いま、思うこと〜提言・直言・雑感〜 工藤茂

第122回:戦争の時代へ

 安倍晋三元首相は、自民党山口県連主催の集会で語った。
 「2023年度の防衛費は6兆円程度確保するべきである。敵基地攻撃能力は保有すべきで、対象を基地に限定する必要はない。向こうの中枢を攻撃することも含むべきだ」
 2022年4月のことだった。22年度の防衛費は補正予算を合わせて5.4兆円だったが、23年度は当初予算で6兆円程度にすべきという提言である。
 このとき、辺見庸氏は自身のブログに次のように記した。
 「戦争の時代にはアホどもがおもいきり飛び跳ねる。大衆は狂う。〈幸せ〉になる。〈戦争は伝染する〉と言ったのは誰だったか」(2022年4月15日付、辺見氏ブログ)
 いま安倍氏はいないが、岸田文雄首相は同氏の言葉を金科玉条のごとく受け止め、「敵基地攻撃能力」を「反撃能力」と言い換えながらも路線を明確にして突っ走っている。

 11月22日、国力としての防衛力を総合的に考える有識者会議(座長・佐々江賢一郎元駐米大使)は岸田首相に対し、敵基地攻撃能力(反撃能力)の保有や安定財源確保のための増税などを求める報告書を提出した。会議のメンバーは元駐米大使のほか、元防衛事務次官、金融関係、報道機関の元・現役幹部ら10人。
 報告書は、周辺国の軍備増強を踏まえ、日本の抑止力を向上させるには反撃能力の保有と増強が不可欠、増額が見込まれる防衛費に関しては幅広い税目による負担が必要とする内容だった(『東京新聞』同年11月22日付)。反対意見はなかったというから、政府の意向に添った人選であろうし、憲法学者も含まれていないという。政府はこの報告書に基づいて、敵基地攻撃能力の保有を盛り込んだ「国家安全保障戦略」などの「安保関連3文書」を閣議決定する。
 岸田首相はその方針に沿った防衛費の規模について、2027年度までの5年間で43兆円とするよう関係閣僚に指示した。現行の1.5倍、単年度で10兆円あまりになる。安倍氏の提言にも充分に応える大幅な増額となる大転換であり、金額では米中に次ぐ世界第3位の軍事大国となる。
 巡航ミサイル「トマホーク」500発に長射程ミサイル1500発を整備し、南西諸島の迎撃部隊を3倍に増強するともいうが、具体的な装備品を査定してのものではない。いずれにしろ、我が国はこれまで保有してこなかった相手国を攻撃するための武器を整備する計画だが、これは同時に周辺国の緊張や軍拡競争を煽ることにも繋がる。政府はその覚悟はできているのであろうか。
 公明党など与党内での合意のみで、国会での審議も充分とはいえないまま、年明けにはバイデン大統領に報告に出かけるつもりのようだ。岸田首相は、比較的リベラルといわれる宏池会会長でもあるのだが、もはや自民党リベラル派の呼称は使えないだろう。

 これまで政府は、憲法9条のもとでの専守防衛を踏まえ、相手国からの攻撃を受けても撃退にとどめ、相手国への攻撃は想定していなかった。それを中国や北朝鮮の軍備拡大に対抗しての大きな路線転換に踏み出す。
 元内閣官房副長官補柳沢協二氏は、専守防衛とは日本は国土防衛に徹し、相手の本土に被害を与えるような脅威にならないことを伝え、日本を攻撃する口実を与えない防衛戦略であり、いくら反撃とはいえ敵基地攻撃能力をもてば「専守防衛」は崩れて有名無実化すると指摘する(『日刊ゲンダイDIGITAL』同年12月1日付)。
 これに関し政府は、反撃能力は「万やむを得ない必要最小限度の自衛措置」で、その対象は、攻撃を軍事目標に限定している国際法を順守しつつ、「個別具体的な状況に照らして判断する」としている。加えて反撃能力の行使は憲法と国際法の範囲内、専守防衛を堅持し、先制攻撃は許されないとの考えに一切変更はない(『読売新聞』web版、同年12月2日付)としているが、その具体的な説明は充分とはいえない。
 
