いま、思うこと〜提言・直言・雑感〜 工藤茂

第69回:防災より武器の安倍政権

 このたびの西日本豪雨は、死亡者が200人を超える大惨事となった。もし自分がこんな水害に見舞われたら、いつかは自分の身にもと、だれしも考えたのではなかろうか。
 ぼくの住まいは、隅田川の堤防まで徒歩1〜2分という集合住宅の4階である。隅田川が決壊したら2階まで水に浸かるという予測だが、そのときは部屋にこもるしかないと考えている。飲料水は少しはあるし、食糧も1週間くらいならどうにかなるだろうが、トイレだけは不安だ。近所の木造2階建ての床屋さんは、近くのビジネスビルに逃げ込むしかないと話していた。

 『日刊ゲンダイ』(2018年7月11日付)1面に「防災より武器 安倍棄民政策」と大きな見出しが躍っていた。西日本豪雨で被災した岡山県倉敷市真備町に、全地形対応車「レッド・サラマンダー」が7月7日午後から救助活動に投入されたという記事である。
 レッド・サラマンダーは2両編成で10人乗り、最高時速50キロ。キャタピラーによってぬかるみでも瓦礫の上でも、段差でも走行でき、水に浮くため速度は遅くなるものの水中走行も可能という優れものだが、全国にたった1台しかないのだという。
 価格は1億円で、民主党野田政権時の2011年度に予算がついたもので、日本列島のだいたい真ん中であることから愛知県の岡崎消防本部に配備されている。安倍政権になって2017年度補正予算で2台分の予算が計上されたばかりで入札はこれからだという。地上イージス2基(1基1.000億円)、オスプレイ17機(3,400億円)、F35ステルス戦闘機42機(5,400億円)など、青天井の防衛費にくらべればあまりにもケチではないかという記事である。
 それはそのとおりなのだが、レッド・サラマンダーのその後の情報が入ってこない。調べてみたところ、あまり活躍できなかったらしい。
 報道カメラマンの原田浩司氏のツイッターによると、7月8日に倉敷市真備町でみていたところ、「レッド・サラマンダーは浸水地域に入った途端にスタック。乗員が出てきて対応に苦労してたよ。数時間待ったが、動かないので取材は諦めた。その後も活動した話は聞こえず。運用が難しい車両かもね」ということだった。
 レッド・サラマンダーの乗員は首まで水に浸かりながら奮闘したが、まったく動かすことができなかった。すぐそばでは自衛隊や消防のボートが活躍していて、その後、レッド・サラマンダーはトレーラーに積まれて運ばれていったという。
 そういうわけで『日刊ゲンダイ』の記事にケチをつけたような形になったが、その記事は、防衛予算にくらべて防災関連予算があまりにも少ないという主張なので、大筋では同意する。
 たしかにこの記事のとおりで、野田政権時の2012年度は4兆6,000万円だった防衛関連予算は、第二次安倍政権になってうなぎ昇り。今年度には5兆円を突破し、過去最大となっている。まさに『日刊ゲンダイ』の記事のとおりなのである。平和憲法はいったいどこへ行ってしまったというのか。

 朝鮮半島ですすむ緊張緩和の動きに背を向けるように政府が導入をすすめている迎撃ミサイル地上イージスだが、レーダー1基で1,000億円、それに1発30億円超の迎撃用ミサイル「SM-3ブロック2A」も必要になるという。それを秋田市の陸上自衛隊新屋[あらや]演習場、山口県萩市陸上自衛隊むつみ演習場に合計2基配備し、2023年からの運用予定だ。これに加えてイージス艦を現在の4隻から8隻に倍増予定で、4隻で5,800億円といわれる。
 米朝関係緩和の動きにしたがえば、地上イージスなど不要という声はあちこちから聞こえてくる。「陸上イージスを見直せ」(『東京新聞』同年7月11日付)という半田滋氏の署名記事も、運用までの5年間に情勢が大きく変化する可能性があるため、地上イージスは無駄になるという主張である。
 さらに地上イージスの電磁波の問題も指摘している。記事によれば、ハワイで地上イージスを見学した小野寺五典防衛相は、アメリカ政府高官から「人体や通信への影響はまったく問題ない」との説明を受けたという。しかし報道陣が撮影したそのインタビュー動画には、電磁波の影響を疑わせるノイズが入っていたという。
 在日米軍基地や自衛隊基地からの強力な電波で自動車の電子キーが作動しないという問題もあった。イージス艦からの電磁波の影響ではないかとの質問に対して、専門家は「イージス艦のレーダーは電波が強烈すぎる。使えば、市内一帯のテレビや電子機器は故障する」(『東京新聞』同年6月30日付)と応じている。イージス・システムが発する電磁波は、電子キーに誤作動を起こさせる程度のレベルではなく、もっと強力だとの指摘である。 
 地上イージス配備計画のある2カ所のうち秋田市の陸上自衛隊新屋演習場は、意外に住宅地に近く、当然のことだが、どちらの地元も反対を表明している。

