いま、思うこと〜提言・直言・雑感〜 工藤茂

第57回:人権と司法

 『東京新聞』(2017年6月1日付)に、「『共謀罪』国際人権規約違反の恐れ」という気になる記事があった。国民にとって大きな懸念となっていた「共謀罪」法について、今年3月まで明治大学の特任教授を務めていたローレンス・レペタ氏の見解を取材した記事である。
 ちなみにレペタ氏はアメリカの弁護士でもあり、日本の裁判で傍聴人がメモをとる権利を主張して認めさせた人物であり、それは「法廷メモ訴訟」などと呼ばれている。
 記事のなかでレペタ氏は、日本の警察の捜査の実態をみると、「共謀罪」法案は国連の特別報告者の勧告以上に深刻な問題をはらんでいると指摘する。レペタ氏が例示したのは、日本とアメリカで明らかになったイスラム教徒に対する監視活動の実態である。これに関連する記事は、「共謀罪」法の施行当日、7月11日にも『東京新聞』で紹介されている。
 記事によれば、2010年10月に日本の警察の内部文書がネット上に大量に流出したことが発端となり、イスラム教徒への監視捜査が明らかになった。その内部文書では、情報収集の対象は日本人もふくむ国内に住むイスラム教徒で、氏名、住所、勤務先、旅券番号、写真をはじめ、銀行からも任意で名簿や口座情報が提供されている。警察はそれらの情報をデータベース化し、モスクの前に設置した監視カメラで礼拝に集まるひとびとを尾行していた。レペタ氏は「憲法で保障された信教の自由を侵しているばかりか、警察による宗教差別そのもの」と指摘する。
 監視対象となっていたイスラム教徒17人が、2011年からプライバシーを侵害されたとして、国と東京都を相手に東京地裁に損害賠償請求した。一審、二審とも警視庁の過失が認められ、東京都に約9,000万円の支払いが命じられたが、「国際テロを未然に防止するためには必要やむを得ない」とした。最高裁に上告したものの昨年5月に棄却され、判決が確定した。
 つまり、これでイスラム教徒にかぎって、警察による監視捜査に最高裁がお墨付きをあたえたということになる。もはやイスラム教徒にはプライバシーはなくなった。
 これは昨年の出来事だが、恥ずかしながらぼくはこの報道をみた記憶がなく、この記事で初めて知った。念のために断っておくが、この件は「共謀罪」法とはまったく関係のないところで、司法によって認められていたということである。
 
 アメリカでも同様の捜査が行われていた。2011年、ニューヨーク市警によるニュージャージー州、ニューヨーク州のイスラム教徒の監視捜査が発覚した。両州で憲法違反を問う裁判が起こされ、ニュージャージー州では2015年、控訴審判決で「信仰で捜査対象を選ぶのは違憲の恐れがある」とイスラム教徒側の実質勝訴となり、ニューヨーク州では2016年、市は宗教を理由とした捜査を禁じるとする和解に合意した。ネット上にもう少し詳しい情報があった。「ニューヨーク市警は今後、宗教や人種に着目したプロファイリング捜査はしない」「警察内部に民間の監督官を入れ、人権侵害的な捜査についてチェックさせる」ということのようだ。
 日本の最高裁は、警察によるイスラム教徒に対する監視捜査を認めたが、現実にイスラム教徒によるテロ事件が起きているアメリカでは、イスラム教徒への監視捜査を違法としたのである。裁判所が機能していない日本とはいえ、さすがにこんな捜査は違憲とされるものと思っていたが、ぼくの認識が甘かった。この件に関してアメリカは日本よりもまっとうなようだ。もっともアメリカにしても、現場の実態はわからないのだが。