 ところで憲法9条はどこへ行ってしまったのか。
 2015年に制定された安保関連法(平和安全法制)により、憲法9条のもとでは不可能とされていた集団的自衛権の行使は正当化されてしまった。つまり憲法9条など、すでに事実上否定されたも同然なのである。さらに敵基地攻撃能力の保有を加え、専守防衛を完全に覆すことになる。そしていよいよ、昨年の衆院選での公約でもあった憲法改正に移る。
 2015年の安保関連法の際、当時の安倍政権といえども憲法9条を守ろうという国民世論には勝てず、妥協して矛を収めていた。集団的自衛権の行使は限定的な場合に限られ、国会承認も必要とされたため、使い勝手の悪いものになっていたのである。政府は、そういう制限を取り払うためにも9条の明文改憲を目指す。
 共同通信社による最新の世論調査(11月26、27日実施)では、敵基地攻撃能力をもつことに60.8%が賛成、反対は35.0%。防衛費増額の財源としてふさわしいものに「防衛費以外の予算の削減」が35.4%、「防衛費増額の必要なし」が24.9%、「法人税などの増税」22.4%、「国債の発行」13.2%だ。
 岸田政権の支持率は大きく下落傾向にもかかわらず、テレビ報道のおかげか多くの国民は防衛政策には理解を示し、支持している。首相もさぞかしホッとしたことであろうが、これは辺見氏が言うように大衆が狂っているのかもしれない。
 こうして日本は歪められ、堂々と戦争ができる国となっていくのだが、その背景にはアメリカの影もちらつく。巨大化した中国を相手に、アメリカ一国ではすでに対抗できない。日本の軍事力が必要なのだ。かつて連合国軍最高司令官マッカーサーは、自ら掲げた日本の軍備撤廃という理想をかなぐり捨て、「警察予備隊」という名の軍隊を創設した(袖井林二郎『マッカーサーの二千日』中公文庫、1976年)。いまだ日本の再軍備は途上にある。
  
 外交評論家の天木直人氏が、メルマガで興味深い指摘をしていた。
 11月26日に行われた台湾の統一地方選挙で、多くの有権者は野党の国民党を選んだ。蔡英文総統の対中政策を支持していないのだ。中国をいたずらに刺激しない限り、中国は現状維持を変えようとはしないというのが、多くの台湾人の捉え方だ。中国との良好な関係は台湾企業にとって必要なものだし、アメリカとの関係も重要だが、アメリカとの関係を損なってまで中国に接近するつもりはない。中国の核心的利益をおかすことなく、アメリカとの友好関係も維持したい。
 この現実的なバランス外交は、日本が戦後一貫して行ってきたことだ。アメリカと一体となって中国と戦うのではない。アメリカと中国の間にあって、このバランス外交を行うべきである。台湾統一地方選挙が教えてくれた二大覇権国家との付き合い方を、これ以上ない教訓として学ぶべきだという(同年11月30日付、天木氏メルマガ)。
 アメリカなのか自民党右派なのか、どちらの顔色をうかがっているのかわからないが、実際には使えるとも思えない敵基地攻撃能力のために額に汗している岸田首相を見ていると、同じ汗ならバランス外交にかくべしと得心した。もはや、以前のようなアメリカ一強支配の時代ではない。
 前述の柳沢氏も指摘するように、日本はエネルギーも食料も自給できないうえに海岸線は原発だらけ。物理的に戦争はできない国なのだ。「戦争を防ぐ新たな国際ルール作りに向け、もっと外交で汗をかかなければいけない」とも同氏は述べている。
 どうせ大金を使うなら、松野博一官房長官が「危機状況」と訴える少子化対策や学校給食、高校・大学の授業料無償化、研究費など、もっと使うべきところがあるだろうに。このままでは、軍事基地と原発だらけの日本列島になってしまいそうである。 (2022/12)


<2022.12.9> 

F-35A戦闘機(航空自衛隊HPより)

いずも型護衛艦(海上自衛隊HPより)

いま、思うこと

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工藤茂(くどう・しげる)

1952年秋田県生まれ。
フリーランス編集者。
15歳より50歳ごろまで、山登りに親しむ。ときおりインターネットサイト「三好まき子の山の文庫」に執筆しているが、このところサボり気味。

工藤茂さんの<ある日の「山日記」から>が読めます。LinkIcon