いま、思うこと〜提言・直言・雑感〜 工藤茂

第119回:ウクライナ戦争をめぐって 

 9月2〜4日、愛知県豊田市を流れる矢作川の河川敷、豊田大橋の下の千石公園特設ステージで「橋の下世界音楽祭」が開催された。その音楽祭に出演したジャズ・トランペッターで東京外語大学教授の伊勢崎賢治氏がツィッターで紹介していた声明文が目に止まった。ちょうどウクライナ戦争について、また書かなくてはと考えていたときでもあった。
 「橋の下」とあるから、うらぶれた薄汚い橋を思いうかべたが、美しいアーチ型の優美な橋だった。声明文の執筆者は音楽祭代表、ミュージシャンの永山愛樹氏。
 「77年前愚かな戦争終戦しました。77年後の今、疫病からの大陸での戦争、世界情勢は荒れ不安と恐怖が蔓延、戦争しないと誓ったこの国もまた少しづつ戦争に近づこうとしているように思います。正しさが溢れ出すとあらゆるところに戦争がやってきます。このコロナがよく教えてくれました。ひとつひとつよく考えて選んでいかないとえらい事になります。そうなった時、戦場に行くのは俺らの子供たちです。想像力の働かないすっとこどっこい達は武装することに躍起になってますが、戦わないことは降伏することではないし、そのもっともっと前に軍事力、抑止論よりももっと強い力や智慧、技術が日本にはあるはず。世界中から愛される国に、必要とされる国になればいいのですよ」
 一度戦争状態に入ったら、止めるのは容易じゃない。戦争になる前にどうにか食い止めなくては、という思いを新たにさせられる。この少しあとに「橋の下では橋の上での地位も冠も関係ありません。あるのは役割だけ」ともあった。

 ウクライナ戦争が始まったのは今年の2月末だった。避けられたはずの、明らかな外交の失敗である。ロシアの軍事侵攻の非は当然だが、ウクライナのゼレンスキー大統領はプーチン大統領への対応を誤ったとぼくは理解している。ゼレンスキー大統領にその自覚はみられないが、アメリカのバイデン大統領の指示どおりに動いているだけなのかも知れない。
 侵攻当時、ドイツのメルケル首相が現役だったら避けられたはずと小欄で記したが、先日亡くなったゴルバチョフ元大統領も同様だ。スターリンを理想とするプーチン大統領とは好対照の理想主義者だった。ゴルバチョフ氏が現役だったら、バイデン大統領もウクライナにちょっかいを出すこともなかっただろう。
 ロシアの侵攻から6カ月以上が過ぎたが、いまだ終わる気配も見えない。当初は「ロシアは10日ももたず撤退する」と述べた専門家もいたが、ずいぶん甘い見通しだった。
 この半年の間には停戦に向けてのいくつもの動きがあった。侵攻5日目の2月28日には、ロシア、ウクライナ間で停戦協議がもたれているが、ロシア側によるとみられる住民虐殺の発覚が協議にストップをかけることになった。
 ドイツ、フランスなども何度も関与を試みてきたが、最も積極的に仲介に動いているのが黒海を挟んでロシア、ウクライナと隣接するトルコである。トルコは最もロシア寄りのNATO加盟国ともいわれる。
 そのトルコのチャヴシュオール外相は4月20日、同月7日に行われたウクライナ戦争に関するNATO外相会談について、CNNのインタビューに次のように述べている。
 「外相会談を通して、私はある印象を抱くに至りました。つまり、いくつかのNATOメンバー国は、戦争が長引くことを望んでおり、戦争を長引かせることによってロシアを弱体化させようと思っているということです」
 よくぞ、そこまで明かしてくれたものである。その「いくつかのNATOメンバー国」について、筑波大学名誉教授遠藤誉氏が面白い見解を示していた。もちろんアメリカを指していることは明らかだが、複数形で言ったのはアメリカと明示したくないからかも知れないし、アメリカから誘導されているイギリスもあると言いたかったのかも知れない。イギリスのジョンソン首相(当時)にいたっては「2023年末まで続くかもしれない」とも語っていた。当初よりアメリカは停戦交渉阻止の動きに出ていて、それに抗って仲介を買って出ていたのがトルコだそうだ(「Yahooニュース」2022年4月24日付)。

