いま、思うこと42 of 島燈社(TOTOSHA)

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いま、思うこと〜提言・直言・雑感〜

第42回/工藤茂
もうひとつの「日本死ね!」

 米軍普天間飛行場の移設にともなう辺野古新基地建設をめぐる代執行訴訟で、日本政府が沖縄県と和解したことについて、アメリカのオバマ大統領は不満をあらわにしたようだ(『東京新聞』2016年4月2日付)。
 どうにも腑に落ちない不思議な記事だった。この和解の舞台裏については、『沖縄タイムス』や『日経新聞』、共同通信による配信記事などですでに詳しく報道されている。早くからアメリカ側と協議しながらすすめられていたもので、3月1日には谷内[やち]正太郎国家安全保障局長からライス大統領補佐官(国家安全保障担当)に和解の結論が伝えられている。そして2日午前にはオバマ大統領はライス補佐官が作成した報告書に目を通し、「分かった。しばらく動かないということだな」と述べ、納得しているのだ(『沖縄タイムス』電子版、2016年3月20日付)。
 いや、この記事がどうであろうが、オバマ大統領は工事が遅れることに懸念を示すべきではなかった。大統領の言葉は間違いなく安倍晋三首相にスイッチを入れ、沖縄への強硬姿勢となる。沖縄は反米一色と化す。辺野古の現場は流血の事態となり、1970年のコザ暴動の再現ともなりかねない。彼の任期は2017年1月までだ。次期大統領にお任せでよいではないか。わざわざけしかけるメリットなど、どこにあるというのか。4月1日の目取真俊氏の不当逮捕以来、沖縄では連日の抗議集会が開かれ、米軍との間で睨み合いが続いているのだが、本土の新聞では報道されない。
 と、そんなところにオバマ大統領の不満の記事は間違いだという情報もあった。「オバマ大統領は辺野古新基地計画の現実性に疑念を示した」というニュアンスが正しく、安倍政権の判断力に疑念を抱いているというのが真相というものだが、正確なところはよく分からない。

 少々さかのぼるが、3月4日午後、安倍首相は福岡高裁那覇支部が示した和解勧告案を受け入れる方針を決め、工事中止を中谷元防衛相に指示した。それでも首相は「辺野古への移設が唯一の選択肢という国の考えに変わりはない」とわざわざ付け加えている(『時事ドットコム』2016年3月4日付)。和解というよりも、一時中断という意味合いのようだ。
 福岡高裁那覇支部(多見谷寿郎[たみや としろう]裁判長)が、つぎのふたつの和解案を提示したのは1月29日だった。
 A案=翁長知事が埋め立て承認を撤回するかわりに、国は移設後30年以内の新基地返還か、軍民共用化をアメリカ側と交渉するという「根本的な解決策」。
 B案=国が訴訟を取り下げて工事を中断したうえで沖縄県とあらためて協議する「暫定的な解決策」。
 沖縄県にとってはB案が有利で、国はアメリカ側との交渉が必要なA案にも、工事中止をともなうB案にも乗れないだろうといわれていたが、国はB案を受け入れることにした。これは、沖縄県側にとっても意外な展開だった。ただ、たしかに和解成立ではあるが、工事を中断して話し合いのテーブルにつくというものでしかない。こうした協議なら2015年8月にも1カ月間集中的に行われたが、ただの時間稼ぎ終わっている。それでも工事を少しでも遅らせられるのであるから無意味ではないといえば、そうなのかも知れない。
 『沖縄タイムス』(2016年3月5日付)によると、安倍首相は「円満解決に向け県との協議を進める」とする一方、協議決裂後の訴訟を念頭に「司法判断が下された場合は、国も沖縄県もその判断に従う。互いに協力して誠実に対応することで合意した」とも語っている。
 じつはB案には10項目の和解条項がふくまれていて、安倍首相が語った「司法判断が下された場合は……」は、そのうちの第9項をふまえたものだった。その条文を示しておく。
 9. 原告及び利害関係人と被告は、是正の指示の取消訴訟判決確定後は、直ちに、同判決に従い、同主文及びそれを導く理由の趣旨に沿った手続を実施するとともに、その後も同趣旨に従って互いに協力して誠実に対応することを相互に確約する。

