いま、思うこと11 of 島燈社(TOTOSHA)

工藤11回.JPG

いま、思うこと〜提言・直言・雑感〜

第11回/工藤茂
福島第一原発、高濃度汚染水流出をめぐって

 7月22日、参議院選挙投票日の翌日だった。東京電力は福島第一原発敷地内の高濃度汚染水が海に流出していることを認めた。唐突な発表だった。その後の報道では「じつは2日前には分かっていた」、さらに「4日前には分かっていた」とも流れた。そして、7月22日以降も日を追って新たな漏洩が際限がなく発表され、まさに現場はダダ漏れ状態のようだ。
 原発事故から1カ月後の2011年4月、2号機取水口付近などで高濃度汚染水が海に流れ出る事故があったが、今年の6月19日には、1、2号機タービン建屋東側の地下水から高濃度のストロンチウムとトリチウムを検出したことを公表している。おそらく、この2年間ずっと漏れ続けていたのではなかろうか。

 毎日数人の方のツイッターに目を通しているが、そのなかのひとり、仙台赤十字病院の呼吸器科医岡山博氏は、2011年3月30日、超高レベル汚染水はセメントで固体化して管理すべきで、液体でのタンク貯蔵は長大配管や継手で必ず漏洩が起きることを、森ゆうこ前参議院議員を通じて当時の菅首相に忠告していたという。さらにこの経緯については、現在文章にまとめているという(岡山博氏ツイッター)。
 2年前にタンクの設置作業にかかわった下請け作業員のひとりが、共同通信の取材に応じている。増え続ける汚染水対策のため、次から次へとタンクをつくらなければならなかった。品質管理よりつくることが優先で、「漏れるのではないか」といった心配はあったが、3日に1基のペースで設置し続けたと答えている(9月1日付『東京新聞』web版)。
 『週刊朝日』9月6日号には、「汚染水には、地震、津波の影響でがれきもまじっており、タンクの傷みが予想より激しい。耐用年数はかなり短くなるだろうな」と危惧していたという吉田元所長のコメントとともに、フクイチ幹部の次のような発言が紹介されている。
 「当初、本店は東芝製のALPSを使えば、汚染水の放射性物質を除去して海に放出できるので、『タンクは必要なくなる』と豪語していた。それがALPSの故障でタンク増設を余儀なくされ、交換できる状況ではなくなってしまった。(中略)タンクやホースを交換する作業をするとなれば、作業員の被曝線量がかなり高くなり、被曝事故の心配もある。吉田さんも『1年ほどでホースはすべて交換したいが、高い線量でそれができるのか』と心配していました」
 タンクから汚染水が漏れ続け、高線量のため作業員も近づけず、タンクもホースも交換ができないとなると、いったいこれからどうなるというのだろうか。

 TBS-TV「報道特集」(8月31日放映)では、2年前に、原子炉建屋を囲む遮水壁計画が幻に終わっていた事実が明らかにされた。計画をすすめていた民主党の馬淵首相補佐官と当時の吉田所長が遮水壁の位置まで確認していたが、記者発表直前に東京電力幹部の反対で頓挫し、馬淵首相補佐官は更迭されたという。
 そして9月3日付『東京新聞』の記事は「報道特集」の内容と関連すると思われる。福島県民らでつくる福島原発告訴団は、2011年6月に東京電力から政府に宛てた文書を入手したが、そこには、東京電力が汚染水対策として原発地下の四方に遮水壁をつくるのが「最も有力」としていながら、1千億円規模の費用や着工時期を公表しない方針が記されていたという。結局、遮水壁は海側にしかつくられず、汚染水は流出することになった。
 このように見てみると、汚染水漏洩の問題は東京電力幹部も政府もすべて承知のうえで放置してきたことがよく分かる。しつこくいうが、高濃度汚染水はいまになって漏れ始めたのではなく、事故直後からずっと漏れ続けていたのではないだろうか。

 水を用いての冷却はもう限界だという声もある。京都大学原子炉実験所の小出裕章氏は金属を用いての冷却を提唱しているが、それにくわえて福島第一原発一帯のたっぷりと水を吸って緩んだ地盤が危険だとしている。これだけ地面が水を吸ってしまうと、さほど大きな地震でなくとも壊れかかった原発に大きな被害がおよびかねないというのだ。とりあえず9月4日の震度4の地震では問題はなかったようだが、このところ頻発する竜巻も気になるところだ。

