いま、思うこと〜提言・直言・雑感〜 工藤茂

第48回:怖いものなしの安倍政権

放映された天皇のお気持ち表明(テレビ朝日、2016/08/08)
 『時事ドットコム』(2016年9月25日付)にあった、「官邸、宮内庁にてこ入れ=お気持ち表明で不満」という見出しの記事に驚いた。「お気持ち表明」とは言うまでもなく、8月8日に放映された、天皇による生前退位の意向表明のことである。
 その件に関して、宮内庁長官の風岡典之氏が26日付で退任し、山本信一郎次長が長官に昇格するという内容だが、「天皇陛下のお気持ち表明に至る過程で、宮内庁の対応に不満を持った首相官邸が、人事でてこ入れを図ったようだ」と書かれている。
 宮内庁幹部の異動は通例では春で、2017年3月末まで務めるとみられていた風岡氏の退任が早まったことになる。政府関係者は「お気持ち表明に関し、誰かが落とし前をつけないと駄目だ」とまで語っている。
 さらに、天皇の生前退位の意向が官邸に伝えられて以降、杉田和博官房副長官らは、退位の自由は憲法上認められていないとの判断から、別の負担軽減策の検討を進めていたという。天皇のお気持ち表明の動きが表面化したのはそうしたさなかのことで、天皇に思いとどまらせるべき宮内庁は、対応を誤ったというのが官邸の判断である。そこで宮内庁長官の責任を問い、「落とし前」をつけさせたのだ。更迭という語はないが、事実上同様の処分であろう。

 他の新聞・通信社には時事通信のような論調の記事はまったくみられない。共同通信では退任する風岡氏が、天皇夫妻のパラオやフィリピン訪問など海外での戦没者慰霊を取り仕切り、生前退位の意向表明でも中心的な役割を担ったとしている。多くの大手新聞には共同通信ほどの内容もなく、『東京新聞』をふくめてたんたんとしたものである。いくつかの地方新聞は時事通信の記事を掲載しているはずだが、確認できていない。
 時事通信の記事は事実だと思う。他社の現場の記者も同様の原稿を仕上げたものの、官邸の顔色を窺う社の上層部によって削られたものと推察したい。

 おそらく過去の自民党政権でも同様な人事介入はあったのであろうが、あからさまで強引なせいか、安倍政権では頻繁に起こっているように感じられる。
 2013年8月、集団的自衛権の行使を違憲としてきたこれまでの政府解釈を正反対のものに変えるために内閣法制局の山本庸幸長官を退任させ、元外務省国際法局長で駐仏大使の小松一郎氏を後任にすえた。小松氏は内閣法制局の次長や部長も経験したことのない外部の人間だが、集団的自衛権容認派として抜擢されたものだ。翌年、小松氏は体調不良のため引退、後任には内閣法制局の横畠裕介次長が昇格したが、同氏は核兵器の保有、使用も合憲という踏み込んだ見解まで述べている。
 2014年1月、三井物産元副社長で日本ユニシス特別顧問の籾井勝人氏が、NHK新会長に就任した。政権は特定秘密保護法や原発に関してのNHKの報道姿勢に不満があり、その論調を変えさせる意向があった。籾井氏は就任時の会見で「政府が右と言うことを左と言うわけにはいかない」と、露骨に政権寄りの発言をしていたが、最近のNHKの放送内容をみると、内部は必ずしも一枚岩とはいえないようにも感じられる。
 2015年10月30日、東京地家裁立川支部部総括判事だった多見谷寿郎氏は、福岡高裁那覇支部長へと異動となった。そしてその18日後、米軍普天間飛行場の名護市辺野古移設をめぐり、翁長雄志[おなが たけし]知事の辺野古埋め立て承認取り消しは違法だとして、国は福岡高裁那覇支部に代執行訴訟を提起した。この欄で二度ほど取り上げているが、まさに辺野古訴訟を担当させるための時期的にも異例の異動だった。多見谷氏は行政訴訟では体制寄りの判決を下すことでよく知られ、那覇支部長の前任者の須田啓之氏はリベラルな判決も出したこともある人物である。
 来る10月16日投開票の新潟県知事選挙に関して、泉田裕彦知事の抹殺計画があったことを森ゆう子参議院議員が明かしているが、そこにも官邸の指示があったという(『田中龍作ジャーナル』同年9月30日付)。泉田氏のあとをうけて立候補した民進党の米山隆一氏を、連合(日本労働組合総連合会)を恐れる党は支援せず、離党にまで追い込んだ。民進党はもはや野党の体をなしていない。無所属候補となった米山氏は、自公推薦候補と大接戦となっているようだ。

