いま、思うこと7 of 島燈社(TOTOSHA)

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いま、思うこと〜提言・直言・雑感〜

第7回/工藤茂
原発ゼロは可能か?

 新聞やテレビの発表によると、政権の支持率が高く安倍首相はすこぶる元気だ。5月上旬には中東を歴訪し、「世界一安全な原子力発電の技術を提供できる」と語り、アラブ首長国連邦(UAE)、トルコと原子力協定に合意し、トルコのシノップ原発4基の受注をほぼ決めた。そして7月の参院選の公約には安全性確認を条件としながらも、いよいよ「原発再稼働」を掲げるらしい。
 すでにトルコは2010年にロシアからの原発導入を決定していて、その政府間協定によると、ロシア側が原発の建設、運転、保守、廃炉措置、放射性廃棄物管理、損害賠償の責任を負うことになっている(「アックユ・プロジェクト」)。日本とトルコとの原子力協定の詳細は明らかにされていないが、これと同等のものではないかという未確認情報もある。つまり、放射性廃棄物は日本に持ってくることになるのだろうし、事故が起きたら日本がその対応の責任を負う。
 トルコは地震国であり、「トルコで自動車爆弾爆発、43人死亡」(AFP=時事、2013年5月12日付)というニュースも飛び込んできた。安倍政権にはそういう国に原発を輸出することの覚悟があるのだろうか。

 このトルコとの原子力協定の詳細は気になるところだが、安倍首相のいう「世界一安全な原子力発電の技術……」とはどういうことであろうか。素人なりに考え込んでしまった。福島第一原発の事故直後の対応を思い起こすと、日本にそれほどのものがあるのだろうかと首を傾げてしまう。
 それでもぼくなりに探ってみて辿りついたのが、(株)日本製鋼所の室蘭製作所という事業所だった。第二次世界大戦中に戦艦武蔵や大和の砲身を手掛けた会社で、現在は巨大プレス設備と日本刀の鍛錬技術を駆使した世界で唯一といわれる高い技術力で、原子炉の圧力容器部材では世界で80%のシェアを占める。工場の一角には1918年(大正7)に開設された鍛刀所があり、現在でも刀匠による日本刀製作も行っている。この説明を始めると経済ジャーナリストのリポートの全文を引き写すことになってしまうので遠慮するが、興味のある方は調べていただきたい。だれでもが感嘆してしまうほどの素晴らしい技術のようだ。残念なことに、今後世界で180基の原発新設計画があることを見込んで設備の拡大中に福島第一原発の事故が起き仕事は激減、この5月から従業員が一時帰休に入ってしまったという。
 必ずしも優秀な技術イコール安全ということではないが、安倍首相の脳裏にはこういったいくつかの企業があったことは間違いないだろう。しかしながら、もう原発関連の仕事を中心に据えての経営は尻すぼみになることは間違いなく、こういった優れた企業には早く原発からの撤退を図ってもらいたい。日本製鋼所は火力発電や風力発電関連の技術も持ち合わせているようだし、新たな道を探ってほしいと思う。いずれ原発は停めざるを得ない。

