いま、思うこと〜提言・直言・雑感〜 工藤茂

第82回:「2020年 東京五輪・パラリンピック」中止勧告

 「2020年東京五輪・パラリンピック」に向けた水泳オープンウオーターのテスト大会に関する報道があった。8月11日、東京のお台場海浜公園で水泳オープンウオーターのテスト大会が開催されたが、『日刊ゲンダイ DIGITAL』(2019年8月13日付)は、「高水温や悪臭に対する不満の声が相次ぐ散々な結果だった」とまで書いていた。『朝日新聞』『毎日新聞』(ともにWeb版)はちょっとおとなしく、「トイレのような臭さ」「トイレのような臭い」といった見出し、『東京新聞』はもっとおとなしかった。
 気になったのでいくつかの報道を覗いてみたのだが、オリンピック関連のマイナス報道なので、大きな問題ではあっても、ほどなく一般の目には触れなくなるだろうと考えていた。ところが予想外に、日を追うごとに大きくテレビまでも取り上げるようになっていった。そして17日、パラリンピックのテスト大会を兼ねて行われたパラトライアスロンのワールドカップではスイムが中止され、バイク、ランのみとなった。その前日の『日刊ゲンダイ DIGITAL』には「肥溜めトライアスロン」という見出しがあって、それが影響したであろうか。それでも18日には、水質が改善されたとして予定通りに競技が行われ、五輪組織委員会は会場の変更はしない方針という。

  港区は、2014年より「お台場プラージュ」と称する期間限定の海水浴場を設置している。今年は8月10〜18日で、期間中に開催される「東京2020年東京五輪・パラリンピック」トライアスロンなどの1年前テストイベントの観戦もできるという触れ込みだったのだが、その結果が上記のような記事である。
 このお台場海水浴場について過去の報道を調べてみたところ、普段は海水浴禁止となっていて、2014年は7月26、27日に一般開放されたものの、水質の問題から水面に顔をつけないことが条件とされていた。それが、2018年からはカーテン状の水中スクリーンの設置によって顔をつけられるようになったという。
 ところがテスト大会の8月11日、「約1時間泳いだ男性選手は『正直、くさいです。トイレみたいな臭いがする』と衝撃の証言をした」とある。この件について、元東京都衛生局職員で医事ジャーナリストの志村岳氏はつぎのように述べている。「お台場はゴミで埋め立てられた場所。海底のゴミが、海水を汚染しています。ただでさえ、隅田川などが運ぶ汚水が流れ込むうえ、(中略)地形が入り組んでいるため、これらの汚水が外海に出ていかず、よどんでしまう。お台場は東京でもっとも泳いではいけない海なのです」
 今回、大腸菌類の侵入防止のために張った400メートルの水中スクリーンを、来年の本大会では3重にするというが、その水中スクリーンも焼け石の水だという。「いくら3重にしたところで、トイレ臭の原因と考えられるアンモニアの流入は防げません」とのことだ(『日刊ゲンダイ DIGITAL』同年8月13日付)。
 ここは水泳オープンウオーターとトライアスロンの会場となるが、出場選手たちは、はるばる遠い国からやって来て、ゴミと汚水のなかで泳ぎを競うことになる。なんということか。
 
 お台場の海水汚染は以前より知られていたことで、とくに夏場や雨が降ったあとに数値が跳ね上がる傾向にあった。トライアスロンの日本選手権は毎年この会場で開催されているが、水温が下がって水質に左右されにくい10月に行われる。2014年当時、舛添要一都知事はオリンピックでの会場変更を示唆していたのだが、実現できずに辞任してしまった。
 港区区議会議員榎本茂氏もこの問題を指摘していた。榎本氏についてはまったく知らないが、海に関するNPOの代表をしているようだ。都民ファーストの会所属のようだが、小池都知事に近い人物なのだろうか。
 榎本氏のオフィシャルサイトのブログ「未浄化下水の放水を止め、泳げる海を!」(2012年11月22日付)によると、山手線エリアの内側のほぼ全域からの莫大な量の汚水が、港区にある芝浦水再生センターに集められ、塩素を混ぜただけの状態で運河に放水されており、その量は2012年度で187万7,200立方メートル、東京ドーム1.5杯分になるという。汚水放水の写真や動画付きで紹介されているブログの一節を引いておく。
 「雨が降った後、運河は黄色がかった悪臭を放つ水で満たされます。これは、雨が降った後、トイレや台所などの汚水が浄化されず、塩素を混ぜただけの状態で運河に放水されるからです。(中略)焦げ茶色の汚水が濁流となって放水され、あっという間に運河は黄土色に変わり、高浜水門から運河の外へ流れ出し、レインボー・ブリッジ、お台場へと海の色を変えていきます」
 現在芝浦水再生センターに、未浄化下水を溜め込む巨大な地下貯留施設の建設計画もあるようだが、工事はあまり進んでいないようだ。