 そんなアメリカでは新たな動きがあった。2017年1月27日、就任間もないトランプ大統領は、イスラム圏7カ国からの入国を90日間禁止、すべての国からの難民受け入れを120日間凍結する大統領令に署名した。イスラム教徒の入国禁止である。監視捜査どころの話ではない。すでに発効されていた6万人のビザが無効となったほか、一部の日本人も入国拒否されるなどの混乱が生じた。
 アメリカは自治や司法がまだ機能していた。3日後にはワシントン州が合衆国憲法に違反するとして大統領令の無効を求めてシアトル連邦地裁へ提訴。数日後には同連邦地裁が、違憲性など最終判断するまで全米での大統領令の執行停止を命じた。さらに政権側の上訴をへて2月9日、サンフランシスコ連邦高裁は地裁命令支持を決定。ここまでわずか2週間あまり。この早さには驚くほかない。
 トランプ政権は上告せずに3月6日、イスラム圏6カ国からの入国禁止を柱とする新たな大統領令に署名した。前回の大統領令からイラクをのぞき、ビザや永住権所有者は対象外とされた。8日にハワイ州が執行差し止めを求めて連邦地裁に提訴、15日に連邦地裁は執行停止を命じ、全米で適用となった。政権側は即座に連邦高裁に上訴、連邦高裁は連邦地裁の判断支持。政権側が上告、6月27日、連邦最高裁は中間判断を示した。10月の最終判断までの間、イラン、リビア、ソマリア、スーダン、シリア、イエメンの6カ国を対象とし、アメリカへのビザ保有者、国内に親族がいる者をのぞいて入国を禁止した。大統領令の執行開始は最高裁判断から72時間後、29日午前とした。トランプ大統領が歓迎のコメントを出したのはいうまでもない。
 連邦最高裁は9人の判事で構成されるが、この4月、欠員だったひとりにトランプ大統領が保守系の判事を指名したことが今回の判断に結びついたようだ。最高裁判事は大統領の指名によるが、任期は終身とされ、辞職か弾劾裁判での解任以外にはクビにもできない。最高裁判事の欠員は、トランプ大統領にとってまったくラッキーなタイミングだった。
 しかしながらこの最高裁の判断で、入国を認める親族の範囲をめぐって新たな訴訟が起こされている。

 この一連の訴訟で興味深いのは、自治体が国を提訴していることである。日本でも企業や個人が国を提訴するという例は少なからずあるが、自治体が国を提訴することはほとんどない。おそらく、理不尽にも政府から虐められつづけている沖縄県以外にはみられないだろう。また日本と比較して審理が早く、即座に執行停止になることにも驚くが、東大教授宇野重規氏が「米国の立憲主義」(『東京新聞』2017年2月26日付)で解説してくれていた。
 まず宇野氏は、トランプ大統領本人や彼を支持する世論には、アメリカ独自の連邦制と三権分立に対する無知と誤解があることを指摘したうえで、次のようにつづける。
 「米国においては連邦よりも州の方が、歴史が古い。州はその主権を保持しており、連邦憲法に認められた権限だけを連邦に委ねているにすぎない。連邦がやりすぎたと思えば、州は違憲訴訟を起こすことを躊躇しないのである」。すべて理解できたわけではないが、州のもつ権限の重さだけは理解できる。
 さらに「厳格な三権分立」をあげ、その背景にあるものとして「立憲主義の思想」をあげる。大統領令であろうが、たとえ民主的な手続きを踏んだものであれ、権力が下した判断が個人の人権を不当に侵害することは許されないという。
 「裁判所による大統領令の一時停止は、立憲主義と民主主義の衝突を意味する。いわば立憲主義が一つのストッパーになって、民主主義の暴走を防ぐのである」
 つまり一連邦地裁の判断といえども、暴走気味な大統領令を全米の範囲で停止させる権限が認められているのだ。

 トランプ大統領の大統領令について、イスラム教国はもちろんのこと、ドイツのメルケル首相、フランスのオランド大統領(当時)が相次いで反対の立場を表明するなかで、「入国管理政策はその国が判断すること」とさらりと答えたのは、わが安倍晋三首相だった。
 そういえば、日本の難民認定は世界でもっとも厳しい部類のようだし、三権分立は「厳格」とはほど遠い状態である。安倍首相は「「立憲主義は権力をしばるものという解釈は古い」と胸を張ったこともあった。
 日本では、政府にとって有利な判決に導くために裁判官を異動させることなど当たり前に行われる。政府に不利な判決を出す裁判官は出世させず、上級裁判所では政府寄りの判決が出るのも当然の成り行きであり、検察審査会の判断にも政権が裏から手をまわす。違憲審査は最高裁判所が行うが、日米安保条約・日米地位協定など政治性がともなう国の政策や行為については最高裁は判断しないため(統治行為論)、憲法は完全に空文化している。

