いま、思うこと〜提言・直言・雑感〜 工藤茂

第151回:米価高騰

 先日、10年も前からお願いしている米屋さんに米を届けてもらった。5キログラムで3,920円(税込、以下同様)。昨今報じられる値段よりもわずかに安いが、この先は厳しいらしい。今買っている銘柄は在庫があるのみで、2025年度産の収穫まで入荷はないという。在庫がそれまでもつかどうか不安もあって、新規の客は断っているという。
 そもそもその米屋さんからは、秋田県大潟村産「あきたこまち」を5キログラム2,500円程度で買わせてもらっていた。それが昨年夏、スーパーの店頭から米が消えはじめた頃から上がりだし、新米が出回っても下げに転じる気配もなく、銘柄はお任せで安い米に切り替えてもらった。それがいま食べている千葉県産「ミルキークイーン」で、4,000円を切るところまで上がってきたところだ。味覚に関しては、「あきたこまち」から大きく変わったという印象もなく、充分に満足している。さすが「三ツ星お米マイスター」の米屋さんである。
 ちなみにその米屋さんで以前買っていた「あきたこまち」は現在4,800円、入手可能な最も安いものは国内産お任せで4,650円、千葉県産「ミルキークイーン」は売り切れ扱いになっている。秋田市内の知人からは、スーパーの店頭で最も安いものは3,500円という情報が届いたが、米どころゆえなのであろうか。
 
 5月19日、農水省は全国のスーパーで5月5日~11日に販売された米5キログラム当たりの平均価格が、過去最高値の4,286円となったと発表した。12日の発表では18週ぶりに下がったとのことだったが、わずか1週間で再び値上げに転じたことになる。農水省は前週の下げを備蓄米放出の効果とみていたが、一時的なものにすぎなかったようだ。
 政府備蓄米の放出は今年3月が初回で、これまで3回の入札で計31万2,000トンが落札されているが、放出の方式を大きく変えて7月頃まで毎月行い、ひろく安く出回るようにしたいらしい(『東京新聞』2025年5月13、20日付)。

 ところで、米の価格高騰の原因をめぐって専門家のさまざまな意見があるようだが、少々面白いやりとりがあった。
 政治ジャーナリストの田崎史郎氏が5月8日、テレビの情報番組に出演し、17週連続で高騰していることについて言及した。以下、要約である。
 「明らかに農水省の失敗なんです。石破さんも農水省にものすごい怒っていて、それで昨日、自民党の小野寺政調会長を呼んで、値段を下げるように党のほうで考えてくれと。で、農水省にいってもなかなかやらないんです。備蓄米放出も官邸がやらせたんです。農水省が自主的にやったんじゃないです。官邸の中には、農水省が農協と結託して値段が下がらないようにしているんじゃないかと。米の値段が高いほうが農水省にとっても農協にとってもいいですけど、我々国民は困る。だからそこの部分を党にやらせようとしているんです」(「スポニチAnnex」同年5月8日付)
 これに対して経済誌『プレジデント』元編集長で作家の小倉健一氏は、政権による巧妙な情報操作であり、国民の怒りの矛先をずらすためのスケープゴートにすぎないと反論する。
 「半世紀に及ぶ『減反政策』、補助金漬けで農業の活力を奪い、供給力を破壊したのは自民党政権自身。備蓄米放出という場当たり的な弥縫策しか打てず、根本的な解決策を打てないのも石破政権を含む自民党政権」
 「長年にわたり農政を私物化し、利権構造を温存し、党利党略、業界団体への配慮をを優先してきた自民党政権の構造的失敗の帰結である。農水省の官僚は、自民党政権の方針に従い、忖度しながら政策を実行してきたにすぎない。最終的な政策決定の権限と責任は政権与党、そのトップである総理大臣にある」(「MINKABU」同年5月14日付)
 れいわ新選組とタッグを組み、「ごはん会議」で全国を回っている東京大学大学院特任教授鈴木典宣氏は財務省の財政政策を批判している。
 1970年段階の農水予算は1兆円で、防衛予算はその半分だった。その後、防衛予算がどんどん膨らんでいくのに比して農水予算は削られつづけていく。50年経って防衛予算は10兆円規模に達したが農水予算は2兆円で、「これ以上出せるか」とまでいわれているという。「農水予算はまだ多すぎる」「備蓄米も多すぎるから減らせ」「食料自給率を上げるために金を使うのはもったいない。やめて輸入しろ」と、さらなる削減を求められているのだ。鈴木氏はもっと予算をつけて、小規模兼業農家を含む個々の米作農家に対する支援を手厚くする必要があるという(「長周新聞」同年3月8日付)。
 農水省や財務省の政策は、すべて長く政権を担当してきた自民党の方針に従ってきたはずで、おそらく小倉氏の指摘するとおり、個々の省庁というよりは自民党の失政とみるのが適切と思われる。
 
