赤木恵子「武満徹うた曲集」

赤木恵子(うた)/本多裕子(ピアノ伴奏)
CDアルバム/TTSCA 6002
2000円(税込)/2012年9月20日発売

<収録曲>全10曲

日本が世界に誇る作曲家・武満徹(1930〜1996)が残した「うた曲」のなかから珠玉の10曲を選んで収録。名曲を、赤木恵子が過剰な装飾・技巧を排して切々と歌う。

1■三月のうた(詞:谷川俊太郎 曲:武満徹)…………………………2:49
2■MI・YO・TA(詞:谷川俊太郎 曲:武満徹)………………………2:27
3■明日ハ晴レカナ、曇リカナ(詞・曲:武満徹)………………………1:58
4■島へ(詞:井沢満 曲:武満徹)………………………………………2:57
5■小さな空(詞・曲:武満徹)……………………………………………2:39
6■翼(詞・曲:武満徹)……………………………………………………1:46
7■うたうだけ(詞:谷川俊太郎 曲:武満徹)…………………………1:49
8■めぐり逢い(詞:荒木一郎 曲:武満徹)……………………………2:57
9■ワルツ(詞:岩淵達治 曲:武満徹)…………………………………3:21
10■死んだ男の残したものは(詞:谷川俊太郎 曲:武満徹)…………7:00

ブックレットの内容

■思い浮かべる情景(赤木恵子)
■詞と曲について
■武満徹の足跡
■私のなかの武満徹(鰆木周見夫)LinkIcon

思い浮かべる情景

赤木恵子


 武満徹の曲をコンサートで歌うようになったのは8年ほど前からである。2009年に出した『赤木恵子うた集』にも3曲入っている。
 曲からイメージした情景を思い浮かべながら、自分なりの〝うた〟をつくりあげるのだが、2011年3月11日の東日本大震災、そしてあの原発事故を境に、思い描く情景も、歌うときの心情も大きく変わった。
 私は、55歳のとき、福島県郡山市の学校で音楽を学んだが、いっしょに勉強した若いクラスメートの大半は福島県内の娘さんたちだった。
 結婚や出産を控えた、あるいは子育て中のかつての級友たちが、先の見えない、終わりのない原発事故によって、どれだけ苦しみ、不安な日々を送っていることか。
 電話の向こうで泣いている彼女たちに、何をどう言えばいいのかわからず「ごめんネ、私のうちの電気は東電なのごめんネ」。
 そんなことしか言えない自分。
 とり返しのつかない結果を生む危険なものを、「日本の技術では起こりえない」と思い込んだまま、それについて深く知る努力もせず、経済優先を口では否定しながら何ら行動を起こさず見過ごしてきたことへの後悔、自責の念、そしてうしろめたさが、あれ以来ずーっと私のなかにすみついている。
 半年ほどしてようやくCD制作に向けての練習を再開したが、心に浮かぶ情景は震災前とは大きく違っていた。
 原発事故後の2011年3月18日、放射性物質から逃れようと、那須のわが家の玄関に、マスクをした3歳の女の子を連れて立っていたかつてのクラスメートの、不安と恐怖に満ちた真っ青な顔。
 2か月あまり経った5月21日、避難先の仙台から半壊した自宅に戻った南相馬の友人を訪ねた。道中、緑の風景を左右に見ながら車を走らせていたのに、いきなり苗の植えられていない田んぼが続いて、そこには打ち上げられて横倒しになったままの何隻もの漁船が……。福島第一原発から25キロ地点の原町の道の駅では白い防護服に着替えている、無言の自衛隊の人たち。
 おいしい魚を食べに度々訪れていたいわき市の海辺の町は、震災から7か月後に行ったときには跡形もなく、生い茂った雑草の間から家々の土台の部分らしきものがわずかに見え、そこにじっと立って海を見つめる人の後ろ姿。
 歌いながら浮かぶのはそうした光景だった。
 このアルバムのピアノ伴奏者、本多裕子さんは福島県二本松市に住む、音楽科の同級生。伴奏合わせの際、震災のことには触れないようにしていたのに、あるとき、ひと休みしなながらつい原発の話になってしまった。話しているうちに彼女は泣き出した。帰路についた彼女に「つらいことを話題にしてゴメンね」とメールを入れた。すぐに返信があった。
「いいえ、福島のことをまだ思ってくれている人がいることがうれしい。私たちにとっていちばんこわいのは忘れられてしまうことです」
 1992年発行の拙著『三途の川は大洪水!』のなかの一編に、私はこう書いている。
<「核エネルギーの平和利用」という言葉を聞くとつい条件付きで肯定しがちになるが、それは言葉の欺まんのように思えてならない。現に事故は起きている。アメリカのスリーマイル島の原子力発電所の事故、さらに記憶に新しいところでは、ソ連のチェルノブイリ原子力発電所の事故……。絶滅への不安は尽きないのだ――。>
 書き続けるべきだった。            
 2012年8月

