いま、思うこと36 of 島燈社(TOTOSHA)

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いま、思うこと〜提言・直言・雑感〜

第36回/工藤茂
自己決定権? 先住民族?

 9月21日午後(現地時間)、ジュネーブの国連ヨーロッパ本部で開かれた国連人権理事会年次総会において、沖縄県の翁長雄志[おなが たけし]知事がスピーチを行った。このスピーチに先んじて開催されたNGO主催のシンポジウム、その翌日にはスピーチを補足する同本部での記者会見、帰国直後の日本外国特派員協会の会見でも、翁長知事は沖縄の声を繰り返し国際社会に訴えた。
 翁長知事は、沖縄の歴史や米軍基地が集中するにいたった経緯について説明したうえで、アメリカ政府や日本政府によってすすめられている辺野古新基地建設問題を取り上げ、全力で阻止する覚悟を明確にした。それは国際舞台で自国政府を批判することでもあって、これによって、翁長知事はあと戻りできないところに身をおくことになった。
 人権理事会でのスピーチの録画映像をテレビで観たところ、翁長知事の左後ろには先住民族の権利を専門としている上村英明氏の顔が見えていた。上村氏とは以前仕事で関わったことがあるが、現在は恵泉女学院大学人間社会学部教授、同大の平和文化研究所所長のほか、国連NGO「市民外交センター」代表も務めているようだ。
 『琉球新報』(2015年7月23日、9月14日付)に、今回のスピーチ実現に至る経緯に触れた記事がある。有識者や市民団体メンバーからなる「沖縄建白書を実現し未来を拓く島ぐるみ会議」や国連NGOの「反差別国際運動」などが協力し、国連との特別協議資格をもつ「市民外交センター」が持ち時間を提供して実現したという。翁長知事に発言の機会を提供した理由を問われ、上村氏はつぎのように答えている。
 「道理としては正しいことを主張しているのに、国内の法システムでは救済されないため、国際社会に人権問題として訴えることで打開策を目指す道となる」

 翁長知事は人権理事会のスピーチで、「沖縄のひとびとは自己決定権や人権をないがしろにされている。あらゆる手段で新基地建設を止める覚悟だ」と訴えた。さらに、日本外国特派員協会での会見でも同様の発言を繰り返している(『東京新聞』2015年9月22日、25日付)。
 この「自己決定権」という言葉には一瞬戸惑いを覚えるが、沖縄関係の本、なかでも琉球独立をあつかったものではごく普通に登場する。ほかに「自決権」「沖縄人」「琉球民族」「先住民族」などの語も当たり前のように登場する。
 手元の辞書には「自己決定権」も「決定権」もない。ただ「自決」はあって、「②(self-determination)他人の指図を受けず自分で自分のことをきめること。[民族—]」とある。要するに、自分のことは自分で決めるということである。「民族自決」であれば、他民族の介入を受けることなく、各民族が自らの政治的運命を決定する権利ということか。
 翁長知事のスピーチは英語で行われていて、self-determination の語を用いている。英和辞典には「1.自己決定、自決 2.民族自決[権]」と記されているが、メディアに配布されたスピーチの日本語訳も、日本語で行われた日本外国特派員協会での会見でも、知事は一貫して「自己決定権」を用いている。
 これらを踏まえたうえで、いくつかの発言をみていくことにしたい。
 人権理事会のスピーチの翌日に行われた記者会見での、翁長知事の発言である。
 「日本政府にはなぜ日本国全体で抑止力、安全保障体制を考えないのか(と話した)。他の所は知事や市町村が反対すれば、あそこは反対している、と言い、あっちも駄目だったとなる。沖縄は全市町村長、全市町村議会議長、県議会の全部が反対して、東京行動もした。それには一顧だにしない。これが自己決定権とどう関連するかを皆さんで考えてほしい」(『沖縄タイムス』(2015年9月24日付)
 今年の7月、国連特別報告者であるビクトリア・タウリ=コープス氏が沖縄を訪れ、沖縄独立の可能性について問われての発言。
 「『自己決定権の拡大は段階を踏んでいく必要がある。まずは日本に属しながら自国で自治権の範囲を広げていくことが重要だ』と述べ、沖縄の自己決定権を国会や日本政府に承認させる必要があると強調した」(『琉球新報』2015年8月17日付)
 はたして、翁長知事の「自己決定権」とコープス氏のそれはまったく同じものであろうか。翁長知事のほうは「不平等、差別」を訴えているが、コープス氏は「自己決定権」と「自治権」両方を用いていて、「民族自決」に近い意味合いのようだ。
 ところで、法政大学経済学部教授竹田茂夫氏のコラムにはつぎのようにあった。「沖縄県知事が国連人権理事会で、自治と人権がないがしろにされていると訴えた」(『東京新聞』(2015年9月24日付)
 翁長知事が用いたself-determinationを「自治」としている。竹田氏は連載の同コラムで、よく未訳の書籍の紹介もしてくれる。翁長知事のスピーチも原文からの意訳であろうか。国際法の専門家が「自治権」と「自己決定権」は別のものとしているのは承知しているが、この部分を読んで納得するものがあったのも事実である。そうとはいえ、かつて羽仁五郎『都市の論理』(勁草書房、1968年)がヨーロッパの自治を紹介してくれたが、結局日本に馴染むことはなかった。どこまでも日本は「3割自治」の国である。
    
