いま、思うこと〜提言・直言・雑感〜 工藤茂

第49回:権力に狙われたふたり

 これまで何度も取り上げてきているが、いま日本政府は、沖縄県名護市辺野古に新基地を、東村高江地区にオスプレイの発着基地(ヘリパッド)の建設計画をすすめている。アメリカのために我々の税金でつくるということらしい。
 辺野古の基地建設工事は裁判のために今年の3月から中断したままだが、高江のヘリパッドの工事は7月から再開され、現在急ピッチですすめられている。アメリカの新大統領が就任する前、はやければ年内にも完成させてプレゼントとなるようだ。
 後世に残すべき美しい海を埋め立て、沖縄本島の水源となっている樹林を切り開き、騒音の元凶を招き入れるような工事だけに大きな反対運動が展開されている。

 この反対運動には、島袋文子さん(87歳)と山城博治[やましろ ひろじ]氏(64歳)という、ふたりのシンボル的存在がいる。
 島袋文子さんは文子おばあという愛称で呼ばれているが、ここでは文子さんと呼ばせていただく。沖縄戦時には15〜16歳、日本軍が沖縄の住民の食料を奪い、住民を盾とした光景を間近でみている。のち米軍の火炎放射器で上半身に大火傷を負い、両手を上げて壕のなかから投降した。収容された米軍の病院では、一緒に入院していた目の不自由な母が安楽死させられそうになり、火傷を負った背中に母を背負って逃亡した。その母は95歳まで生きたという。米軍基地関係の仕事をしていた夫とともに1960年頃から辺野古に暮らすが、アメリカ兵の家庭でメイドとして働いてもきた。
 「浅ましくも自分は生き残ってしまった」「私の命なんてあのとき終わっていたはずのオマケのようなもの」という思いを抱きながらの戦後だった。戦争を憎み、米軍を憎みながら生きてきた。こうした反対運動に参加するようになって18年になるという。
 2014年11月、辺野古で機動隊員に転倒させられて意識を失い、救急車で運ばれたことがあった。数時間も震えが止まらず、後頭部に怪我も負っていた。そのとき、多くは沖縄生まれの機動隊員たちに向かって怒鳴り散らしたのが山城氏である。
 「お前だってウチナーンチュだろう! お前の家だって家族だってわかるんだ、みんな親戚みたいなもんなんだ。なのに任務だからってひどいことをやり逃げするのか? お前の家族はそれを許すのか? おばあを傷つけて、涼しい顔でこの島で生きていけると思うのかクソッタレ!」
 これは辺野古・高江を撮り続けている映画監督三上智恵氏のブログからのものだが、さらにその様子をつづる。「博治さんがみんなを代表して怒り狂ってくれなければ、あの場はもう、どうなっていたかわからない。文子おばあのかたき! と全員破れかぶれで突っ込んでいきたいのを、いつもの歌や冗談でなんとか保っている」

 山城氏は元県庁職員である。自治労(全日本自治団体労働組合)から沖縄平和運動センターの事務局長をへて、現在は議長。右側筋からは「プロ市民」とされているが、三上氏は描く。「いつの頃からか、あらゆる反戦平和の現場には必ず彼がいた。取材に行くとどの抗議集会でも、メガホンを握っている。まさに分身の術で、ホワイトビーチの原潜入港反対でシュプレヒコールを上げていた日の夕方には、石垣島の米軍艦阻止で県警と揉み合っている。ニュースの編集をしながら、『ヒロジさんって何人かいるの?』とカメラマンが笑うこともしばしば」
 山城氏の演説は超一流である。おそらく日本全体を見回してもそうであろう。歴史に残る大衆運動のリーダーである。2013年7月の参議院議員選挙比例区に社民党から立候補し、11万2,000票あまりを獲得するも落選だった。山城氏を国会に送るべくぼくも1票を入れた。いまの日本に必要な人物である。

