いま、思うこと〜提言・直言・雑感〜 工藤茂

第56回:国連から心配される日本

 5月中旬から6月にかけて、国連と日本政府の間のぎくしゃくした報道が続いた。
 国連特別報告者ジョセフ・ケナタッチ氏による共謀罪法案についての勧告、同じく国連特別報告者デービッド・ケイ氏が国連人権高等弁務官事務所に提出した特定秘密保護法関連の報告書など、双方に対して日本政府は立て続けに抗議している。
 そんな報道が続いたところに、イタリアのタオルミナで開催されたG7会合中の安倍晋三首相とグテレス国連事務総長との会談で問題が起きた。国連とはいってもほかの2件は特別報告者だが、こちらは事務総長だったので驚いた。『東京新聞』(2017年5月30、31日付)を参考にまとめてみた。
 グテレス国連事務総長と安倍首相の会談が行われたのは、現地時間の5月27日正午前から10分間。通訳を介してのわずか10分である。簡単な挨拶のようなものとしか思えないが、会談後、外務省はその内容の要旨を同行記者団に配布し、ホームページにも掲載した。
 外務省によれば、慰安婦問題の日韓合意について、「先方(事務総長は)は、同合意につき賛意を示すとともに、歓迎する旨述べた」とし、国連人権理事会の特別報告者ケネタッチ氏について、「(事務総長は)特別報告者は、国連とは別の個人の資格で活動しており、その主張は、必ずしも国連の総意を反映するものではない旨述べた」と発表した。
 ところがこの翌日、国連側からこれを否定する内容のプレスリリースが発表された。極めて異例のことだという。「事務総長は、日本と韓国の間の合意によって、解決されるべき問題であることに同意した」とし、「特定の同意内容については意見を述べなかった」という内容である。またケナタッチ氏について「特別報告者は独立した専門家であり、国連人権理事会に直接報告する」としている。
 日韓合意に関しての日本側の発表は完全に否定され、特別報告者に関してはピント外れであろう。特別報告者は人権理事会と総会に向けた報告書を作成する政府や組織から独立した専門家であり、採択されれば総意となる。
 これに対して外務省は「日本側の理解は発表したとおり。会談のプレスリリースは、それぞれの国などが一番重要だと思うところを出す」とし、菅義偉[すが よしひで]官房長官も「日本側が発表したとおり」と述べた。
 韓国政府は眺めているわけにはいかなかった。外相候補(当時)だった康京和[カン ギョンファ]氏がグテレス氏に直接問い合わせ、「特定の合意に対して話したのではなく、当該国同士が問題の解決方法を決めるべきだという原則を表明した」との回答を得た。康京和氏は国連でグテレス氏の政策特別補佐官を務め、昨年10月からはグテレス新国連事務総長の移行チーム長も務めていた(6月18日、新外相に任命された)。
 国連が即座に異例のプレスリリースを発表したのは、韓国側から問い合わせがあったためだった。なおネット情報ではあるが、今年の1月に国連事務総長に就任したばかりのポルトガルの政治家であるグテレス氏は、慰安婦問題の日韓合意そのものを知らなかったし、安倍首相と日韓合意の件について触れたのはわずか数十秒だったという情報もあった。
 韓国の新大統領文在寅[ムンジェイン]氏が、以前より日韓合意の無効化・再交渉を訴えていたため、安倍首相は国連事務総長との会談の場でこの問題を持ち出した。グテレス氏がよく理解しないままにうなずいたのを「賛意を示すとともに、歓迎する旨述べた」と発表し、国連事務総長のお墨付きをもらったことにしたかったようだ。
 外務省のホームページには、英語文・日本語文ともに、いまだにそのままの内容で掲載されている。安倍政権にとっては国連の反論などどこ吹く風で、変更するつもりはないようだ。

