いま、思うこと〜提言・直言・雑感〜 工藤茂

第47回:沖縄の抵抗は、まだつづく

 7月10日は参議院議員選挙の投開票日だった。自民党を中心とする改憲・加憲に前向きな勢力は、憲法改正発議に必要な3分の2(162議席)を確保し、安倍晋三政権は勢いを増した。
 そんななかで、沖縄選挙区はまったく異なる結果となった。新人の伊波洋一氏(オール沖縄)が、現職大臣でもある島尻安伊子[あいこ]氏(自民党)に10万6,000票以上の大差をつけて当選した。これによって「オール沖縄」勢力が、参議院沖縄選挙区の2議席(非改選の1議席との合計)と衆議院小選挙区の4議席の計6議席を独占することになった。沖縄県選出の自民党の国会議員は2014年の衆議院選で比例復活した4人のみとなり、沖縄県は安倍政権がすすめる憲法改正や辺野古新基地建設を拒否する県となった。
 ちなみに島尻氏は、前回の選挙では普天間飛行場の県外移設を掲げて当選したが、今回はそれを撤回したことが大きく響いたようだ。沖縄の民意は明らかである。 

 選挙が終わってホッとしたのも束の間だった。7月11日は朝から、沖縄のひとびとからの緊急事態を告げるツイッターを見て、「まさか?」と驚かされた。
 いま沖縄の東村[ひがしそん]高江では、米軍北部訓練場の新たなヘリコプター離着陸帯(ヘリパッド)建設工事が行われている。ヘリコプターといっているが実際に発着するのはオスプレイである。豊かな山原[やんばる]の森林を伐採し、地元住民の静かな暮らしを脅かすような施設工事のため、当然大きな反対運動も起きている。
 選挙の間は工事を中断していたが、11日午前6時、住民や支援者がまばらな時間帯をねらって機動隊員100人、警備員20人を配備して、メインゲート付近で工事準備作業がはじまった。反対派市民たちは「参院選の翌日とは。これが政府のやり方か」と絶句した(『琉球新報』電子版、2016年7月12日付)。
 その機動隊員も18日には練馬、足立、品川、柏、久留米など各地のナンバーの機動隊車両が確認され、150人ほどが暮らす集落に、全国から500人もの機動隊員が掻き集められてきた。1879年(明治12)3月、明治政府が首里城の明け渡しを求めて送り込んだ熊本鎮台分遣隊は300〜400人といわれているが、安倍政権はいったいどういうつもりなのか。
 建設予定地の県道70号線に面した通称N1ゲート前には、10年前から反対派市民によって2台の街宣車が横付けにされ、テントも設置されている。7月21日には1,600人が集まり、そこで緊急抗議集会が行われていた。そして22日未明には着工という情報が流れ、深夜12時の再結集が呼びかけられた。22日早朝5時半過ぎ、北から南からなだれ込んできた数百人の機動隊員に現場は埋め尽くされ、座り込んでいた市民たちのゴボウ抜きがはじまった。
 現場や動画を観たひとたちからのツイッターは、こんな様子である。
 「メディアは『機動隊と反対派が激しくもみあった』と報じていますが、現場で私が見た限りでは、住民たちが無抵抗だったのに対して、機動隊が一方的に首を絞めるなどの暴力を振るって無抵抗の住民を排除していました」
 「高江の昨日の様子の動画を見た。正視できないような内容だった。ショックです。 気を失って立てない女性を引きずる。げんこつで顔を何回も殴る。 これは。 どうすればいいのだろう」
 街宣車に最後までひとりのこった山城博治沖縄平和運動センター議長には、機動隊員もさすがに手を出せなかった。しかし、これ以上のけが人の増加を恐れた山城氏は10時半頃、「機動隊の暴力にこれ以上さらされたくないので、今日はこれでここを出ます」と一時撤退を宣言して街宣車を降り、次のようなコメントでインタビューに応じた。
 「乱闘の中での警察の暴力には 本当に心が折れそうになりました。そこまで暴力を振るうことができるのか。怒りがいっぱいというよりも、恐ろしさがあった。街宣車を見上げる仲間たちの姿に胸が張り裂けそうになりました」
 当日、街宣車の上にいた市民のひとり、作家の目取真俊[めどるま しゅん]氏のブログには次のように記されている。
 「機動隊員に両腕をつかまれて移動するとき、N1ゲートの前を通った。あふれかえる機動隊や私服刑事の数は安倍政権の沖縄に対する姿勢を示している。それは彼らが沖縄の民衆運動をどれだけ恐れているかの証でもある。ヤンバルの小さな集落に、全国から500名規模の機動隊員を送り込まなければ、ゲートを一つ開くことさえできなかったのだ」
  
