く


第31〜40回LinkIcon
 第31回:生涯一裁判官
 第32回:IAEA最終報告書
 第33回:安倍政権と言論の自由
 第34回:戦後70年全国調査に思う
 第35回:世界は見ている──日本の歩む道
 第36回:自己決定権? 先住民族?
 第37回:イヤな動き
 第38回:外務省沖縄出張事務所と沖縄大使
 第39回:原発の行方
 第40回:戦争反対のひと


第41回:寺離れLinkIcon 


第42回:もうひとつの「日本死ね!」LinkIcon 


第43回:表現の自由、国連特別報告者の公式訪問LinkIcon 


第44回G7とオバマ大統領の広島訪問の陰でLinkIcon


第45回:バーニー・サンダース氏の闘いLinkIcon 

  

第46回:『帰ってきたヒトラー』LinkIcon  


第47回:沖縄の抵抗は、まだつづくLinkIcon 


第48回:怖いものなしの安倍政権LinkIcon


第49回:権力に狙われたふたりLinkIcon


第50回:入れ替えられた9条の提案者LinkIcon 


第51回:ゲームは終わりLinkIcon 


第52回:原発事故の教訓LinkIcon


第53回:まだ続く沖縄の闘いLinkIcon

第54回:那須岳の雪崩事故についてLinkIcon

第55回:沖縄の平和主義LinkIcon

第56回:国連から心配される日本LinkIcon

第57回:人権と司法LinkIcon

第58回:朝鮮学校をめぐってLinkIcon

第59回:沖縄とニッポンLinkIcon

第60回:衆議院議員選挙の陰でLinkIcon

第61回:幻想としての核LinkIcon

工藤茂(くどう・しげる)

1952年秋田県生まれ。
フリーランス編集者。
15歳より50歳ごろまで、山登りに親しむ。ときおりインターネットサイト「三好まき子の山の文庫」に執筆しているが、このところサボり気味。

工藤茂さんの<ある日の「山日記」から>が読めます。LinkIcon