 多摩大学大学院教授で田坂広志氏という人物がいる。「ウィキペディア」には「工学博士(原子工学)、シンクタンク・ソフィアバンク代表、社会起業家フォーラム代表」とあるが、ぼくは詳しいことは分からない。福島第一原発の爆発事故から間もなく菅直人首相から請われ、2011年3月29日から9月2日まで内閣官房参与として官邸で事故対策に取り組んでいる。内閣参与を辞任して1カ月ほど過ぎて行われた講演をたまたまYou Tubeで聞いてこの人物を知った。
 田坂広志氏は1951年生まれ。原子工学を修めたのち、民間企業やアメリカの国立研究所で放射性廃棄物最終処分プロジェクトにたずさわってきた専門家で、20年間まさに原子力ムラのなかで仕事をしてきている。その後の20年間は別の世界の仕事をしていて今回の原発事故が起こり、再び原子力の世界に引き戻されてしまったようだ。
 さらに別の記者会見を見て知ったのだが、彼は原子力ムラから離れたいつの時期かかなり重度の病気に罹っている。病名を明かしていないが、放射線が原因と察せられる病気のようだ。仕事中の被曝量を放射線業務従事者の許容範囲に生真面目なくらいに抑えてきての発病で、ずいぶん大きなショックを受けたと語っている。
 菅政権から野田政権に替わり年が明けた2012年春、大飯原発再稼働の話が出始めたころ、田坂氏の「再稼働しても、原発は必ず止まる」(『Voice』PHP研究所、2012年5月号)というインタビュー記事を読んだ。
 彼が言わんとするところはまさにタイトルどおり、いくら原発を再稼働してみたところで、いずれ停止せざるを得ないというものだ。田坂氏はぼくのような素人ではない。原子力の世界にどっぷりと浸ってきた人物であり、官邸内で、つまり向こう側で事故対策にあたってきた人物の発言である。
 いずれ原発を停止せざるを得ない理由として、田坂氏は原発を稼働させることによって出てくる使用済み核燃料の保管場所がないことをあげる。2010年時点で日本の原発に併設されている使用済み核燃料プールの平均満杯率は70〜80%で、六ヶ所村の保管施設を含めて軒並み満杯に近づいていると指摘する。しかもいまだに六ヶ所村の再処理工場が試運転状態では、使用済み核燃料の持っていき場がなくなってしまうのだ。
 多くの国では使用済み核燃料をそのまま廃棄(直接処分)しているが、その場合、使用済み核燃料=高レベル放射性廃棄物として最終処分される。フィンランドの最終処分施設オンカロで行っているのも、使用済み核燃料を廃棄物として地下400メートルに埋設するやり方である。
 しかし日本が目指す核燃料サイクルでは、使用済み核燃料を再処理してプルトニウムを取り出し、それを高速増殖炉でまた燃料として使う計画である。その際に出る高レベル放射性廃棄物が最終処分されることになるが、その処分場もまだ決まっていない。
 事態は切迫しているのだが、核燃料サイクルの中核となる再処理工場や高速増殖炉もトラブル続きで稼働しておらず、「もんじゅ運転禁止」というニュースも流れてきた(『東京新聞』(2013年5月15日)。もし完全撤退となれば、溜め込んできた大量の使用済み核燃料と約45トンものプルトニウムはいきなり高レベル放射性廃棄物として処分する必要に迫られることになる。さらに今回の事故でメルトダウンを起こした3基の原子炉自身がきわめて厄介な高レベル放射性廃棄物になってしまっている。まるで日本じゅうに核のゴミが溢れかえっているようである。
 事故前であれば国内でも最終処分地をさがすことは不可能ではなかったのだが、事故を経験したいまとなっては最終処分場を引き受ける地域は皆無となってしまった。田坂氏は言う。
 「この高レベル放射性廃棄物の最終処分の問題は、原発推進の立場であろうと、脱原発の立場であろうと、必ず解決しなければならない問題ということです」
 原発を稼働させようが停止させようが、核廃棄物は処理しなければならない。しかし原発を稼働させれば、核廃棄物がどんどん増え続けるのである。

 ところで、原発推進を唱える人は放射性廃棄物の処分の問題にはあまり触れないようにも思える。石原慎太郎氏もこの件について語ったのを聞いた記憶がないのだが、調べてみるとそうでもなかった。かつて「ロケットで宇宙に捨てればいい」と言っているようだ(広瀬隆氏ブログ)。そういえば吉本隆明氏も『「反核」異論』(深夜叢書社、1983年)で語彙は異なるが同様のことを書いていたはずだが、100%事故は起きないという確信でもあるのだろうか。1986年のスペースシャトルチャレンジャーのような爆発事故も起こり得るのだから、まったく説得力のない話でしかない。
 吉本隆明氏といえば、『週刊新潮』(2012年1月5・12日合併号)掲載のインタビュー「『反原発』で猿になる!」のなかで「自動車だって事故で亡くなる人が大勢いますが、だからといって車を無くしてしまえという話にはならないでしょう。ある技術があって、その為に損害が出たからといって廃止するのは、人類が進歩することによって文明を築いてきたという近代の考え方を否定するものです」などと述べている。16万人もの福島県の人々が故郷を追われ(『東京新聞』社説、2013年4月27日付)、土や水が放射能にまみれ、多くの人が生業を捨て、遺伝子にまで影響をおよぼしかねない原発事故と自動車事故では、比較にならないとは思わないのであろうか。
 関連するが、元東芝の原子炉格納容器の設計技術者後藤政志氏は次のように語っている。
 「技術というのは失敗を体験し、それを乗り越えて発展していくのが大原則なんです。原子力の一番の問題点は、失敗が許されない技術だということに尽きます。(中略)それが私の結論です。原子力は技術とさえいえない。なぜなら失敗が許されない技術は将来も発展できません。改善し、発展することが不可能だからです」(『通販生活』2012年春号)
 つまり、車も飛行機もいまのような完成されたものになるまでには、何度も事故を起こし多くの人が犠牲になったうえで改良が加えられてきている。原発の場合は事故の影響が桁違いに大きすぎるために事故自体が許されず、技術を磨き上げていく道が閉ざされてしまっているのである。
 後藤氏は以前より原発の安全性についての疑問を公表していたが、福島第一原発の事故を契機にそれまでのペンネームを実名に替え、顔を露出しての活動に転じた人物である。