 『日刊ゲンダイ』Web版(同年7月14日付)に外交評論家の孫崎享[うける]氏による「少しも役に立たない装備 米国に貢ぐだけの日本の防衛政策」という記事があった。ある政治家の会合に出席した際の、田母神俊雄元航空幕僚長の発言を伝えている。
 田母神氏の発言を信頼できるかという不安はないではないが、少なくとも安全保障や軍事に関しては専門家であることは明らかだし、筆者の孫崎氏も外務省や防衛大学校にも籍をおいた人物である。信頼に足る発言を見極めることは可能であろうと思う。
 孫崎氏によれば、田母神氏はアメリカに依存すべきでない装備品として、無人偵察機グローバル・ホークと地上イージスをあげたという。
 グローバル・ホークは高度20キロの上空で、42時間の飛行が可能で、地上にある30センチから1メートルの物体を識別する能力をもつ。しかしながらデータ解析は費用を負担してアメリカに依頼するため、秘密度の高いデータは日本側へ送付されない可能性があるという。これは「解析は日本側で行い、必要なデータはアメリカに送付する」という条件付きでの導入を申し入れれば、アメリカも容認せざるを得ないのだが、日本の政治家はアメリカの言い分をそのまま飲んでしまうのだという。
 また、地上イージスの迎撃ミサイルは秒速340メートルを目指しているのに対し、北朝鮮の大陸間弾道ミサイルは秒速2〜3キロだという。つまり北朝鮮のミサイルの速度は迎撃ミサイルの5倍以上である。大ざっぱなところ、迎撃ミサイルが300キロ飛ぶ間に北朝鮮のミサイルは1,500キロ飛ぶことになる。東京—平壌間は1,290キロあるから、北朝鮮がミサイルを発射する前に迎撃ミサイルを発射する必要があるという代物だ。こういうものを1基1,000億円で2基導入予定という。普通の感覚であれば、そんなものはいらないということになるはずだが、日本の場合はそうとはならない。

 『産経新聞』Web版(同年6月23日付)には、飯島勲内閣官房参与のテレビ番組での発言が紹介されている。それによると、地上イージスは「トランプ米大統領に押し付けられて購入する状態だ」と述べるとともに「(米国は)どこかに武器を売らなければならない」とも語っている。「死の商人」であるアメリカとどう付き合うかである。
 安倍首相と会談するたびに防衛装備の購入を求めてきたトランプ大統領である。過去にはアメリカの理不尽な要求を断った首相もいたが、安倍首相には断るという選択肢ははじめからない。国難としての北朝鮮など、もともとつくり上げられたものにすぎない。米朝関係緩和の動きがすすめば、また新たな敵国をつくり国民を煽るのであろうか。

 ところで国は今回の豪雨による被害に対してどの程度の予算をあてるつもりなのか。
 麻生太郎財務相は、豪雨に対する財政措置として公共土木の災害対応予算700億円と予備費3,500億円の合計4,200億円で対応すると述べた(「ロイター」Web版、同年7月10日付)。ところが数日後には、水や食料、エアコンや仮設トイレの設置費用として、今年度の予備費からおよそ20億円を支出することを閣議決定した(「NHK」Web版、同年7月13日付)と報道された。さらに被災した58の自治体に対して、普通交付税350億円を繰り上げ交付するという報道もあったが、これは本来交付予定のものを2カ月繰り上げて交付するというものでしかない。いつの間にか、麻生財務相の話はどこかへ行ってしまったらしい。
 やはり大盤振る舞いの防衛予算に比べると、どうみても貧弱で、やる気のない印象は拭えない。信じられないことだが、こんな安倍政権でも支持率は上昇傾向にある。(2018/07)  
 


<2018.7.19> 

秋田市、陸上自衛隊新屋演習場(Google Earthより)

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工藤茂(くどう・しげる)

1952年秋田県生まれ。
フリーランス編集者。
15歳より50歳ごろまで、山登りに親しむ。ときおりインターネットサイト「三好まき子の山の文庫」に執筆しているが、このところサボり気味。

工藤茂さんの<ある日の「山日記」から>が読めます。LinkIcon