<CDアルバム『赤木恵子「武満徹うた曲集」』ブックレットより>  

収録曲の詞と曲について


1■三月のうた 
 東京映画制作の映画「最後の審判」(堀川弘通監督/1965年)の主題歌としてつくられ、後藤芳子によって歌われた。東京映画はその後、1983年に東京映画新社と改組し、2004年に東宝に吸収合併されて消滅している。

2■MI・YO・TA 
 タイトルは長野県の地名「御代田」からとられている。武満徹の山荘があった場所。曲は、映画音楽用に作られていたが使われなかった。そのメロディを黛敏郎が、武満の告別式でくちずさんだことが知られている。

3■明日ハ晴レカナ、曇リカナ 
 映画「乱」(黒澤明監督/日本ヘラルド映画/1985年)の音楽を担当していた武満がロケ現場を訪れて、即興的につくった曲。天候によって監督の言動が大きく変わるので、明日の撮影のための天気がどうしても気になってしまうスタッフの気持ちを表したものと言われている。

4■島へ 
 NHK大阪のテレビドラマ「話すことはない」(1983年11月5日放送)の挿入歌としてつくられたが、ドラマでは使用されなかった。詞は、同ドラマの脚本を担当した井沢満がつくった。

5■小さな空 
 1962年に放送された連続ラジオ・ドラマ「ガン・キング」(TBSラジオ)の主題歌としてつくられた。ドラマは漫画が原作の西部劇だった。

6■翼 
 西武劇場(東京・渋谷)で公演された演劇「ウイングス」(アーサー・コピット/恩地日出夫演出/1982年2月)のために作曲された。西武劇場は、1985年にPARCO劇場に改称されている。

7■うたうだけ 
 1958年、鎌倉でつくられたとされている。詞は谷川俊太郎がつくっているが、同氏とのコンビによる名曲は数多い。谷川は武満の生涯を通じての友人だった。

8■めぐり逢い 
 映画「めぐり逢い」(東宝/恩地日出夫監督/1968年)の主題歌。荒木一郎が詞を担当し荒木自身が歌うという条件を武満が希望してできた曲だといわれている。

9■ワルツ 
 映画「他人の顔」(勅使河原宏監督/勅使河原プロ/1966年)の主題歌。ドイツ文学者の岩淵達治によってドイツ語歌詞がつくられたが、2000年にその詞をもとに岩淵自身が日本語詞を新たにつくった。「他人の顔」は安部公房の同名小説の映画化作品。

10■死んだ男の残したものは 
 1965年4月、東京で開かれた「べトナムの平和を願う市民の集会」のために作曲され、友竹正則によって歌われた。この年の2月に、アメリカが北爆を開始し、ベトナム戦争が激化、泥沼化に向かう。米軍は1973年にべトナムから撤退するが有益なものは何も残さなかった。

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コンサート情報

■第9回 横手語りのまつり
 第2部にゲスト出演
■横手ふれあいセンター「かまくら館」ホール(秋田県横手市)
■2017年9月17日(日)
13時開演

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■武満徹没後20年企画 
赤木恵子「武満徹うた曲集」リサイタル
■二本松市コンサートホール
■2016年10月23日(日)
13時30分開演

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■赤木恵子チャリティーうたコンサート
■二本松市コンサートホール
■2013年5月19日(日)
14時開演
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■赤木恵子「うたの会」
■やなか音楽ホール(東京・谷中)
■2012年10月27日(土)
14時開演
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■赤木恵子メゾソプラノ・リサイタル
■音楽の友ホール(東京・神楽坂)
■2010年5月15日(土)
14時開演
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赤木恵子プロフィールLinkIcon

CD発売情報

赤木恵子「武満徹うた曲集」②ぽつねん〜さようなら
CDアルバム/TTSCA 6003
2000円+税
2014年12月11日発売

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赤木恵子「武満徹うた曲集」
CDアルバム/TTSCA 6002
2000円(税込)
2012年9月20日発売
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赤木恵子うた集〜童謡・唱歌・歌曲・歌謡曲・民謡〜
CDアルバム/TTS60- 01
3000円(税込)
2009年7月発売
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死んだ男の残したものは/三月のうた
CDシングル/TTS60- 11
1200円(税込)
2010年4月発売
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