 同じ7月22日午前9時、辺野古沿岸部の埋め立て承認取り消しに対する是正指示に沖縄県が従わないとして、国は新たな違法確認訴訟を起こした。
 沖縄県による埋め立て承認取り消しに関する代執行訴訟では、福岡高裁那覇支部(多見谷寿郎[たみや としろう]裁判長)は1月29日に和解を勧告している。3月4日、やむなく双方とも和解を受け入れ、国は訴訟を取り下げて工事を中断したうえで県とあらためて協議することを約束した。
 しかし和解案を受け入れたはずの国は、わずか3日後の3月7日、埋め立て承認取り消しを違法として、県に対して是正指示を出した。菅義偉[すが よしひで]官房長官は「是正指示は裁判所の和解勧告に従って出した。お互いが確認したわけだから当然のことだ」(『沖縄タイムス』電子版、同年3月8日付)と述べている。たしかに和解条項に添った手続きの一環であることに間違いはないが、協議を避けた国の姿勢は明らかだ。地元からは「あまりに早すぎる」「政府に話し合う気はあるのか」と疑問視する声が上がった(『東京新聞』同年3月8日付)。
 これをうけて沖縄県は、国地方係争処理委員会に国の是正指示の適法性を問う審査請求を行い、同委員会は6月17日になって、それらが違法かどうか判断しないという結論を出す。 
 同委員会の小早川光郎委員長は「国と県は米軍普天間飛行場の返還という共通の目標の実現に向けて真摯に協議し、双方がそれぞれ納得できる結果を導き出す努力することが問題解決に向けての最善の道である」と述べ、双方が再協議するべきとした(『琉球新報』電子版、2016年6月18日付)。裁判所も同委員会も、国に有利な判断を示すことはできなかったのだ。
 和解条項に従えば同委員会が判断を示したのち、県が国を提訴することになるのだが、同委員会が判断を避けたため、県は協議を優先し提訴しない方針とした。国は和解を受け入れた以上、工事を再開できない状態がつづくことになる。
 早く工事を再開させたい国は追い込まれ、菅官房長官は「沖縄県が是正指示の取り消しを求める訴訟を提訴すべきだとの考えを示した」(『産経新聞』電子版、同年6月20日付)と促すが、県は動かない。国はしびれを切らし、7月22日、是正指示に応じない沖縄県を違法として再び提訴に踏み切ったのである。しかも、それは高江に数百人の機動隊員を送り込み、ヘリパッド建設工事工事着手と同時であった。
 沖縄県の対応は裁判所や国地方係争処理委員会の意向に添ったものである。それにもかかわらず協議を避け、再び法廷闘争に持ち込もうとする国の姿勢は強引、強硬である。県幹部は「いろいろなものを同時に仕掛け、県を混乱させるつもりなのか」「国の行動は常軌を逸し、冷静さを失っている。激しい混乱は避けられないと分かっているのか」と憤りを隠さない(『琉球新報』電子版、同年7月22日付)。

 違法確認訴訟の担当は、またもや多見谷裁判長である。口頭弁論は8月5日、19日と2回行われた。翁長雄志[おなが たけし]知事の意見陳述は認めたものの、県側が求めた8人の承認申請を却下し、8月19日に結審、9月16日の判決言い渡しを決めた。提訴からわずか2カ月、異例の早期結審・早期判決という。
 『沖縄タイムス』電子版(同年8月20日付)の「社説」の見出しには「『辺野古訴訟』結審 異様な裁判浮き彫りに」とある。国側代理人は翁長知事に「最高裁の判断で違法だと確定した場合に是正するのは当然だという理解でいいか」と繰り返し尋ね、多見谷裁判長も「県が負けて最高裁で確定したら取り消し処分を取り消すか」と尋ねているのだ。そんなやりとりについて「社説」は次のように記している。
 「審理中の訴訟について、県が敗訴することを前提に最高裁における確定判決に従うかどうかを質問するのは裁判所の矩[のり]を超えている。多見谷裁判長と国側代理人の示し合わせたような尋問をみると、3月に成立した国と県の和解は、国への助け舟で仕組まれたものだったのではないかとの疑念が拭えない」
 ここに登場する国側代理人とは、4月の記事にも登場した定塚誠法務省訟務局長であり、多見谷裁判長とは以前、同じ訴訟の地裁、高裁の裁判官を務めた関係にあったほか、辺野古代執行訴訟の和解条項の文案作成にあたって連絡を取り合っていた疑念のある間柄である。「社説」はさらに次のように記す。
 「本来、裁判所は両当事者から等距離の第三者でなければならない。国の代理人が仲間の裁判官という構図で裁判が進行しているのだ」