 安倍首相は汚染水漏洩の問題から必死に逃げているようにしか見えなかったが、原子力規制委員会がIAEAに打診したうえで「レベル3」に引き上げたことを受けて、いよいよなにか言わざるを得ない情況に追い込まれてしまった。外遊先のカタールでの記者会見で、「政府を挙げて全力で取り組んでいく。政府が責任を持って対応し、国内外にしっかりと発信していく」と述べた(8月29日付『朝日新聞』web版)。
 一貫して国策でおこなってきた原発事業である。事故直後から金子勝慶応大学教授らが言っていたように、東京電力などさっさと解体して即座に国が収束作業にあたるべきはずのものだった。民主党政権当時より政府は一貫して逃げてきた。なにをいまさらと訝しく思うし、「税金を使うなどとんでもない」という意見にも与しない。
 8月30日付『産経新聞』web版に面白い記事があった。いや、被災地の方々を思えば面白いなどと言ってはいけないところだった。
 「東京電力福島第一原発の汚染水問題で、政府が抜本的な解決策の概要を来週中に公表することが29日、分かった。汚染水問題は国際社会でも懸念が高まっており、政府が東京への招致を目指す2020年夏季五輪の開催地が9月7日の国際オリンピック委員会総会(アルゼンチン)で決まるのを前に対策を打ち出し、不安を払拭したい考えだ」
 ようするに、海外で汚染水問題が大きく報道されていることを受けてのことなのだが、このまま放置していたのでは、オリンピックの東京招致に影響が出そうなために、政府が前面に出て対策に乗り出すぞということである。優先するのはあくまでもオリンピック招致であって福島ではないという、安倍首相の本音を開けっぴろげにしてしまった記事で、「面白い」と思ったのが正直なところである。どうかお許しください。
 ところが同じ30日の深夜、『朝日新聞』web版には「汚染水漏れ、国会チェック機能果たさず 審議先送り」とあって、記事に目を通してこれにも驚く。
 衆議院経済産業委員会において汚染水に関する閉会中審査が検討されていたが、五輪開催地決定直前に審議に入ると、審議を通じて事故の深刻さや政府の対応の遅れがさらに強調されて世界に報道されてしまい、東京招致に悪影響をおよぼすという懸念がひろがったため、審議は先送りにし、9月7日までに発表する政府の対策を見極めるというのである。
 これは明らかになにかを隠していると思わせる報道で、これが世界を回ったら「こりゃ相当ヤバそうだぞ」という印象がひろがるだけで、かえって逆効果としか思えないのだが。
 2020年東京オリンピック招致委員会がブエノスアイレスで開いた記者会見では、外国メディアから汚染水漏れに対する質問が集中し、説明が不充分との不満が相次いだという(9月5日付『東京新聞』)。続いて開かれた2回目の会見で、竹田恒和理事長が「東京は水、食物、空気についても非常に安全なレベル」「福島とは250キロ離れている」と述べた。これに対し東京へ避難している福島県の方からは「『東京は安全』と強調するのは『福島の現状はひどい』と認めるということ」という反発が起きている(9月7日付『東京新聞』)。さらにNHKのニュース番組での法政大学教授山本浩氏(元NHK解説委員)の「福島県民が東京オリンピック招致を呼びかけるくらいのことをしてほしい」という発言にもツイッターで反発がひろがった。
 安倍首相は、2020年までには汚染水の問題は解決していると強気の姿勢で押し通した成果があってか、東京オリンピック開催決定のニュースが飛び込んできた。安倍首相の話は根拠の希薄なものとしか思えないのだが、そんなことはさほど問われることもないだろう。TV、新聞はもちろん、街はオリンピック一色に染められる。そうして、福島をはじめとする震災被災地は忘れ去られてゆくのだろうか。