 隣国韓国では重要な裁判があった。この3月、朴槿恵[パク・クネ] 大統領(当時)は、友人による国政介入疑惑により国会に弾劾され大統領権限停止、憲法裁判所の8人の裁判官の全員一致により弾劾相当と判断され、罷免決定、失職した。その後収賄の疑いで起訴され公判がつづいている。
 ある在日韓国人がテレビの街頭インタビューでこんなことを話していた。「韓国は世界に恥ずかしい姿をみせてしまった。これからはしっかり頑張りたい」。日本で暮らすひとだから日本の実情をよく理解したうえでの発言だろうが、ぼくらはまだこんな言葉を吐くことができない。羨ましいかぎりである。
 2013年5月、ジュネーブの国連拷問禁止委員会で、モーリシャスの委員(元判事)が、日本での取り調べには弁護人が立ち会えないことを指して「(日本の刑事司法は)中世レベル」と発言し、日本の人道人権大使が「日本は人権先進国だ」と開き直って失笑を買ったことがあった。なにかにつけて、このことを思い起こしてしまうのだ。
 日本はあらゆるしくみを根本からつくり変える必要があるのだろうが、それをやり遂げられるのかどうか、はなはだ疑わしい。少なくとも政治家を除外し、国会とは別の場での議論、決定でないと、まともなものはできないだろう。 (2017/07) 



<2017.7.20>

いま、思うこと

第1〜10回LinkIcon 
 第1回:反原発メモ
 第2回:壊れゆくもの
 第3回:おしりの気持ち。
 第4回:ミスター・ボージャングル Mr.Bojangles
 第5回:病、そして生きること
 第6回:沖縄を思う
 第7回:原発ゼロは可能か?
 第8回:ぼくの日本国憲法メモ ①
 第9回:2013年7月4日、JR福島駅駅前広場にて
 第10回:ぼくの日本国憲法メモ ②



第11〜20回LinkIcon
 第11回:福島第一原発、高濃度汚染水流出をめぐって
 第12回:黎明期の近代オリンピック
 第13回:お沖縄県国頭郡東村高江
 第14回:戦争のつくりかた
 第15回:靖国参拝をめぐって
 第16回:東京都知事選挙、脱原発派の分裂
 第17回:沖縄の闘い

 第18回:あの日から3年過ぎて
 第19回:東京は本当に安全か?
 第20回:奮闘する名護市長

第21〜30回
LinkIcon
 第21回:民主主義が生きる小さな町
 第22回:書き換えられる歴史
 第23回:「ねじれ」解消の果てに
 第24回:琉球処分・沖縄戦再び
 第25回:鎮霊社のこと
 第26回:辺野古、その後
 第27回:あの「トモダチ」は、いま
 第28回:翁長知事、承認撤回宣言を!
 第29回:「みっともない憲法」を守る
 第30回:沖縄よどこへ行く


第31〜40回LinkIcon
 第31回:生涯一裁判官
 第32回:IAEA最終報告書
 第33回:安倍政権と言論の自由
 第34回:戦後70年全国調査に思う
 第35回:世界は見ている──日本の歩む道
 第36回:自己決定権? 先住民族?
 第37回:イヤな動き
 第38回:外務省沖縄出張事務所と沖縄大使
 第39回:原発の行方
 第40回:戦争反対のひと


第41回:寺離れLinkIcon 


第42回:もうひとつの「日本死ね!」LinkIcon 


第43回:表現の自由、国連特別報告者の公式訪問LinkIcon 


第44回G7とオバマ大統領の広島訪問の陰でLinkIcon


第45回:バーニー・サンダース氏の闘いLinkIcon 

  

第46回:『帰ってきたヒトラー』LinkIcon  


第47回:沖縄の抵抗は、まだつづくLinkIcon 


第48回:怖いものなしの安倍政権LinkIcon


第49回:権力に狙われたふたりLinkIcon


第50回:入れ替えられた9条の提案者LinkIcon 


第51回:ゲームは終わりLinkIcon 


第52回:原発事故の教訓LinkIcon


第53回:まだ続く沖縄の闘いLinkIcon

第54回:那須岳の雪崩事故についてLinkIcon

第55回:沖縄の平和主義LinkIcon

第56回:国連から心配される日本LinkIcon

第57回:人権と司法LinkIcon

第58回:朝鮮学校をめぐってLinkIcon

第59回:沖縄とニッポンLinkIcon

第60回:衆議院議員選挙の陰でLinkIcon

第61回:幻想としての核LinkIcon

工藤茂(くどう・しげる)

1952年秋田県生まれ。
フリーランス編集者。
15歳より50歳ごろまで、山登りに親しむ。ときおりインターネットサイト「三好まき子の山の文庫」に執筆しているが、このところサボり気味。

工藤茂さんの<ある日の「山日記」から>が読めます。LinkIcon