 87歳になる文子さんが暴行の疑いで訴えられているという事態を、ぼくは知らなかった。事件は今年の5月9日で、現場は辺野古メインゲート前抗議テントの向かい。「和田政宗氏など」が警察と相談のうえ被害届を出し、「暴行もしくは威力業務妨害容疑」で「島袋さん他数人」を、6月14日付で告訴。名護警察署からの出頭要請の通知は、5カ月も過ぎた10月初旬という。
 この和田正宗氏という人物、42歳、元NHKアナウンサーで、現在は日本のこころを大切にする党所属の参議院議員である。和田氏に同行していたのはインターネットTV「チャンネル桜」沖縄支局関係者ら数名。右翼関係者であろうか。
 和田氏と同行者たちが抗議テント前で不法占拠をやめるよう挑発演説をはじめたのに対して、文子さんらが抗議の声をあげ、腕を振りあげた。しかし、和田氏たちが証拠としている動画を観ても、腕は彼らに届いていない。
 それでも警察は和田氏たちから話を聞き、これは使えると思ったに違いない。反対派のシンボル=文子さんを容疑者として取り調べ、報道させることによって、反対派市民のマイナスイメージをひろめる。使えるカードはなんでも使うのである。

 そんな10月17日、抗議行動のリーダー山城氏が逮捕された。沖縄地元2紙、『東京新聞』をはじめどの新聞も、有刺鉄線を切断したそのあとで現行犯逮捕という報道で、すべて警察発表のままだった。警察は切断現場をみておらず、有刺鉄線の切断など何度も行われているもので、いまさら事件化するのもおかしな話だという。やはり使えるカードはなんでも使う。
 事情を聴きたいと山城氏を警察車両に引き入れ、逮捕理由も告げない不当拘束、逮捕が現実だった。どういうわけか、その数日前からネット上には「近日中に山城逮捕」の情報が、右翼サイドから流れていたという。まさに、文子さんの出頭にタイミングを合わせた逮捕なのだ。
 沖縄の多くのひとは山城氏が犯罪を犯したとは受け止めてはいない。高江のゲート前の座り込みは200人規模に膨れあがり、名護警察署前でも抗議が行われるようになった。そして20日には別件での再逮捕。これで長期拘留は避けられない。山城氏は病を抱えた身だが、手厚い扱いなど期待するほうが無理であろう。無事を祈る。こうしてリーダーは引き離された。

 10月21日午後、名護警察署前では抗議集会が開かれ、大きな声援のなか、文子さんはふたりの弁護士に付き添われ車椅子で署内へ入った。折しも、右翼街宣車が抗議集会の妨害のために大音量のサイレンを鳴らしたのだが、まるで戦時中の空襲警報だったという。心臓に持病をもつ文子さんは動悸や震えが止まらなくなり、30分ほどで取り調べは中止となり解放された。

  国は抗議行動を抑え込むために、琉球処分時の軍隊を超える500人という機動隊員を全国から小さな村に集結させたが、高江周辺は無法地帯と化している。工事用トラックの荷台に20人ほどの機動隊員が乗り込んで堂々と公道を走り、伐採許可もなしに大量の樹木伐採がすすめられている。工事用車両の整備不良や過積載などは野放しで、でっち上げの公務執行妨害、不当逮捕も繰り返し行われている。「土人」や「シナ人」で有名になった大阪府警は、殴る、蹴るの暴力も超一流らしいが、それらはけっして取り締まられることはない。彼らは数日前より全員マスク着用となったという。
 ネット上や週刊誌の記事には、山城氏たちの抗議行動をおとしめる内容のものも少なくないが、そこでは行政と司法、マスメディアが一体となった強大な権力に刃向かう闘いが行われているのだ。なぜ自国民の生活を犠牲にしてまでアメリカに貢ぐのか。フィリピンのドゥテルテ大統領の「アメリカとの決別宣言」が話題だが、その真意をさぐることは、日本のあり方を問い直すことにもなるはずだ。

 『ハフィントン・ポスト』日本版(2016年9月16日付)にて、青山学院大学講師髙橋宗瑠氏の「人権としての抗議の権利:対照的なアメリカと日本」というブログを読んだ。
 導入部分に大きく掲げられている写真は、アメリカン・フットボールの試合前の国歌斉唱のシーンである。多くの選手が起立して胸に手を当てているなかで、ひとりの選手が起立を拒みしゃがんだままの姿勢で前方を見つめている。
 この選手は、全国各地で頻発している白人警官による黒人の射殺事件に抗議の意思をあらわしているのだ。こうした行動に対してはもちろん非難もあり、また同調者も増えているのだが、それ以上にアメフトリーグの会長や政治的指導者の姿勢に注目すべきだという。
 けっして彼の意見に同調しているわけではないが、「彼には抗議する権利があり、国歌斉唱の起立を強制することはできない」というのが、この件でインタビューをうけたオバマ大統領をふくむ指導者たちの姿勢だという。いかなる内容の抗議であっても、彼の抗議する権利はアメリカ憲法によって保障されたものであり、それを阻むことは許されないのだ。
 髙橋氏は次のように解説する。「『抗議する権利』とは日本語で耳慣れない言葉ですが、国際法では『表現の自由』の権利の一部と認識されています。表現の自由の保障は民主主義にとって極めて重要で、人権および民主主義の一つの根幹であると言われる所以です」
 たしかにアメリカは見習うべき国だが、国益のためなら、他国の国土やひとびとの生活を破壊することぐらい平気な国でもある。 (2016/10)