 宇都宮大学農学部の松平尚也助教は、過去に農業に携わったことのある経験者だという。新たに農業を始めようと役場に相談にいった際のこと、職員から「米はやるな」といわれたという。それでも役場の反対を押し切って体験してみた結果、「野菜は機械がなくても頑張ればどうにかなるが、水田には機械が絶対に必要だ」と感じたという。しかも、初期投資に数千万円が必要というから驚きだ。
 □トラクター 200万〜300万円
 □田植え機 100万〜300万円
 □コンバイン 200万〜500万円
 □乾燥機 100万〜200万円
 □籾すり機 50万〜100万円
 □散布機・噴霧器 数万〜20万円以上
 これを見ただけでやる気が失せてしまうが、さらに農機具は更新も必要で燃料費もかかるうえ、燃料費はここ数年で1.5〜2倍に高騰。ほかに水田の水路管理、苗を育てるハウスも必要になるという。このような費用を要する一方、収穫は年に一度。それも台風や干ばつ、猛暑の影響で期待どおりに収穫できるとは限らない、収入も保障されているわけではない(「MBS NEWS」同年5月13日付)。
 国の農業経営統計によれば、米農家1経営体あたりの年間収入から経費を差し引いた平均農業所得は、2021、22年ともわずか1万円にしかならない。当然のことだが、転作・離農が加速しているという新聞報道があった。
 全国農業共同組合中央会(JA全中)の山野徹会長による「決して高いとは思っておりません」との発言が注目されたが、まさにこの現実を指しているのだ。
 物価高に加え、販売価格が生産コストを賄えないほど低い状態が続いてきたことに尽きる。米の価格は昨年同時期の2倍になり、消費者にとってはとんでもないという感覚だが、農家も潤っているわけではない。コストに見合った適正な価格を求めているだけなのである。
 前出の松平助教は、生産者と消費者、双方が納得する価格というよりも互いの継続だという。つまりこの場合の適正価格とは、作りつづけ食べつづけられる価格なのだ。米の価格が高止まりしている現状は、市場にすべてを任せること自体にリスクがあるということの表れだと指摘する。鈴木氏のいうように生産者への支援も必要となるのだろう。
 米作りは半世紀の間、一度も増産へと政策変更されたことがないという。自民党国会議員で農業政策に最も詳しいのは石破茂氏その人だという。森山裕幹事長などに気を使わず、最良の方針を貫いてもらいたい。消費者も当分の間、米の価格は以前のようには下がらないという覚悟も必要なようだし、ぼくは今後もいまの米屋さんと付き合っていくつもりだ。 (2025/05)
 


 
<2025.5.20> 

秋田県大潟村の稲刈りの様子(一般社団法人 日本穀物検定協会HPより)

いま、思うこと

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工藤茂(くどう・しげる)

1952年秋田県生まれ。
フリーランス編集者。
15歳より50歳ごろまで、山登りに親しむ。ときおりインターネットサイト「三好まき子の山の文庫」に執筆しているが、このところサボり気味。

工藤茂さんの<ある日の「山日記」から>が読めます。LinkIcon