 冒頭の件に戻るが、官邸が天皇の「お気持ち表明」を不満に思っていたことには正直のところ驚いた。すでに、官邸と宮内庁の間で打ち合わせ済みのこととばかり思っていたのだ。ビデオメッセージが放映された当日の『日本経済新聞』電子版(同年8月8日付)には、天皇は5年ほど前から周囲に生前退位の意向を伝えていたとか、昨年から気持ちを表明すべきと考えていたとまで記されている。
 『リテラ』(同年9月28日付)に、エンジョウトオル氏がその経緯を詳しく報じている。
 天皇は2010年頃から生前退位の意向を口にしており、宮内庁も2014年頃には官邸に非公式にその検討を要請していた。しかし安倍官邸は取り合わず、“官邸の情報将校”とも呼ばれた杉田官房副長官(元内閣危機管理監)が握り潰したといわれる。
 さらに読んでいくと唖然とする。天皇は2015年の誕生日記者会見で退位の「お気持ち」の表明を希望していたが、官邸はその要請を一蹴。風岡宮内庁長官には公務の負担軽減で乗り切れと突き放し、その計画も潰してしまった。
 天皇が日常どういった思考をするものか知らないが、普通の人間の感覚であれば、はらわたの煮えくり返る思いをしたはずである。そこでNHKのスクープ報道、お気持ち表明という強硬手段に打って出ることに至ったという。
 官邸は激怒する。天皇の意を汲んで動いた風岡宮内庁長官を、官邸の意向に背いたとして更迭。しかも、新たに宮内庁次長に抜擢したのは内閣危機管理監だった西村泰彦氏(第90代警視総監)で、杉田官房副長官の推薦で官邸入りしマスコミ対策を担ってきた人物である。今後、この西村宮内庁次長が天皇サイドの動きをいち早く官邸に伝え、天皇の意向を潰す役割を担うことになる。
 天皇のビデオメッセージのあと、官邸側の動きが少々鈍かったように感じられた。生前退位に関する有識者会議の設置は来年になるという報道もあったが、8月22日になって会議の設置が発表された。そしてすこし遅れてひと月後、有識者会議のメンバーが発表された。
 エンジョウ氏は『リテラ』の先の記事の翌日(9月29日付)も後追い記事を掲載しているが、そちらも併せて整理すると次のようになる。
 有識者会議の事務局として、前述の西村次長を宮内庁代表として参加させることによって、会議の議論もすべて官邸のコントロール下に置き、特別措置法での対応を既成事実化しようという方針のようだ。
 この特別措置法での処理という方針ゆえに、皇室問題や歴史学の専門家からは参加をことごとく拒否され、メンバーの選任にはかなり難渋したという。エンジョウ氏がベテラン皇室記者から得た言葉がある。
 「保守系の人からもことごとく逃げられてしまったようです。そりゃそうでしょう。歴史的に見ても生前退位はあり得る制度。それを天皇の希望を無下にするようなかたちで、否定できる専門家はそうそういない。まあ、日本会議系の極右の学者なら引き受けたでしょうが、そんな連中を人選したら、今度は世論の反発を招くのは必至」
 こうして有識者会議は、なんの定見ももたない、官邸の希望どおりの結論に導いてくれる安倍首相に近い人脈で構成された。こんな会議における議論によって、天皇は葬り去られてしまいかねないのだ。なんとしてでも改憲をすすめたい安倍首相にとって、平和憲法に忠実であろうとする天皇は邪魔な存在でしかない。さっさと引退してもらって結構ということであろうか。 エンジョウ氏の28日付の記事は次のように結ばれている。
 「これから先、天皇は生前退位にとどまらず、公安警察出身の新しい宮内庁次長によってあらゆる民主主義的な発言を封印されてしまうことになるかもしれない」
 12月23日は天皇誕生日である。通常であれば誕生日に際して会見があるはずだが、もしや官邸検閲済みの紙切れによるメッセージのみにならないことを祈りたい。

 今回の天皇の「お気持ち表明」にはいくつかの疑義が指摘されているが、基本的人権すら充分に認められていない天皇の存在自体が憲法と矛盾していることを考慮すれば、もっとゆるやかに受け止めてよいのではなかろうか。
 今回の表明で天皇が意図したことは自身の生前退位のみならず、皇室典範の改正による女性・女系天皇、女性宮家の問題を含めての恒久的な制度づくりだったように思う。結論がはやいにこしたことはないが、拙速な結論よりは、ひろく専門家が参集して議論が行われる場が設けられること自体を望んでいたのではあるまいか。それは今回のメンバーのような有識者会議ではないはずだ。そして議論のすべてが国民に公開されなくてはならない。
 しかし、事態はそのようにはならないだろう。どんな批判があろうが開き直って突き進む安倍首相に対し、本気で対峙する抵抗勢力は天皇だけになってしまった。もはや数十万から100万人の規模で国会を取り囲むしかないのであろうが、それも期待できないのが現実である。


  最後にひと言。ぼくは手放しで現天皇の言動を讃美しているわけではないが、皇太子をはじめとする皇族一丸となって現天皇の意思の核になる部分は引き継いでもらいたい。また、いまの皇室制度は無理を押してまで維持すべきものとも思えない。偶然にも皇室に生まれたひとびとを思うと幸せともみえないのだ。いずれひろく議論が起こることを期待したい。
 もうひと言、記事を参考にさせていただいたエンジョウトオル氏とは、某ジャーナリストのペンネームらしいのだが、真偽は不明である。 (2016/10)

<2016.10.8>

皇居を望む(2014/10/04)/写真提供・筆者 

同上 


いま、思うこと

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 第7回:原発ゼロは可能か?
 第8回:ぼくの日本国憲法メモ ①
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 第10回:ぼくの日本国憲法メモ ②



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工藤茂(くどう・しげる)

1952年秋田県生まれ。
フリーランス編集者。
15歳より50歳ごろまで、山登りに親しむ。ときおりインターネットサイト「三好まき子の山の文庫」に執筆しているが、このところサボり気味。

工藤茂さんの<ある日の「山日記」から>が読めます。LinkIcon