いま、思うこと〜提言・直言・雑感〜 工藤茂

第77回:豊洲市場、その後

 前々回になるが、豊洲市場に関する進行中の裁判について取り上げた。この3月5日、審議をすすめていた最高裁判所の判断が出たようだ。新聞もテレビもまったく報道しないので、今回も福岡のデータマックス社が運営する「Net IB News」を参考にまとめてみる。
 軽くおさらいしておくが、この裁判は2018年6月、5人の築地仲卸業者らが東京都を相手取り、豊洲市場水産仲卸売場棟の耐震偽装・建築基準法令違反の是正を求めて提訴、7月にこの建物の仮の使用禁止を要請する申立を行った。原告団によれば、水産仲卸売場棟は1階柱脚部分の鉄量が必要量の56%しかないことや、構造計算に耐震偽装があることなど、重大な建築基準法令違反が疑われるという。
 10〜11月にかけて東京地裁は申立を却下、東京高裁は抗告棄却。そこで申立人は東京高裁へ、最高裁宛の「特別抗告」と高裁宛の「抗告許可申立」を提出したところ「抗告許可申立」が認められ、最高裁の判断を仰ぐことになった。これは、極めて稀なケースだった。
 そして年が明けて3月5日、最高裁はものの見事に「抗告を棄却する」と決定した。今回の動きにはかすかな良心を期待してみたのだが、やはり無理だった。申立人の弁護士によれば、最高裁は、地裁、高裁の判断を是認できるとしたものの、なぜ是認できるのか、申立人の主張を認めない理由についての説明はなかったという。
 この裁判で原告の技術支援をしている仲盛昭二氏(構造設計一級建築士)は、「最高裁も地裁や高裁と同様、行政への忖度があったとしか考えられません」と述べている。つまり、いま豊洲市場が使用禁止となれば、都民の生活や販売業者や飲食店などに与える影響は深刻なものになる。東京都がそのような混乱を避けたいのは当然で、裁判所が東京都に忖度したということである。
 しかし、疑われているのは市場の建物の強度や耐震偽装である。もしもの話だが、東京湾岸が地震で揺れた場合、他の建築物は大丈夫でも、豊洲市場、とくに水産仲卸売場棟はあっけなく倒壊してしまう可能性がある。市場で働いている方のツイッターにはこんなものもあった。
 「みんな4Fのトイレの便座に座ってみたらいい。尋常じゃなく揺れるから。いつか崩れるのではと不安になるよ」
 仲盛氏は「豊洲市場問題プロジェクトチーム」の委員でもある日本建築構造技術者協会(JSCA)の森高英夫会長にも訴え、資料を要請してきた都議会議員にも必要なものは送っているが、まったく取り上げられた様子はないという。同氏は最後に次のように訴えている。
 「東京地裁も東京高裁も最高裁も、具体的な審理に踏み込まず、訴えを却下することを念頭に置いているように思えます。それが行政を守る道なのでしょう。しかし、日本国憲法は三権分立を謳っています。司法自らが、憲法を否定するようであれば、司法が社会秩序を乱しているという恐ろしい状況になります。司法には、行政に忖度することなく、公明正大な判断を示していただきたいと思います」
 もはや東京都や裁判所には、建築物の安全性や人命を優先させる考え方はないということだが、いったいどうなるのであろうか。3.11関連の原発事故も、以前から津波対策が指摘されていたにもかかわらず、「問題ない」と退けてきた結果だった。
 
 3月12日夜、ネット上に豊洲市場関連の驚くような報道が流れた。『毎日新聞』電子版が報じたようだ。この欄のNo.73「築地へ帰ろう!」で、「場内の机や帳簿に降り積もる黒いチリ」として指摘していたのだが、そのチリの正体が判明したという。『日刊ゲンダイ』は13日付で大きく扱ったが、地元紙ともいうべき『東京新聞』の鈍さには驚いた。いずれ「特報面」で大きく扱う予定かもしれないが、15日付でほんの小さく取り上げたのみである。
 この件は、昨年の『日刊ゲンダイ』(12月5日付)で報じられているが、ネット上ではもっと前からツイッターなどで話題になっていた。その『日刊ゲンダイ』には、建物の床に真っ黒な粉状のチリが降り積もっていて、水に濡れると泥のようになり、触ると真っ黒な粉がベッタリと付着する。建物内の空気がよどみ、業者から「市場に入ると咳が止まらなくなる」「喉が痛い」「喘息のような発作が出て、夜も眠れない」などの健康被害が続出と記されている。当時、この黒いチリについて都に問い合わせても、返答はなかったという。
 今回の『日刊ゲンダイ』(2019年3月13日付)の報道によると、そのチリ(以下、黒い粉塵)の正体は、共産党都議団が専門家に分析を依頼して判明したもので、12日の都議会予算特別委員会でも取り上げられた。
 黒い粉塵の分析を担当したのは、東京農工大の渡邉泉教授(環境資源学)で、昨年12月、水産仲卸売場棟4階の駐車場脇で採取したものを分析。黒い粉塵の正体は、ターレやコンクリートの成分で、タイヤや路面が磨り減ったもののようだ。アンチモンの濃度が自然界の170倍、亜鉛96倍、プラチナ43倍、カドミウムは12倍になるという。とくにアンチモンの毒性は強く、継続して吸い込むと肺炎、気管支炎、生殖障害などを引き起こし、カドミウムは骨がもろくなって激痛が走るという。
 渡辺教授は「自然界ではあり得ません。あまりに異常なデータだったため、分析した学生が実験ミスではないかと疑ったほどでした」と語る。また築地市場は開放型で絶えず水で洗い流していたが、閉鎖型の豊洲市場では水の使用にも制約があって粉塵が滞留し、危険な作業環境だ。今回は1箇所の調査だったが、大気中も含めた複数箇所を分析調査して、全容をつかむ必要があるとも述べている。
 このような報道に対して、都側は粉塵量の測定結果を初めて公表した。昨年10月と今年1月の2回にわたって市場内19箇所で、空気中に含まれる粉塵量を測定した結果、すべて法律で定められた基準値を下回っていて「市場内の環境は良好に保たれている」という(「NHK NEWS WEB」同年3月14日付)。
 有害物質について触れていないところをみると、空気中の粉塵量を調べたのみで有害物質の分析調査は行っていない。あたかも粉塵量が基準以下だから有害物質があっても問題ないとでも言わんばかりである。より詳細な分析調査や健康被害調査を要求しているのだがそれには応えず、床や天井の清掃回数を増やしていると述べるのみだ。
 築地市場では毎日何回も大量の水を流して床を洗ってきたことによって、粉塵被害を防ぐことができたのだが、それに対応できる排水設備もあった。これに対して、閉鎖型でドライフロアの豊洲市場では大量の水を流すことは想定されておらず、マンションのベランダ並みの排水設備しかないのである。
 これから梅雨、真夏をひかえてどういう状況になるのかと思うと空恐ろしくなる。そこで働くひとたちの健康、そして扱うものも食品だけに深刻な問題なのだが、都は「問題ない」で済まそうとしているようだ。 (2019/03)

     
<2019.3.20> 

豊洲市場遠望(2016/09)

豊洲市場正門(2018/11)

いま、思うこと

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工藤茂(くどう・しげる)

1952年秋田県生まれ。
フリーランス編集者。
15歳より50歳ごろまで、山登りに親しむ。ときおりインターネットサイト「三好まき子の山の文庫」に執筆しているが、このところサボり気味。

工藤茂さんの<ある日の「山日記」から>が読めます。LinkIcon