 ここで舞台はアメリカに移る。8月13日、カリフォルニア州バークレー市では、全米120の支部をもつ退役軍人らの平和団体「ベテランズ・フォー・ピース(VFP)」の年次総会が開催された。そこで辺野古新基地建設と、高江ヘリパッド新設の中止、オスプレイ全機撤収を求める緊急非難決議案を全会一致で可決された(『沖縄タイムス』電子版、同年8月15日付)。
 決議可決をうけて、バリー・ラデンドルフ会長は「米軍基地を巡る強制的な工事着工は、日米両政府が現在も沖縄の人々を差別的な支配下に置いていることを示している。こうした状況を恥じる琉球沖縄国際支部のメンバーらが強い怒りを感じるとともに、当事者としての自らの責任を果たそうと提案し、採択された。われわれもできることに全力で取り組んでいきたい」と述べているが、高江の現場では早速動きがあったようだ。
 8月末以降、アメリカの退役軍人たちが高江や嘉手納基地のゲート前で市民とともに座り込み、機動隊員を相手に睨み合いに参加している。まだ10人未満の動きだが、大きなひろがりに発展していくことを期待したい。
 さらに新たな動きだが、高江のある東村の伊集[いじゅ]盛久村長が、ヘリパッド建設予定地につながる2本の村道の工事車両通行を拒否する姿勢をあらわにしてきている(『沖縄タイムス』電子版、同年8月25日付)。工事の進捗状況に直接影響を与えるため、稲田朋美防衛相が村長と直談判に向かうという情報が入った。なお、高江の抵抗はいまも連日つづいている。
 終わりに、8月5日の口頭弁論で翁長知事が述べた意見陳述から引いておこう。
 「このような違法な国の関与により、すべてが国の意向で決められるようになれば、地方自治は死に、日本の未来に拭いがたい禍根を残すことになる」
 違憲確認訴訟の高裁判決が下される9月16日はもうすぐである。最高裁判決は年内ともいわれているが、沖縄県が敗訴となれば県は判決に従うことになるが、司法は間違いなく信頼を失う。また、これで新基地建設を阻止する法的手段がなくなったということでもないという。今回の裁判も、手立てのひとつにすぎないのだそうだ(『澤藤統一郎の憲法日記』同年8月20日付)。 (2016/09)
 
<2016.9.9>

名護市付近の海(1981/05/01) 


いま、思うこと

第1〜10回LinkIcon 
 第1回:反原発メモ
 第2回:壊れゆくもの
 第3回:おしりの気持ち。
 第4回:ミスター・ボージャングル Mr.Bojangles
 第5回:病、そして生きること
 第6回:沖縄を思う
 第7回:原発ゼロは可能か?
 第8回:ぼくの日本国憲法メモ ①
 第9回:2013年7月4日、JR福島駅駅前広場にて
 第10回:ぼくの日本国憲法メモ ②



第11〜20回LinkIcon
 第11回:福島第一原発、高濃度汚染水流出をめぐって
 第12回:黎明期の近代オリンピック
 第13回:お沖縄県国頭郡東村高江
 第14回:戦争のつくりかた
 第15回:靖国参拝をめぐって
 第16回:東京都知事選挙、脱原発派の分裂
 第17回:沖縄の闘い

 第18回:あの日から3年過ぎて
 第19回:東京は本当に安全か?
 第20回:奮闘する名護市長

第21〜30回
LinkIcon
 第21回:民主主義が生きる小さな町
 第22回:書き換えられる歴史
 第23回:「ねじれ」解消の果てに
 第24回:琉球処分・沖縄戦再び
 第25回:鎮霊社のこと
 第26回:辺野古、その後
 第27回:あの「トモダチ」は、いま
 第28回:翁長知事、承認撤回宣言を!
 第29回:「みっともない憲法」を守る
 第30回:沖縄よどこへ行く


第31〜40回LinkIcon
 第31回:生涯一裁判官
 第32回:IAEA最終報告書
 第33回:安倍政権と言論の自由
 第34回:戦後70年全国調査に思う
 第35回:世界は見ている──日本の歩む道
 第36回:自己決定権? 先住民族?
 第37回:イヤな動き
 第38回:外務省沖縄出張事務所と沖縄大使
 第39回:原発の行方
 第40回:戦争反対のひと


第41回:寺離れLinkIcon 


第42回:もうひとつの「日本死ね!」LinkIcon 


第43回:表現の自由、国連特別報告者の公式訪問LinkIcon 


第44回G7とオバマ大統領の広島訪問の陰でLinkIcon


第45回:バーニー・サンダース氏の闘いLinkIcon 

  

第46回:『帰ってきたヒトラー』LinkIcon  


第47回:沖縄の抵抗は、まだつづくLinkIcon 


第48回:怖いものなしの安倍政権LinkIcon


第49回:権力に狙われたふたりLinkIcon


第50回:入れ替えられた9条の提案者LinkIcon 


第51回:ゲームは終わりLinkIcon 


第52回:原発事故の教訓LinkIcon


第53回:まだ続く沖縄の闘いLinkIcon

第54回:那須岳の雪崩事故についてLinkIcon

第55回:沖縄の平和主義LinkIcon

第56回:国連から心配される日本LinkIcon

第57回:人権と司法LinkIcon

第58回:朝鮮学校をめぐってLinkIcon

第59回:沖縄とニッポンLinkIcon

第60回:衆議院議員選挙の陰でLinkIcon

第61回:幻想としての核LinkIcon

工藤茂(くどう・しげる)

1952年秋田県生まれ。
フリーランス編集者。
15歳より50歳ごろまで、山登りに親しむ。ときおりインターネットサイト「三好まき子の山の文庫」に執筆しているが、このところサボり気味。

工藤茂さんの<ある日の「山日記」から>が読めます。LinkIcon