 6月15日朝、共謀罪法(改正組織犯罪処罰法)が可決・成立した。これによって「特定秘密保護法」「安保関連法」との三位一体で、事実上の「戦前レジームへの回帰」が法的に担保されることになるという(山口大学名誉教授・纐纈[こうけつ]厚氏)。
 ところで、国連のプライバシー権担当の特別報告者ジョセフ・ケネタッチ氏が、安倍首相宛に送付した書簡は5月18日付だった。共謀罪法案がプライバシーや表現の自由を制約する恐れがあること、この法案の「計画」や「準備行為」の文言が抽象的で恣意的に適用されかねないことなどを警告したその書簡は、送付とともに国連人権高等弁務官事務所のホームページにも掲載された。
 ケネタッチ氏の書簡は、日本国内外の報道を確認し、国際会議などでさまざまな研究分野の日本の学者とも意見交換したうえ、日本人弁護士らへの確認作業をへてまとめられたもので、あくまでも氏自身が得た情報をもとに評価したものであり、自分の批判の正確性に関して追加情報や(日本政府側の)見解が欲しいと断っていた。
 しかしながら、日本政府は即座に「特別報告者は独立した個人の資格で、国連の立場を反映するものではない。政府は(ケナタッチ氏に)直接説明する機会もなく、公開書簡の形で一方的に発出されたもので、書簡の内容は明らかに不適切」と抗議した。
 この抗議は、19日午前、在ジュネーブ日本政府代表部の職員が国連人権高等弁務官事務所を訪れ、1ページあまりの文書を届ける形で行われたもので、まさに電光石火である。話し合いの場を設定することもなく、いきなりの抗議だった。
 ケナタッチ氏は日本政府からの抗議文について、「中身のないただの怒り」「内容は本質的な反論になっておらず、プライバシーや他の欠陥など、私が多々挙げた懸念にひとつも言及がなかった」と指摘するとともに、法案の公式な英訳文と説明を求めた(『東京新聞』同年5月23日付)。また公開書簡としたことについて、のちに次のように説明している。
 「通常は政府に非公開の書簡を送って回答を待つなどのプロセスを経る」と説明。ただ、今回の改正案については「国会で議論が始まった当時から(法案成立までの)タイムテーブルが明確に決まっていた。日本の人々の利益を守るために最も賢明な行動としては、公開の書簡を送り、私の懸念を明らかにすることだと考えた」(『産経新聞』電子版、同年6月9日付)
 まさに公開書簡の4日後の5月23日、共謀罪法案は衆議院で採決され、通過した。
 
 日本は、昨年秋に行われた国連人権理事会の理事国改選選挙にみずから立候補し、当選している。日本の理事国入りには反対の声もあったため、「特別報告者との有意義かつ建設的な対話実現のため、今後もしっかりと協力していく」との誓約書を、国連加盟各国に配布したうえでのことだった。そうした経緯があって、今年1月から任期3年の国連人権理事会の理事国となった。この点を国会で共産党の議員から公約違反と指摘されたが、安倍首相は回答しなかった。
 国連に約30年以上も勤務し広報官も務めた植木安弘上智大学教授は、「国連が任命した専門家の意見だ。政府は真剣に検討しなければならない」「日本のプライバシー権に関する状況が今のままでよければ、きちんと書簡に反論すべきだ。不十分であれば、修正すればいい」と語っている(『東京新聞』同年5月24日付)。
 日本政府は当初、ケナタッチ氏に対してしかるべきタイミングで説明したいとしていたが、最終的にはまったく説明もなく、法案の公式な英訳文も提供しなかった。おそらく公式な英訳文はない。つくらないことによって、海外からの批判も「不正確な理解だ」とかわせることになる。
 ケネタッチ氏は国連人権理事会で、日本政府の対応をありのままに報告することになる。さらに法案が成立すればそれで終わりではなく、これからも日本政府に改善を求めていくことになるという。

 ケネタッチ氏の件や、グテレス国連事務総長との会談内容が報道が続いているさなかの5月30日、国連人権高等弁務官事務所は、言論と表現の自由に関するデービッド・ケイ特別報告者がまとめた対日調査報告書を公表し、さらにケイ氏は6月12日、スイスのジュネーブで開かれた国連人権理事会で報告を行った。日本政府代表は「わが国の立場に正確な理解がなく、遺憾だ」と強く反論した。
 ケイ氏は昨年4月に来日して、ほぼ1週間にわたって聞き取り調査を行ったが、その様子を昨年5月のこの欄で紹介している。氏が強く面会を求めた高市早苗総務相は国会対応を理由に拒みつづけたこともあって、日本政府の非協力的な態度に不信感をあらわに帰っていった。またケイ氏は記者クラブ制度の廃止も求めているため、大手マスメディアにとって不都合なそういった報道がされることはない。

