いま、思うこと〜提言・直言・雑感〜 工藤茂

第53回:まだ続く沖縄の闘い

 2016年12月20日、沖縄県の翁長雄志[おなが たけし]知事による名護市辺野古の埋め立て承認取り消しをめぐり、国が沖縄県を相手に提訴した不作為の違法確認訴訟で、最高裁第2小法廷(鬼丸かおる裁判長)は県の上告を退ける判決を言い渡した。これによって沖縄県による承認取り消しは違法だとした福岡高裁那覇支部の判決が確定した。判決を受けて翁長知事は年内にも承認取り消しを「取り消す」見通しで、国は年内にも埋め立て工事を再開する構えだ。一方で、翁長知事は辺野古新基地建設阻止の姿勢を堅持する方針を示しており、新基地建設をめぐる県と国の対立は新たな局面に突入する(『琉球新報』2016年12月21日付)。

 沖縄2紙をのぞく多くの新聞は「承認取り消しを撤回」としたが、行政法上は「承認取り消しを取り消し」が正しいらしい。この報道について、「ジャパンフォーカス」エディター乗松聡子氏が『琉球新報』(2016年12月21日付)「論壇」に記している内容をまとめた。
 「沖縄県の敗訴決定を受けて翁長知事が埋め立て承認取り消しを取り消す予定で、国が工事再開という論調の広がりには疑念を抱く。この判決では国は工事を再開できない。この判決は埋め立て承認取り消しが違法であると確認されただけで、それを受けて翁長知事が承認取り消しを取り消す法的義務は生じない。国が工事を再開するにはさらに代執行裁判を起こし、勝訴して初めて県の代わりに埋め立て承認取り消しを取り消すことができる。翁長知事が国に『判決に従う』ことを同意したという報道もあるが、この判決に『従う』ということは違法確認判決を認めるというだけであり、この判決に『従う』という理由で知事自らの意思で埋め立て承認取り消しの取り消しを行ったとしたら、県民への重大な裏切りになる」
 平安名純代[へいあんな すみよ] 『沖縄タイムス』米国特約記者も自身のフェイスブックの記事「翁長知事は埋め立て承認取り消しを取り消すな」(2016年12月21日付)にて、「今回の判決には、知事が承認取り消しを取り消さなければならない法的拘束力はない。もし知事が自ら埋め立て承認取り消しを取り消すというならば、まずその理由を県民に明確に説明し、判断を仰ぐ責任がある」と記している。
 そして12月26日午前、うるま市具志川九条の会(代表は元裁判官仲宗根勇氏)は、翁長知事が埋め立て承認取り消しを取り消さないよう求める要請書を県に提出したのち、「承認取り消しを取り消さない状態を維持しつつ、承認撤回に踏み切るべきだ」とするビラ1,000枚を県庁前で配布した(『沖縄タイムス』2016年12月26日付)。
 そんな訴えにもかかわらず同日午後、沖縄県は埋め立て承認の取り消し処分を取り消した文書を沖縄防衛局に送付した。これによって、文書が沖縄防衛局に到着次第効力が発生し、2015年10月以来、約1年2カ月ぶりに埋め立て承認が復活する(同前)。
 翌日の『沖縄タイムス』の「社説」は次のように解説する。「この日、県庁には取り消し処分の取り消しをやめるよう求める市民らが集まった。知事を支援する市民らが要求するのは前知事の埋め立て承認の『撤回』である。撤回は、前知事が承認した後、新たな事情が出てきたときに適用できる。承認後の知事選や衆院選、参院選などで示された民意が該当するとの考えがある一方で、撤回はハードルが高いと指摘する県関係者もいる」
 年が明けて1月中旬になって「沖縄県が承認撤回を検討」という報道があった(『東京新聞』2017年1月14日付)。記事によると、国は辺野古での海上作業の準備を進めており、県はその対抗策を急いでいるのだが、「撤回」は前例が少なく、手続きの現実性を疑問視する声もあって、慎重に検討しているという。
 翁長知事自身も「承認撤回は法的に可能」と、国への承認取り消し通告前の2015年6月に発言している。にもかかわらずこれまで撤回に踏み切ることはなかった。県弁護団の判断によるものであろうが、この段階で「撤回」を検討では、いささか遅すぎるのではなかろうか。