<2016.11.4>

山城博治氏/2016年3月26日、東京・代々木公園「原発のない未来へ!3.26全国大集会 つながろう福島!守ろういのち!」にて 

都心にある在日米軍施設(港区六本木7丁目にて、2016/10/10)/写真:筆者

同左

いま、思うこと

第1〜10回LinkIcon 
 第1回:反原発メモ
 第2回:壊れゆくもの
 第3回:おしりの気持ち。
 第4回:ミスター・ボージャングル Mr.Bojangles
 第5回:病、そして生きること
 第6回:沖縄を思う
 第7回:原発ゼロは可能か?
 第8回:ぼくの日本国憲法メモ ①
 第9回:2013年7月4日、JR福島駅駅前広場にて
 第10回:ぼくの日本国憲法メモ ②



第11〜20回LinkIcon
 第11回:福島第一原発、高濃度汚染水流出をめぐって
 第12回:黎明期の近代オリンピック
 第13回:お沖縄県国頭郡東村高江
 第14回:戦争のつくりかた
 第15回:靖国参拝をめぐって
 第16回:東京都知事選挙、脱原発派の分裂
 第17回:沖縄の闘い

 第18回:あの日から3年過ぎて
 第19回:東京は本当に安全か?
 第20回:奮闘する名護市長

第21〜30回
LinkIcon
 第21回:民主主義が生きる小さな町
 第22回:書き換えられる歴史
 第23回:「ねじれ」解消の果てに
 第24回:琉球処分・沖縄戦再び
 第25回:鎮霊社のこと
 第26回:辺野古、その後
 第27回:あの「トモダチ」は、いま
 第28回:翁長知事、承認撤回宣言を!
 第29回:「みっともない憲法」を守る
 第30回:沖縄よどこへ行く


第31〜40回LinkIcon
 第31回:生涯一裁判官
 第32回:IAEA最終報告書
 第33回:安倍政権と言論の自由
 第34回:戦後70年全国調査に思う
 第35回:世界は見ている──日本の歩む道
 第36回:自己決定権? 先住民族?
 第37回:イヤな動き
 第38回:外務省沖縄出張事務所と沖縄大使
 第39回:原発の行方
 第40回:戦争反対のひと


第41回:寺離れLinkIcon 


第42回:もうひとつの「日本死ね!」LinkIcon 


第43回:表現の自由、国連特別報告者の公式訪問LinkIcon 


第44回G7とオバマ大統領の広島訪問の陰でLinkIcon


第45回:バーニー・サンダース氏の闘いLinkIcon 

  

第46回:『帰ってきたヒトラー』LinkIcon  


第47回:沖縄の抵抗は、まだつづくLinkIcon 


第48回:怖いものなしの安倍政権LinkIcon


第49回:権力に狙われたふたりLinkIcon


第50回:入れ替えられた9条の提案者LinkIcon 


第51回:ゲームは終わりLinkIcon 


第52回:原発事故の教訓LinkIcon


第53回:まだ続く沖縄の闘いLinkIcon

第54回:那須岳の雪崩事故についてLinkIcon

第55回:沖縄の平和主義LinkIcon

第56回:国連から心配される日本LinkIcon

第57回:人権と司法LinkIcon

第58回:朝鮮学校をめぐってLinkIcon

第59回:沖縄とニッポンLinkIcon

第60回:衆議院議員選挙の陰でLinkIcon

第61回:幻想としての核LinkIcon

工藤茂(くどう・しげる)

1952年秋田県生まれ。
フリーランス編集者。
15歳より50歳ごろまで、山登りに親しむ。ときおりインターネットサイト「三好まき子の山の文庫」に執筆しているが、このところサボり気味。

工藤茂さんの<ある日の「山日記」から>が読めます。LinkIcon