いま、思うこと32 of 島燈社(TOTOSHA)

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いま、思うこと〜提言・直言・雑感〜

第32回/工藤茂
IAEA最終報告書

 『東京新聞』(2015年5月25日付)2面に、大きな見出しが躍った。「『想定外』を一蹴」「『国際慣行に従わず』批判」「再稼働の動き 再発危惧」などなど。そして1面下には、その概要を紹介する記事が目立たなくおかれていた。
 なにごとかと見てみると、24日、福島第一原発の事故についてIAEA(国際原子力機関)が総括してまとめた最終報告書の全容が明らかになり、東京電力や日本政府規制当局の姿勢を厳しく批判しているというものだった。ウィーン発、共同通信による配信記事である。
 IAEAとは、原子力の軍事転用を防ぎ、平和利用を促進する機関であって、原発推進の立場にある。当然ながら世界の原子力産業との結びつきも深い。加えて、現在の事務局長は日本の外務省OBであることからして、日本に対してそれほど厳しい姿勢をとるとは考えにくい。
 チェルノブイリ原発事故から5年たった1991年、IAEAの国際諮問委員会がまとめた「チェルノブイリ事故に関する放射線影響と防護措置に関する報告」がある。そこには、「住民は放射線が原因と認められるような障害を受けていない。今後もほとんど有意な影響は認められないだろう。もっとも悪いのは放射線を怖がる精神的ストレスである」とある。
 福島第一原発の事故直後にも、御用学者といわれるひとたちが同様の発言をしていたことを思い起こすが、このような結論をまとめる国連傘下にある機関である。それでも、IAEAがまとめたものは国際的な権威あるデータとして用いられる。

 そんなことを思いながらも記事に目を通してみると、なかなか驚くべき内容だった。以下は『東京新聞』の記事による。
 IAEAの最終報告書は42カ国の専門家約180人が参加し、240ページの要約版にまとめられた。要約版は6月8日からのIAEA定例理事会で審議され、9月の年次総会に詳細な技術報告書とともに提出される予定である。その要旨は次のようなものである。
1. (自然災害など)外的な危険要因に対する原発の脆弱性について、総合的な見直しをしたことがなかった。
2. 東電は、原発事故の数年前に、福島県沖でマグニチュード8.3の地震が起これば第一原発を襲う津波の高さが最大約15メートルにおよぶと試算していたが、対策を取らず、原子力安全・保安院も対応を求めなかった。
3. 2007年の(IAEAによる)訪日調査の際、「設計基準を超える事故について検討する法的規制がない」と指摘し、保安院が安全規制向上の中心的な役割を果たすよう求めたが、抜本的な対策は取られなかった。
4. 第一原発の設計は津波のような外的な危険要因に充分に対応しておらず、IAEAから勧告された安全評価による審査も実施されず、非常用ディーゼル発電機の浸水対策も取られていなかった。
5. 原発で働く東電社員らは過酷事故に対する適切な訓練を受けておらず、津波による電源や冷却機能喪失への備えも不足していた。
6. 事故当時の規制や指針、手続きは国際的慣行に充分にしたがっておらず、過酷事故の管理や安全文化でも国際慣行との違いが目立った。
7. 日本では、原発が堅固に設計されており、充分に防護が施されているとの思い込みが何十年にもわたって強められていたため、電力会社や規制当局、政府の予想範囲をこえ、第一原発事故につながる事態となった。
8. 原発事故と自然災害への対応では、国と地方の計画がばらばらで、事故と災害の同時発生に協力して対応する準備はされていなかった。
9. 子どもの甲状腺被曝線量は低く、甲状腺癌の増加は考えにくい。

 ちょっと長くなったが、これがすべてではない。冒頭にかかげた『東京新聞』の見出しも厳しいが、記事の論調もきわめて厳しい。
 「事故当時、東電や日本政府からは『想定外』との弁明が相次いだ。しかし、IAEAは日本が何十年にもわたり原発の安全性を過信し、発生の確率が低い災害などに十分備えてこなかったと一蹴した」。さらに、こうした厳しい批判の背景には、日本では原発再稼働への動きが顕著で、再び過酷事故が起きかねないことへの強い危機感がIAEA側にもあるとしている。
 評論家の天木直人氏がメルマガでこの問題を取り上げていた。「これは物凄い報告書である。あの事故は人災だったと言っているようなものだ。東電の責任は免れないし、訴訟が起こされれば負ける事は間違いない。もちろん日本政府の責任は重大である」とまで記している。
 『東京新聞』の報道はこれで終わらない。6月9日付では共同の配信でIAEA定例理事会開催を、11日付では審議の中間報告と最終報告書の序文をふくめた詳細な要旨、12日付で全面とさらに4分の1ページを使ってIAEAの指摘の分析や訴訟への影響も報じているが、12日付のみ配信記事ではない。まさに『東京新聞』の意気込みがあらわれた報道だった。
 なかでも、6月9日付掲載の天野之弥[ゆきや] IAEA理事長の記者会見の内容が厳しい。日本がすすめる原発再稼働について、安全を確保する政府の責任を強調したうえで、最終報告書の教訓を生かし、安全を最優先するように訴えたという。
 田中原子力規制委員長の「規制基準への適合は審査したが、安全だとは申し上げない」という言葉や、安倍首相や菅官房長官の「規制委員会によって安全性を確認された原発については再稼働を進める」という言葉で曖昧にしていた責任の所在を、明確に日本政府にあるとクギを刺している。
 そして12日付の記事は天木氏の指摘をうけたもので、東京地検や各地の地裁に起こされた訴訟に与える影響について報じている。なかでも一度不起訴となった東電の勝俣元会長ら旧経営陣3人に対して検察審査会が起訴相当とし、今年1月再び不起訴、検察審査会による再審査が現在行われている。東京地検の判断がこの報告書によってくつがえり、強制起訴となる可能性があるほか、18地裁・支部に起こされている訴訟への影響にも触れている。