 『日経新聞』(2016年3月12日付)の検証記事によると、和解案受け入れに際して安倍首相がもっともこだわったのは「不可逆性」だという。つまり、ふたたび元の状態にはもどさないことである。「昨年末の慰安婦問題を巡る日韓合意で用いたこの言葉を用い、再び訴訟合戦にならないよう法務省に指示した」とある。
 ここに示した第9項も和解の前提のひとつである。翁長知事の承認取り消しの違法性が確認できれば、国は堂々と工事をすすめられ、沖縄県側は工事阻止にむけた他の法的手段には訴えにくくなるという国の読みがある。最高裁判決による決着までは1年あまりを要するが、菅官房長官は法務省幹部と協議したうえで和解案を受け入れても「勝てる」と判断したという。
 ここに「法務省に指示した」「法務省幹部と協議して」とある。菅官房長官が法務省と協議しても不思議ではないが、両者とも裁判所に関して権限をもつことはない。にもかかわらず菅官房長官が「勝てる」と判断した根拠はなにか。あとに触れることにするが、裁判所と検察庁(法務省)は互いに連絡を取り合っていて、人事交流制度があることもたしかである。
 『日経新聞』の記事から2週間ほど過ぎて、共同通信が決定的な記事を配信したという。ネット中を捜し回って『Web東奥』(2016年3月24日付)で、ようやく全文を読むことができた。「検証・辺野古訴訟和解/急旋回、透ける打算/菅氏主導、極秘徹底」という記事だった。
 記事によると、1月29日の和解勧告は国側にとっても想定外のもので、菅官房長官はそれまで100%勝てると思っていたという。歯車が狂った国側は2月2日、法務省の定塚誠訟務局長らに対してなんらかの対応をとるように、安倍首相が直接指示している。
 そして2月12日、菅官房長官から安倍首相へ「裁判所は和解の意思が強い」との報告がある。それ以降、沖縄県側に方針が悟られないようにすすめるため、菅官房長官主導で岸田文雄外相、中谷防衛相、法務省の定塚訟務局長にしぼり、極秘裏の扱いとされた。
 記事には次の記述がある。「菅氏らは和解勧告や裁判所の訴訟指揮を分析。その結果、国が訴訟をいったん取り下げて県と再協議する暫定的な解決案(B案)の受け入れに傾く。関係者は『定塚氏は高裁支部の多見谷寿郎裁判長と連絡をとっていたとみられる』と証言する」
 多見谷裁判長とは、福岡高裁那覇支部で和解勧告案を提示した当人である。定塚訟務局長は和解案提示後の多見谷裁判長から、このままでは国側に有利な判決を出すことが困難なこと、あくまでも和解の方向ですすめるとの意思を得て、2月12日までに菅官房長官に報告したことが分かる。この情報を得て菅官房長官らは裁判を乗り切る策を練ったのだ。もちろん多見谷裁判長とも連絡をとりながらのことである。ここに『日経新聞』の記事中の「勝てる」の根拠があった。