 先に「自己決定権」のほかに「自決権」「沖縄人」「琉球民族」「先住民族」などの語を羅列しておいたが、翁長知事がジュネーブへと出発する直前、自民党沖縄県連幹部は「沖縄県内では先住民、琉球人の認定について議論がなされていない」として「辺野古の新基地建設の反対を『琉球人・先住民』の権利として主張しないよう」に要請している(『沖縄タイムス』2015年9月18日付)。
 これに対して翁長知事は「自身も基地問題を先住民として発言したことはない」とする一方で、「人権理事会は世界の一人一人の人権や地方自治について話し合う場所。その意味で、今日までの私の(過重な)基地負担の発言を集約してスピーチしたい」とこたえている。
 この要請の背景にはつぎのような事情がある。
 2007年9月の国連総会における「国連先住民族権利宣言」の採択をはじめ、国連自由権規約委員会や同人種差別撤廃委員会などから日本政府に対して、「アイヌ民族および琉球民族を国内立法化において、先住民族と公式に認め、文化遺産や伝統生活様式の保護促進を講じること」といった勧告が再三にわたってなされている。こういった勧告には強制力はなく、日本政府は、他県と同様の日本民族として、人種差別撤廃条約の適用外という主張をしてきている。
 国連特別報告者コープ氏は辺野古の新基地建設問題をも含め、つぎのような発言をしている。先の『琉球新報』の記事から、ぼくの責任でまとめる。
 「沖縄は独自の文化、言語を持っていることから先住民族といえる。国連人権委員会としては沖縄の人々を先住民族と認めている。2007年にまとめられた先住民族の権利に関する国連宣言では、政府は先住民族の同意なしには事業を行ってはいけないことになっている。さまざまな反論をしても進展がないのであれば、国際的な機関に人権侵害を訴えることができる」
 国連では上村氏らの活動の結果、沖縄地方のひとびとを「先住民族」としているが、自民党県連の要請のように、そのひとびとすべてが自らを「先住民族」と認めているわけではない。
 翁長知事は日本語を用いる場合、先住民族問題につながりやすい「自決権」の訳語をあえて避けているように思える。しかし、自民党県連の危惧は無駄なものだった。国連の場でself-determination の語を用いて沖縄の問題を訴えれば、当然のように先住民族の「自決権」の問題として受け止められることになる。

 上村氏の主張は明解で一貫している。独自の文化をもち、独自の社会を築いてきた琉球の日本への併合は、軍備を背景に一方的に行われたことは明らかであって、住民には「日本人」としての意識はなく、そこで行われた同化政策や支配は「植民地政策」そのものだったという。先住民族もそこから定義付けされている。
 翁長知事の「自己決定権」も、この視点から発せられたものであれば理解が比較的容易であるが、おそらく上村氏に全面的に同調するものではないだろう。それでも沖縄の意思に正面から向き合うことを日本政府に求める姿勢に揺らぎはないようだ。翁長知事の人権理事会でのスピーチは、こういった両者が辺野古の問題一点で手を結んで実現したものと考えている。
 かつては外交権をもった独立国でありながら、敗戦からの27年間、米軍施政下では国籍もない状態におかれ、一方的に土地を取り上げられた無念さ、さらに復帰から40年も過ぎて、日本政府からは米軍と同様の扱いをうける悔しさが翁長知事の訴えにはにじみ出ている。それに対する安倍首相や政府高官の無言は、あまりにも絶望的である。菅官房長官にいたっては「私は戦後生まれで、そういうことが分からない」とまで言い放った。いま翁長知事は、先輩たちが米軍高等弁務官と向き合ってきたように、日本政府と闘っている。
 翁長知事の叫びは、確実に世界に届きつつあるようだ。『フォーブス』(2015年9月15日付電子版)や、ドイツの大手紙『フランクフルター・アルゲマイネ・ツァイトゥング』(同9月22日付電子版)が翁長知事の言動を好意的に取り上げている。
 そしてアメリカ議会の動きも伝えられてきた。上下院軍事委員会は29日、2016会計年度の国防予算の大枠を定める国防権限法案の一本化で大筋合意したが、下院の法案に明記されていた「辺野古が唯一の選択肢」という条文は最終的に見送られた。日本政府が沖縄の強い反対を押し切って新基地建設をめざしていることに米議会から懸念が示されたという(『東京新聞』2015年9月30日付夕刊)。あくまでも推測だが、翁長知事は6月に訪米した際に上院軍事委員長のマケイン上院議員(共和党)と会談している。マケイン上院議員が海外の基地決定に大きな影響力をもっていることに加え、人権委員会でのスピーチも大きく影響したように思える。 

 『東京新聞』(2015年9月25日付)もほぼ同様のテーマを大きく取り上げていたが、有識者や国連側の視点にそってまとめていた。しかしながら、翁長知事が訴えているのは地方自治や人権問題としての米軍基地であって、そこに「自己決定権」や「自決権」といった言葉を持ち込むと、理解を遠ざけてしまうように思われてならない。ところで、沖縄の多くのひとびとは、沖縄に対する国連側のこういった捉え方をどのように受け止めているのであろうか。 (2015/10)


<2015.10.8>

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*掲載写真はすべて、1981年4〜5月にかけて撮影した沖縄のひとびと/写真提供・筆者

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工藤 茂(くどう・しげる)

1952年秋田県生まれ。
フリーランス編集者。
15歳より50歳ごろまで、山登りに親しむ。ときおりインターネットサイト「三好まき子の山の文庫」に執筆しているが、このところサボり気味。

工藤茂さんの
<ある日の「山日記」から>が読めます。LinkIcon