 こういった指摘はIAEAの最終報告書以前にもなされていた。2006年12月、共産党の吉井英勝議員は当時の第1次安倍内閣に提出した質問趣意書で、原発の外部電源の脆弱性など数項目の見解をただしているが、「非常用電源で対応可能」「メルトダウンはありえない」「そういう事態が生じないよう安全確保に万全を期している」といった答弁書で答えている。吉井氏は京都大学で原子核工学をおさめた専門家だが、その後も多くの質問を提出していて、その経緯は著書にまとめられこの6月中旬に刊行予定である。
 また、『産経新聞』(2011年6月11日付)の報道だが、ネット上の転載記事でみることができる。IAEA元事務次長で、スイスの原子力工学の専門家ブルーノ・ペルード氏がインタビューで答えている。1992年ごろに東電に対し、水素ガス爆発の危険性が指摘されていたGE社製沸騰水型原子炉マーク1型である福島第一原発の格納容器と建屋の強化など4項目の提案をしたが対策はとられず、2007年のIAEAの会議で地震と津波の対策を指摘した際には強化を約束したが、今回の震災で基本的な対策を怠っていたことが判明したという。
 福島第一原発の事故は、こうした警告や指摘を長年にわたって無視してきた結果起きたもので、「想定外」ではなかった。天木氏の指摘のとおり「人災」に相当するが、いまのところだれも責任をとってはいない。裁判の今後の行方を見守ることにする。
 5月28日、鹿児島県の川内原発1号機が7月下旬に再稼働かという報道があったが(のち、8月中旬以降に変更)、翌29日午前には同県の口之永良部島の新岳が噴火。噴煙は9,000メートル以上、火砕流は70秒で海まで達し、全住民は島を脱出した。同県桜島の爆発的噴火の頻度も増してきている。さらに30日午後8時半には、小笠原諸島付近を震源とするマグニチュード8.1、最大震度5強の地震があった。
 煽るつもりはないのだが、日本列島では2011年3月の東日本大震災以来、地震や噴火が起きやすい状態になってきていることはだれもが感じることだろう。「スイッチが入った」という言い方をする専門家もいる。その一方、田中俊一原子力規制委員長は「(原発が)稼働している間は(大噴火は)起こらないだろう、との判断でやっている」といつもの調子ですっとぼけているが、再稼働を目指す川内原発は、火山対策も住民避難路も確保されないままに放っておかれている。

 天木氏は先のメルマガで、この重要なスクープを大手新聞が報じていないことを指摘している。天木氏は宿泊先の高知にいて、『高知新聞』1面に大きく報じられた記事を見たという。おそらくホテルで大手紙も確認したのであろう。ぼくはいくつかの地方紙、ブロック紙のweb版での報道を確認しているが、自分の目で見た範囲ではテレビは取り上げていない。
 天木氏は次のように記している。「はたして大手新聞はこの大スクープを今後転載するのだろうか、それとも一切無視しつづけるのであろうか。(中略)どう考えても作為的だ。そこには安倍政権の原発再稼働にとって大打撃であるという配慮が働いたと思う」
 そして4日後の29日になって『朝日新聞』が取り上げたが、他紙の報道はない。『朝日新聞』は扱いが小さいながらも、12日も取り上げていた。『東京新聞』は大手紙のこういった鈍い動きを見て、おおいに発憤したのかもしれない。
 おそらく政府に不都合な情報はひろく報じられない。安倍政権はマスメディアを抑えたといわれるが、たしかにテレビ、新聞の大手はほぼ抑えられてしまったようだ。見事である。
 日本政府、東京電力の過失やIAEAの重要な指摘が伏せられたなかで、今後いくつかの老朽化した原発を再稼働させるのかもしれない。建設中の3基の原発の稼働もあるかもしれない。そうなると今後数十年は原発の危険から逃れることはできない。いずれ過酷事故の再発も起こりうるのではないか。こういう政府があって、その政府を支持する多くの国民もいる。

 ところで、今回の報道からうかがう限り、IAEAはきちんとやるべき仕事をやっていることを確認できたように思う。今後にも期待したいところである。しかしそれ以前に、いまなすべきことは原発の再稼働阻止である。日米原子力協定があるからと怯んではいけない。それでも政府を動かして、アメリカと向き合って交渉させなくてはならないのである。(2015/06)




<2015.6.12>

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工藤 茂(くどう・しげる)

1952年秋田県生まれ。
フリーランス編集者。
15歳より50歳ごろまで、山登りに親しむ。ときおりインターネットサイト「三好まき子の山の文庫」に執筆しているが、このところサボり気味。

工藤茂さんの
<ある日の「山日記」から>が読めます。LinkIcon