 2017年1月20日、アメリカではトランプ大統領が就任したが、就任前の昨年11月末、新政権は辺野古新基地計画を維持する方針との報道があった。そして1月30日、翁長知事は辺野古新基地建設阻止の意思を直接訴えるために渡米した。『琉球新報』(2017年1月29日付)では、前出の乗松氏による「撤回せずに(アメリカへ)行ったら、工事再開を許したことに礼を言われるだけ。すぐさま承認を撤回すべきだ」との指摘がされている。また『沖縄タイムス』(2017年1月31日付)「社説」は「県側の敗訴が最高裁で確定し、埋め立てに向けた工事が再開されている。辺野古新基地建設問題は終わったとの見方が広がる中での訪米でもある」と厳しい。
 翁長知事は、連邦議会の議会調査局メンバーや国務省日本部長、下院議員らと会談したほか、大学の公開セミナーで講演を行い、2月5日に帰国した。残念ながら新政権に近い人物との会談はなかった。
 訪米中にはマティス米国防長官が来日した。日本政府と辺野古が唯一で一致と報道され、アメリカで聞いた翁長知事は「県民に対して失礼なやり方」と怒り落胆した。じつはアメリカ側は沖縄県の事情を考慮して「辺野古」という地名を出さず、「普天間の移設先の施設の整備」という言い方をしたのだが、日本側は意図的に「辺野古」と発表し、マティス長官のお墨付きを得たかのように演出したといわれる。

 翁長知事帰国直後の2月6日、日本政府は辺野古の海上工事に着手した。これから200個以上のコンクリートブロックの投下がはじまる。『沖縄タイムス』(2017年2月22日付)掲載の平安名記者のコラムをまとめる。
 「すでに大浦湾では巨大なコンクリートブロックが投下され海上工事がすすめられているが、体を張って海を守ろうとする県民にとっては緊急事態だが、県側から聞こえてくるのは撤回慎重論ばかりだ。マティス国務長官の訪日に同行した国防省筋は『辺野古移設はすでに決着した』と語るとともに、『沖縄は撤回が有効な切り札となりえたタイミングはすでに逸したのではないか』と問いを向けてきた。前出の仲宗根氏も『工事が進めば進むほど裁判になったとき、撤回の効果は薄れ撤回の有効性の全否定もあり得ます』と警鐘を鳴らしている。時間はもう残されていない」
 さらに平安名記者の昨年12月31日のコラムでは、次のような話題を提供している。
 「元米高官で、米軍再編にも深く関わったことのある人物の話である。彼は米政府内にある沖縄の民意の尊重を説く声は、いつの時代も米軍にひっくり返されてきたと指摘し、『法廷で争える今がその構図をひっくり返す最大のチャンスだ。すべてのカードを使って最後まで闘い抜く必要がある』と強調した」
 しかし工事はすでに再開されてしまった。とにかく工事を止める方策を講じる必要がある。

 漁業権が設定された水域で海底の岩石などを壊す際には岩礁破砕許可が必要になるが、これまでは前知事の許可によって辺野古の工事が行われてきた。それがこの3月末に期限切れとなり、今後の工事続行には新たに許可申請が必要となるが、国は申請しない方針だ。地元漁協が工事現場の漁業権を放棄したため、漁業権消滅によって岩礁破砕許可は不要というのが国の見解だが、沖縄県は漁業権の消滅には知事の免許が必要で、まだ漁業権は残っていると主張。もし国が4月以降、無許可のまま岩礁破砕工事を行えば、沖縄県は工事差し止め訴訟を提起するとともに、判決までの工事停止の仮処分の申し立ても行う方針だ。沖縄県は、直近の那覇空港の同様の工事事例では国は新たに許可申請を行っていて、今回の国の対応は恣意的だと批判している(『琉球新報』2017年3月17日付)。
 また新たな裁判がはじまる。今後もこのような裁判がいくつも続くことになるが、これで工事を中断させられるとよいのだが。