 8月27日付『日刊ゲンダイ』には、「汚染水流出 太平洋の魚は食べるな!」という記事があった。
 カツオ、マグロなどの太平洋産の回遊魚は避けたほうがよいし、カツオ節も不安。太平洋の魚を安心して食べられる日は10世代先までない。ヒラメやカレイなどの底魚にかぎらず、汚染水流出でコウナゴなど浅い海の魚も要注意。ストロンチウムを考慮すると干物やイワシなど小魚のカラ揚げ、マグロの中おちなども心配といった内容で、もう魚は食うなと言っているも同様である。こういう記事をどう受け止めるか、それぞれが判断し行動するしかない。
 評論家の兵頭正俊氏は神戸在住でぼくよりも年長、放射能にはさほど敏感にならずとも済むお方と思われるが、「3.11以降、わたしもほんとうに魚介類を食べなくなった。これまで数回も箸を付けただろうか。わたしの食生活では、現在、中国産のひじきが唯一の海産物になっている」などと自身のブログに記している。
 東京圏に住んでいると目刺しは九十九里産と決まっているが、カミさんはなかなか買ってこなくなった。大好きなカツオの刺身もめったに口に入らず、カツオ三昧に暮らしていたころが懐かしい。以前に比べると食べる量はだいぶ減ったことは確かだが、それでも兵頭氏ほどでもなく、ほどほどに食しているのである。

 先日、ドイツのメルケル首相の高笑いが響いた。いや「高笑い」は言い過ぎた。もうちょっと謙虚だろう。9月1日、テレビの討論番組に出演したメルケル首相は、「最近の福島についての議論を見て、(ドイツの)脱原発の決定は正しかったと改めて確信している」と述べている(9月2日付『朝日新聞』web版)。さらにシリアへの軍事攻撃にも参加しないと毅然と答えていて小気味よい。それにしてもメルケル首相は、福島第一原発事故以降、個人的にはずいぶん好印象の人になってしまった。
 今回の高濃度汚染水をめぐる一連の報道を見ていて唯一救われるのは、とりあえず新聞、TVが報道してくれたことである。もう過去のこと、終わったこととして忘れ去られることがもっとも恐ろしい。すでに終わったこととして済ませたい勢力は厳然として存在するのであり、東京オリンピック開催決定をうけて反撃に出てくることだろう。これからもその分厚く巨大な壁と対峙していかなければならない。
 先日、日比谷公会堂では「9.1さよなら原発講演会」が開催された。会場はあふれるほどの人々の熱気に包まれ、空席を捜すのが大変なほどだったが、それでも集まったのはわずか2,050人でしかなかった。話の中身にはこれまで以上に濃いものが多かったのだが。 (2013/09)


<2013.9.11>

2013.9.1日比谷2.JPG2013/09/01 日比谷公会堂にて

第31回/工藤茂
生涯一裁判官LinkIcon

第32回/工藤茂
IAEA最終報告書LinkIcon

第33回/工藤茂
安倍政権と言論の自由LinkIcon

第34回/工藤茂
戦後70年全国調査に思うLinkIcon

第35回/工藤茂
世界は見ている──日本の歩む道LinkIcon

第36回/工藤茂
自己決定権? 先住民族?LinkIcon

第37回/工藤茂
イヤな動きLinkIcon

第38回/工藤茂
外務省沖縄出張事務所と沖縄大使LinkIcon

第39回/工藤茂
原発の行方LinkIcon

第40回/工藤茂
戦争反対のひとLinkIcon

第41回/工藤茂
寺離れLinkIcon

第42回/工藤茂
もうひとつの「日本死ね!」LinkIcon

第43回/工藤茂
表現の自由、国連特別報告者の公式訪問LinkIcon

第1回〜30回はこちらをご覧くださいLinkIcon

工藤 茂(くどう・しげる)

1952年秋田県生まれ。
フリーランス編集者。
15歳より50歳ごろまで、山登りに親しむ。ときおりインターネットサイト「三好まき子の山の文庫」に執筆しているが、このところサボり気味。

工藤茂さんの
<ある日の「山日記」から>が読めます。LinkIcon

13.9.1反原発日比谷集会.pdf

■9.1さようなら原発講演会&
9.14さようなら原発大集会
http://sayonara-nukes.org/2013/06/koudouyotei2013_9/