  問題は、東京23区の下水道が合流式であることにある。生活排水と雨水を同じ管路で集めるのが合流式下水道だが、とくに豪雨のあとは雨水の量が膨大になり水再生センターの下水処理能力を超えてしまうために、汚水と雨水が一緒になったものが未浄化のまま放流されてしまうことになる。分流式下水道の場合は生活排水と雨水は別々の管路を通り、雨水はそのまま川や運河に放流され、生活排水は水再生センターで浄化されることになる。
 東京23区の下水道を分流式に切り替えることが理想的だが、それには30年を要するといわれている。もちろん来年の「2020年東京五輪・パラリンピック」に間に合うはずはない。会場を変更しないのであれば、豪雨が降らないように、気温もあまり高くならないように、運を天に任せるしかないことになる。
 先に18日は水質が改善されたと記したが、現場を見てきた方のツイッターによると、水中スクリーンを吊り下げているフロート(浮き)を越えて外側の海水がどんどん入っているうえに、そのフロート自体に汚物がべったりと付いているのが見えたという。
 
 問題は水質のみならず水温にもある。国際水泳連盟(FINA)による競技実施の条件として水温は31度以下に設定されているが、8月11日の水泳オープンウオーターのテスト大会では、午前5時時点で29.9度と上限に迫っていた。ロンドン五輪金メダルのウサマ・メルーリ選手(チュニジア)は「今まで経験した中で最も水温が高く感じた」などと答えている。先の午前5時以降、競技開始時点の水温が発表されなかったようだが、どういった事情なのか疑問でもある。また大腸菌侵入予防のために水中カーテンを3重にすることが、水温を上昇させることにもなるという。

 そもそもぼくは「2020年 東京オリンピック・パラリンピック」には反対である。抜き打ちのように行われた旧国立競技場取り壊しの経緯にも疑問が多いうえに、経費が過大になりすぎている。なにか妙な力によって強引に推し進められているように感じられる。
 そういえば、2013年10月、衆参両院本会議で「2020年 東京オリンピック・パラリンピック」成功に向けた努力を政府に求める決議を採択した際、722人の全国会議員中、反対したのは山本太郎参議院議員(当時)ただひとりだったことを思い起こした。もっといてもいいはずなのだが、支援者の意向もあるのだろう。その山本氏はいま、救世主のように立ち上がったところだ。今後に期待したい。
 「2020年 東京オリンピック・パラリンピック」は、とりやめたほうがよいように思うが、それもできずに突き進むことになるのだろう。そして大きな禍根をのこす。そんな気がしてならないのだ。 (2019/08)


<2019.8.21> 

昨年の「お台場プラージュ」会場(港区HPより)

同上

いま、思うこと

第1〜10回LinkIcon 
 第1回:反原発メモ
 第2回:壊れゆくもの
 第3回:おしりの気持ち。
 第4回:ミスター・ボージャングル Mr.Bojangles
 第5回:病、そして生きること
 第6回:沖縄を思う
 第7回:原発ゼロは可能か?
 第8回:ぼくの日本国憲法メモ ①
 第9回:2013年7月4日、JR福島駅駅前広場にて
 第10回:ぼくの日本国憲法メモ ②

  
第11〜20回LinkIcon
 第11回:福島第一原発、高濃度汚染水流出をめぐって
 第12回:黎明期の近代オリンピック
 第13回:お沖縄県国頭郡東村高江
 第14回:戦争のつくりかた
 第15回:靖国参拝をめぐって
 第16回:東京都知事選挙、脱原発派の分裂
 第17回:沖縄の闘い

 第18回:あの日から3年過ぎて
 第19回:東京は本当に安全か?
 第20回:奮闘する名護市長

第21〜30回
LinkIcon
 第21回:民主主義が生きる小さな町
 第22回:書き換えられる歴史
 第23回:「ねじれ」解消の果てに
 第24回:琉球処分・沖縄戦再び
 第25回:鎮霊社のこと
 第26回:辺野古、その後
 第27回:あの「トモダチ」は、いま
 第28回:翁長知事、承認撤回宣言を!
 第29回:「みっともない憲法」を守る
 第30回:沖縄よどこへ行く
  
第31〜40回LinkIcon
 第31回:生涯一裁判官
 第32回:IAEA最終報告書
 第33回:安倍政権と言論の自由
 第34回:戦後70年全国調査に思う
 第35回:世界は見ている──日本の歩む道
 第36回:自己決定権? 先住民族?
 第37回:イヤな動き
 第38回:外務省沖縄出張事務所と沖縄大使
 第39回:原発の行方
 第40回:戦争反対のひと

第41〜50回  LinkIcon
 第41回:寺離れ
 第42回:もうひとつの「日本死ね!」 
 第43回:表現の自由、国連特別報告者の公式訪問
 第44回G7とオバマ大統領の広島訪問の陰で
 第45回:バーニー・サンダース氏の闘い 
 第46回:『帰ってきたヒトラー』
 第47回:沖縄の抵抗は、まだつづく 
 第48回:怖いものなしの安倍政権
 第49回:権力に狙われたふたり 
 第50回:入れ替えられた9条の提案者 
 第51~60LinkIcon
    第51回:ゲームは終わり
 第52回:原発事故の教訓
 第53回:まだ続く沖縄の闘い 
 第54回:那須岳の雪崩事故について
 第55回:沖縄の平和主義
 第56回:国連から心配される日本
 第57回:人権と司法
 第58回:朝鮮学校をめぐって
 第59回:沖縄とニッポン
 第60回:衆議院議員選挙の陰で