 ちょっとそれてしまったが、原発はこの放射性廃棄物処理の問題一点をもってしてもすでに破綻しているのではないか。そして、もはや原発はそれほど必要なものではないのではないのか。
 関西電力は、2012年4月24日の大阪府市エネルギー戦略会議の席上、原発再稼働に関して電力需給の問題とは関係がないことを明らかにしているし、この冬も大飯原発2基の稼働のみで充分に余裕があった。これは実質、大飯原発が停止しても電力需給に影響がないことを示している。
 安倍首相は6月に東欧へ原発輸出交渉にでかけるなどと報じられているが、もうこれ以上地球に核のゴミをばらまくようなことはやめ、原発を停止させて核のゴミ処理の問題に正面から取り組んでみてはいかがなものだろうか。
 ここは田坂氏の言葉を信じよう。「再稼働しても、原発は必ず止まる」。そして原発はすべて国の管理とし、電力周波数の統一・発送伝分離など電力供給のしくみを改め、電力会社をすべて完全民営化して再出発させてもらいたい。憲法改正などよりもこちらのほうがずっとやりがいのある仕事と思われるのだが、安倍首相よ、それでも君は原発を続けるか?

 ところで、話はそれほど簡単ではない。2012年9月、民主党野田政権が発表した「2030年代に原発ゼロを目指す」という政策をめぐって行われた日米協議で、アメリカ側からの強い圧力により閣議決定を見送ったことがあった(『東京新聞』2012年10月20日付)。アメリカは再稼働をうながすのみだ。核廃棄物を引き受けてくれるわけではない。
 アメリカが大きなネックになっているのは間違いないだろう。しかし、あの2011年の震災・事故後の混乱のなかであれば、脱原発、電力会社解体へ向けて、アメリカに口を挟む隙を与えずに一気に転換が可能だったように思える。惜しいことだが、最大のチャンスを逃した。菅首相はメルケル首相にはなれなかった。いつまでも原発にしがみついていては日本は行きづまる。 (2013/05)



<2013.5.28>

10.JPG/工藤7回用c.JPG日比谷野外音楽堂(2012/10)/写真・工藤茂

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工藤 茂(くどう・しげる)

1952年秋田県生まれ。
フリーランス編集者。
15歳より50歳ごろまで、山登りに親しむ。ときおりインターネットサイト「三好まき子の山の文庫」に執筆しているが、このところサボり気味。

工藤茂さんの
<ある日の「山日記」から>が読めます。LinkIcon

09.JPG/工藤7回用b.JPG日比谷野外音楽堂(2012/10)/写真・工藤茂

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■6.2つながろうフクシマ!さようなら原発集会
http://sayonara-nukes.org/
日時:2013年6月2日(日)12:30-14:00
場所:芝公園23号地
交通:地下鉄「御成門」「芝公園」「赤羽橋」2分、「大門」5分、JR「浜松町」12分
発言:大江健三郎さん、落合恵子さん、鎌田慧さん、澤地久枝さん
パレード:14:15
デモ終了後、首都圏反原発連合主催の「反原発☆国会大包囲」に合流