 元外交官の佐藤優氏による「アメリカのウクライナ支援が“ロシアを叩きのめさない程度”に抑えられているワケ」(「PRESIDENT Online」同年8月14日付)という記事がある。
 ゼレンスキー大統領が望むだけの種類と量とタイミングで兵器が供給されれば、ウクライナは勝てるはずだが、アメリカはあえてそれをしていない。つまりアメリカは本気で後押しをしていないという。
 ロシア本土とクリミア半島の間のケルチ海峡にあるクリミア大橋の破壊が、クリミア半島奪還に向けての最も有効な作戦だが、ウクライナはアメリカによってそれを止められている。7月にアメリカがウクライナに4基のハイマース(高機動ロケット砲システム)と弾薬を提供すると発表したが、それにはロシア領土を攻撃しないという縛りがつけられている。クリミア半島を含むロシア領を、アメリカが提供した兵器で攻撃した場合には、ロシアはアメリカを交戦国とみなし、ただちに徹底的に反撃するという警告があるからである。
 アメリカはロシアを追い込みたいが、この戦争がウクライナ国外へと拡大し、「米ロ戦争」に発展することは避けたい。したがってウクライナに対する支援も、その制約の範囲内でのものである。こうした枠組みのなかで行われている戦争である限り、ウクライナは勝つこともできず、戦争はアメリカの思惑なかでいつまでも続くことになる。 
 しかし、戦うのはアメリカではない。アメリカはウクライナの住民を犠牲にしながらロシアを倒そうとしているようにも思われ、ゼレンスキー大統領も承知のことのようでさえある。そんなアメリカから、フランスやドイツは少しずつ距離をおきはじめているような気配もみえる。

 4月7日、先にトルコのチャヴシュオール外相が指摘したベルギーで行われたNATO外相会合には、加盟国ではない日本、オーストラリア、フィンランド、ジョージア、韓国、ニュージーランド、スウェーデン、ウクライナ、EUなどが「パートナー国」として招待され、日本からは林芳正外相が参加した。バイデン大統領の強い意向によるもので、「NATO拡大」を具現化させてロシアを追い込む目論見である。協議内容は停戦ではなく、ウクライナへの軍事支援だった。憲法9条をかかげ、戦争当事国でもない日本が、遠くの軍事同盟の会合参加の是非を充分に検討してのことであろうか。
 こうした動きはロシアと中国をより接近させる。そして、アメリカを中心とした国々、ロシア・中国を中心とした国々、もうひとつ、どちらにも加わろうとしない国々へと、世界を分断に導くことにしかならない。 
 日本政府は、早々に在日ロシア大使館、通商代表部の外交官8人を国外退去処分にして欧州各国に足並みを揃えてしまった。国境を接するロシアを敵に回すのではなく、協議可能な余地を残すべきだった。北方四島元島民などの「ビザなし交流」も維持できたかも知れなかった。
 8月末、アメリカはウクライナへの一度の支援額としては過去最大になる、4,100億円規模の軍事支援を発表し、ジョンソン首相(当時)もならって軍事支援を発表、リズ・トラス新首相も全面的支援の継続を表明した。今後の動向は判然としないが、一方を徹底的に追い込むのではなく、双方の妥協点を探りつつの停戦実現を望みたい。前述の伊勢崎賢治氏は、日本政府がウクライナに対する軍事支援の意味するところを理解し、仲介に徹することを呼びかけているのだが。
 「どんな正義に彩られた戦争でも、〈ツマラナイカラヤメロ〉と、戦う双方に、その後ろで戦争継続を支援する人たちに、デクノボウと呼ばれても説得して回る国が、ひとつくらいあっていい。僕は、日本はそういう人々の国であると思っていました」(伊勢崎氏ツイッター。同年8月28日付)  (2022/09) 


<2022.9.12> 

ニューヨークにて/撮影=Katie Godowski(Pexels「無料ウクライナ画像」より)

ベルリンにて/撮影=Matti(Pexels「無料ウクライナ画像」より)

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工藤茂(くどう・しげる)

1952年秋田県生まれ。
フリーランス編集者。
15歳より50歳ごろまで、山登りに親しむ。ときおりインターネットサイト「三好まき子の山の文庫」に執筆しているが、このところサボり気味。

工藤茂さんの<ある日の「山日記」から>が読めます。LinkIcon