第61回:幻想としての核LinkIcon 

第62回:慰安婦像をめぐる愚LinkIcon

第63回:沖縄と基地の島グアムLinkIcon

第64回:本当に築地市場を移転させるのか?LinkIcon

第65回:放射能汚染と付き合うLinkIcon 

第66回:軍事基地化すすむ日本列島LinkIcon 

第67回:再生可能エネルギーの行方LinkIcon 

第68回:活断層と辺野古新基地LinkIcon 

第69回:防災より武器の安倍政権LinkIcon 

第70回:潮待ち茶屋LinkIcon 

第71回:日米地位協定と沖縄県知事選挙LinkIcon 

第72回:沖縄県知事選挙を終えてLinkIcon 

第73回:築地へ帰ろう!LinkIcon 

第74回:辺野古を守れ!LinkIcon 

第75回:豊洲市場の新たな疑惑LinkIcon 

第76回:沖縄県民投票をめぐってLinkIcon 

第77回:豊洲市場、その後LinkIcon

第78回:元号騒ぎのなかでLinkIcon 

第79回:安全には自信のない日本産食品LinkIcon 

第80回:負の遺産の行方LinkIcon 

第81回:外交の安倍!?LinkIcon 

第82回:「2020年 東京五輪・パラリンピック」中止勧告LinkIcon 

第83回:韓国に100%の理LinkIcon 

第84回:昭和天皇「拝謁記」をめぐってLinkIcon 

第85回:濁流に思うLinkIcon 

第86回:地球温暖化をめぐってLinkIcon 

第87回:馬毛島買収をめぐってLinkIcon 

第88回:原発と裁判官LinkIcon 

第89回:新型コロナウイルスをめぐってLinkIcon 

第90回:動きはじめた検察LinkIcon 

第91回:検察庁法改正案をめぐってLinkIcon 

第92回:Black Lives Matter運動をめぐってLinkIcon 

第93回:検察の裏切りLinkIcon 

第94回:沖縄を襲った新型コロナウイルスLinkIcon 

第95回:和歌山モデルLinkIcon 

第96回:「グループインタビュー」の異様さLinkIcon 

第97回:菅政権と沖縄LinkIcon 

第98回:北海道旭川市、吉田病院LinkIcon 

第99回:馬毛島買収、その後LinkIcon 

  

第100回:殺してはいけなかった!LinkIcon 

第101回:地震と原発LinkIcon

第102回:原発ゼロの夢LinkIcon 

第103回:新型コロナワクチンLinkIcon 

第104回:新型コロナワクチン接種の憂鬱LinkIcon 

第105回:さらば! Dirty OlympicsLinkIcon 

第106回:リニア中央新幹線LinkIcon

第107回:新型コロナウイルスをめぐってLinkIcon 

第108回:当たり前の政治LinkIcon 

第109回:中国をめぐってLinkIcon 

第110回:したたかな外交LinkIcon

第111回:「認諾」とは?LinkIcon 

第112回:「佐渡島の金山」、世界文化遺産へ推薦書提出LinkIcon

第113回:悲痛なウクライナ市民LinkIcon 

第114回:揺れ動く世界LinkIcon 

第115回:老いるLinkIcon

第116回:マハティール・インタビューLinkIcon 

第117回:安倍晋三氏の死をめぐってLinkIcon

第118回:ペロシ下院議長 訪台をめぐってLinkIcon 

第119回:ウクライナ戦争をめぐってLinkIcon 

第120回:台湾有事をめぐってLinkIcon 

第121回:マイナンバーカードをめぐってLinkIcon 

第122回:戦争の時代へLinkIcon

第123回:ウクライナ、そして日本LinkIcon 

第124回:世襲政治家天国LinkIcon 

第125回:原発回帰へLinkIcon 

第126回:沖縄県の自主外交LinkIcon 

第127回:衆参補選・統一地方選挙LinkIcon 

第128回:南鳥島案の行方LinkIcon 

第129回:かつて死刑廃止国だった日本LinkIcon 

第130回:使用済み核燃料はどこへ?LinkIcon 

第131回:ALPS処理水の海洋放出騒ぎに思うLinkIcon 

第132回:ウクライナ支援疲れLinkIcon 

第133回:辺野古の行方LinkIcon 

第134回:ドイツの苦悩LinkIcon 

第135回:能登半島地震と原発LinkIcon 

第136回:朝鮮人労働者追悼碑撤去LinkIcon 

第137回:終わりのみえない戦争LinkIcon

第138回:リニア中央新幹線と川勝騒動LinkIcon

工藤茂(くどう・しげる)

1952年秋田県生まれ。
フリーランス編集者。
15歳より50歳ごろまで、山登りに親しむ。ときおりインターネットサイト「三好まき子の山の文庫」に執筆しているが、このところサボり気味。

工藤茂さんの<ある日の「山日記」から>が読めます。LinkIcon