 3月23日、菅官房長官、翁長知事らが出席して和解成立後初めての協議が行われたが、作業部会の設置と今後の協議の継続を合意したにすぎない。両者ともこれまでの主張を変えたわけでもなく、歩み寄る見通しもないままである。その協議後の記者会見のなかで、和解条項の解釈をめぐって大きな食い違いが露呈した。
 第9項の解釈をめぐって、翁長知事はこの解釈についても作業部会で議論の対象になるとの認識を示したが、菅官房長官は「和解条項に明快に書いてある」として、議論の余地はないとの考えを示している(『毎日新聞』電子版、2016年3月23日付)。
 沖縄県としては、敗訴した場合、埋め立て承認取り消しの撤回には応じるが、その後の対応まで縛られることはない。たとえば工事の設計変更があれば、変更のたびごとに知事の承認権によって拒否し、是非の判断を新たな訴訟に求めることが可能だという解釈である。一方国は、国側が勝訴すれば沖縄県は新たな法的措置を取れなくなるという見方である。
 この件について、2011年に退官した元裁判官、仲宗根勇氏による「辺野古訴訟『和解』を考える・中」(『沖縄タイムス』2016年3月24日付)が、自身でも調停や和解を多数あつかってきた経験から重要な指摘をしている。
 仲宗根氏は和解案について具体的に3つの指摘をしたうえで、これらは裁判所から出された和解案とは考えにくく、裁判実務・理論に不案内な法務官僚と安部官邸が共同作成した裁判手続きに無効原因を含む政治的な和解案と思われるとして、和解案自体に疑義を投げかけている。また第9項をふくむ和解案を受け入れたことが、沖縄県にとって今後の法廷闘争で大きな制約となることにも危惧する。つまり裁判で国側が勝った場合、沖縄県が取り得る他の手段が封じられてしまいかねないというのである。そして最後に、「案の定、官邸と法務省幹部が舞台裏で協議し、和解案を受け入れたことなど、驚くべき報道が一部でなされている。もし報道が事実だとすると、ことは司法権の独立に関わる重大な事件へと発展すること必定である」としめくくっている。
 昨年の『日刊ゲンダイ』電子版(2015年11月19日付)は、つねに体制寄りの判決を下してきたという東京地裁立川支部総括判事だった多見谷裁判官を、辺野古訴訟のために福岡高裁那覇支部長へ異動させた疑いがあることを指摘している。憲法違反の集団的自衛権行使を正当化するために内閣法制局長官のクビをすげ替えたことと同様の手法である。「菅官房長官は『司法の判断を仰ぐことにした』などと言っているが、本音は『多見谷裁判官よ、分かっているな』というプレッシャーがありありではないか」と記事はまとめている。共同通信配信記事の菅官房長官が「100%勝てる」と思っていた根拠がこれだ。
 明確な国の司法権侵害であるが、共同通信の記事も坦々と報じるのみ、そして大手紙はまったく報じる気配がない。いったい沖縄県はどう対応するのであろうか。

 裁判官、最高裁調査官をへて大学教授となった瀬木比呂志氏の『絶望の裁判所』(講談社新書、2014年)には、「談合裁判」という語が登場する。談合事件の裁判ではない。そこには、国が申立人となる裁判において事前に国が裁判所へ申し立て内容を問い合わせ、何人もの裁判官たちが集まって知恵を絞った話が紹介されている。日本の司法では、こうした不正はさまざまな形で存在していて、表に出さえしなければ、大抵のことは許されるという感覚なのだという。今回は表に出ているにもかかわらず、多くは素知らぬふりをしている。数年前、ジュネーブの国連拷問禁止委員会の場で「日本の刑事司法は中世」と指摘されたことがあったが、ことは刑事司法に限らない。まったく「日本死ね!」とでも言いたくなるレベルなのだ。
 いまアメリカの大統領選の共和党指名争いで首位を走るドナルド・トランプ氏は、在日米軍を撤退させ、日米安保条約も見直すと発言している。おおいに結構ではないか。「日本には自衛隊がある。世界第4位の軍事力だ。狭い国土の防衛に米軍は要らない。憲法9条は変える必要はない。解釈で自衛隊は合憲化されている。その解釈は定着している。あくまで戦争放棄と軍隊放棄の理想をめざせばよい」(「世に倦む日日」ツイッター、2016年3月27日付)ではいかがだろうか。これで辺野古の問題も片が付く。と思いきや、いまの安倍政権下ではまったく逆に、憲法9条は姿形も失せ、自衛隊は完全な軍隊につくり変えられてしまうのかも知れない。「日本死ね!」と、何度でも言いたい。そして沖縄県の闘いを、これからも注視していかなくてはならない。 (2016/04)



<2016.4.13>

工藤42/01.jpg沖縄意見広告運動による新聞広告(『東京新聞』2015年10月4日付)

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工藤 茂(くどう・しげる)

1952年秋田県生まれ。
フリーランス編集者。
15歳より50歳ごろまで、山登りに親しむ。ときおりインターネットサイト「三好まき子の山の文庫」に執筆しているが、このところサボり気味。

工藤茂さんの
<ある日の「山日記」から>が読めます。LinkIcon

工藤42/01.jpg沖縄意見広告運動による新聞広告(『東京新聞』2015年10月4日付)