 2016年12月、東村高江地区のオスプレイ用ヘリパッドが完成し、米軍北部訓練場の半分超の土地が返還された。しかし現実にはまだ工事は終わっておらず、住民たちによる監視活動や抗議活動はいまだ継続中である。辺野古大浦湾ではじまった大型コンクリートブロックの大量投入には3カ月ほどを要し、その後護岸工事(本体工事)に移る予定だ。ここでも連日の抗議活動が続けられている。昨年 10月に微罪で逮捕された山城博治氏ら3人の長期拘留について国際的な問題になっていたが、3月18日になってようやく保釈が認められた。
  『東京新聞』(2017年2月24日付)掲載のアメリカ議会調査局が発表した、トランプ大統領就任後初の日米関係に関する報告書の記事によれば、辺野古の抗議運動については安倍政権以上に神経質になっている議会の様子がうかがえるのだが、米軍は一度占領した沖縄は自分たちのものという意識だとか、アメリカの政治は軍が主導しているといった文言に接することも多い。沖縄に新たな米軍基地をつくらせるわけにはいかないことは当然で、翁長知事はじめ沖縄の闘いを注視していかなくてはならない。ただ、政府が今国会で成立を目指している共謀罪は、抗議活動の連絡を取り合う程度のことでも対象とされてしまう恐れがあり、懸念材料は確実に増えることになる。 (2017/03)


<2017.3.22>

『DAYS JAPAN 』(2015年6月号)特集ページより

いま、思うこと

第1〜10回LinkIcon 
 第1回:反原発メモ
 第2回:壊れゆくもの
 第3回:おしりの気持ち。
 第4回:ミスター・ボージャングル Mr.Bojangles
 第5回:病、そして生きること
 第6回:沖縄を思う
 第7回:原発ゼロは可能か?
 第8回:ぼくの日本国憲法メモ ①
 第9回:2013年7月4日、JR福島駅駅前広場にて
 第10回:ぼくの日本国憲法メモ ②



第11〜20回LinkIcon
 第11回:福島第一原発、高濃度汚染水流出をめぐって
 第12回:黎明期の近代オリンピック
 第13回:お沖縄県国頭郡東村高江
 第14回:戦争のつくりかた
 第15回:靖国参拝をめぐって
 第16回:東京都知事選挙、脱原発派の分裂
 第17回:沖縄の闘い

 第18回:あの日から3年過ぎて
 第19回:東京は本当に安全か?
 第20回:奮闘する名護市長

第21〜30回
LinkIcon
 第21回:民主主義が生きる小さな町
 第22回:書き換えられる歴史
 第23回:「ねじれ」解消の果てに
 第24回:琉球処分・沖縄戦再び
 第25回:鎮霊社のこと
 第26回:辺野古、その後
 第27回:あの「トモダチ」は、いま
 第28回:翁長知事、承認撤回宣言を!
 第29回:「みっともない憲法」を守る
 第30回:沖縄よどこへ行く


第31〜40回LinkIcon
 第31回:生涯一裁判官
 第32回:IAEA最終報告書
 第33回:安倍政権と言論の自由
 第34回:戦後70年全国調査に思う
 第35回:世界は見ている──日本の歩む道
 第36回:自己決定権? 先住民族?
 第37回:イヤな動き
 第38回:外務省沖縄出張事務所と沖縄大使
 第39回:原発の行方
 第40回:戦争反対のひと


第41回:寺離れLinkIcon 


第42回:もうひとつの「日本死ね!」LinkIcon 


第43回:表現の自由、国連特別報告者の公式訪問LinkIcon 


第44回G7とオバマ大統領の広島訪問の陰でLinkIcon


第45回:バーニー・サンダース氏の闘いLinkIcon 

  

第46回:『帰ってきたヒトラー』LinkIcon  


第47回:沖縄の抵抗は、まだつづくLinkIcon 


第48回:怖いものなしの安倍政権LinkIcon


第49回:権力に狙われたふたりLinkIcon


第50回:入れ替えられた9条の提案者LinkIcon 


第51回:ゲームは終わりLinkIcon 


第52回:原発事故の教訓LinkIcon


第53回:まだ続く沖縄の闘いLinkIcon

第54回:那須岳の雪崩事故についてLinkIcon

第55回:沖縄の平和主義LinkIcon

第56回:国連から心配される日本LinkIcon

第57回:人権と司法LinkIcon

第58回:朝鮮学校をめぐってLinkIcon

第59回:沖縄とニッポンLinkIcon

第60回:衆議院議員選挙の陰でLinkIcon

第61回:幻想としての核LinkIcon

工藤茂(くどう・しげる)

1952年秋田県生まれ。
フリーランス編集者。
15歳より50歳ごろまで、山登りに親しむ。ときおりインターネットサイト「三好まき子の山の文庫」に執筆しているが、このところサボり気味。

工藤茂さんの<ある日の「山日記」から>が読めます。LinkIcon