 アメリカのトランプ政権は、国連人権理事会からの脱退を検討しているという。ニッキー・ヘイリー国連大使によれば、人権理事会の理事国は人権擁護の成果を基準にして選出されなければならない。現状のように、反政府デモを弾圧しているベネズエラや、政府に反対する数千人を投獄しているキューバが、理事国として世界に人権問題を説くことは許されないという主張である(『東京新聞』同年6月8日付)。
 わが安倍政権はトランプ政権の姿勢を頼もしく受け止めているにちがいない。このまま政権が続くのであれば、いずれ国連人権理事会から手を取り合っての脱退もあり得るかもしれない。 (2017/06)

<2017.6.20>

「共謀罪」法について、神戸女学院大学名誉教授で武闘家でもある内田樹氏は「一番怖いのは市民レベルでの密告が義務であると考える人たちを勇気づけることだ。国民の間に対立をつくり出し、社会の分断をもたらすよう立法を通じて政府が仕向けている」(東京新聞2017年6月19日付)と批判している。つまり、この法は、国民が国民を監視しその国民の密告を理由に公権力が一般の市民生活に必要以上に介入してくる暗黒社会の形成につながる危険性を秘めているということだ。

いま、思うこと

第1〜10回LinkIcon 
 第1回:反原発メモ
 第2回:壊れゆくもの
 第3回:おしりの気持ち。
 第4回:ミスター・ボージャングル Mr.Bojangles
 第5回:病、そして生きること
 第6回:沖縄を思う
 第7回:原発ゼロは可能か?
 第8回:ぼくの日本国憲法メモ ①
 第9回:2013年7月4日、JR福島駅駅前広場にて
 第10回:ぼくの日本国憲法メモ ②



第11〜20回LinkIcon
 第11回:福島第一原発、高濃度汚染水流出をめぐって
 第12回:黎明期の近代オリンピック
 第13回:お沖縄県国頭郡東村高江
 第14回:戦争のつくりかた
 第15回:靖国参拝をめぐって
 第16回:東京都知事選挙、脱原発派の分裂
 第17回:沖縄の闘い

 第18回:あの日から3年過ぎて
 第19回:東京は本当に安全か?
 第20回:奮闘する名護市長

第21〜30回
LinkIcon
 第21回:民主主義が生きる小さな町
 第22回:書き換えられる歴史
 第23回:「ねじれ」解消の果てに
 第24回:琉球処分・沖縄戦再び
 第25回:鎮霊社のこと
 第26回:辺野古、その後
 第27回:あの「トモダチ」は、いま
 第28回:翁長知事、承認撤回宣言を!
 第29回:「みっともない憲法」を守る
 第30回:沖縄よどこへ行く


第31〜40回LinkIcon
 第31回:生涯一裁判官
 第32回:IAEA最終報告書
 第33回:安倍政権と言論の自由
 第34回:戦後70年全国調査に思う
 第35回:世界は見ている──日本の歩む道
 第36回:自己決定権? 先住民族?
 第37回:イヤな動き
 第38回:外務省沖縄出張事務所と沖縄大使
 第39回:原発の行方
 第40回:戦争反対のひと


第41回:寺離れLinkIcon 


第42回:もうひとつの「日本死ね!」LinkIcon 


第43回:表現の自由、国連特別報告者の公式訪問LinkIcon 


第44回G7とオバマ大統領の広島訪問の陰でLinkIcon


第45回:バーニー・サンダース氏の闘いLinkIcon 

  

第46回:『帰ってきたヒトラー』LinkIcon  


第47回:沖縄の抵抗は、まだつづくLinkIcon 


第48回:怖いものなしの安倍政権LinkIcon


第49回:権力に狙われたふたりLinkIcon


第50回:入れ替えられた9条の提案者LinkIcon 


第51回:ゲームは終わりLinkIcon 


第52回:原発事故の教訓LinkIcon


第53回:まだ続く沖縄の闘いLinkIcon

第54回:那須岳の雪崩事故についてLinkIcon

第55回:沖縄の平和主義LinkIcon

第56回:国連から心配される日本LinkIcon

第57回:人権と司法LinkIcon

第58回:朝鮮学校をめぐってLinkIcon

第59回:沖縄とニッポンLinkIcon

第60回:衆議院議員選挙の陰でLinkIcon

第61回:幻想としての核LinkIcon

工藤茂(くどう・しげる)

1952年秋田県生まれ。
フリーランス編集者。
15歳より50歳ごろまで、山登りに親しむ。ときおりインターネットサイト「三好まき子の山の文庫」に執筆しているが、このところサボり気味。

工藤茂さんの<ある日の「山日記」から>が読めます。LinkIcon