いま、思うこと〜提言・直言・雑感〜 工藤茂

第98回:北海道旭川市、吉田病院  

 マスクをつけての息苦しい生活も、もう9〜10カ月だろうか。昨年12月に中国の武漢で初めて報告されたとしていたが、最近になって、アメリカでは昨年12月中旬から今年1月中旬にかけて、イタリアでは昨年9月にそれぞれ抗体が確認され、スペインのバルセロナでは昨年3月の下水サンプルから陽性反応が出ている。世界中の科学者による、新型コロナウイルスの起源の特定争いが始まっているという(『日刊ゲンダイDIGITAL』2020年12月4日付)。そういえば、さかんに「チャイナ・ウイルス」などと言っていたどこかの大統領も、めっきり姿を見せなくなってきた。
 日本では新型コロナウイルスに対して決定的な対策をとられることはなく、逆に政府によるGo Toキャンペーンがアクセルとなって、都会から地方へと感染がひろまった観がある。専門家たちはGo Toトラベルの中止を訴えているが、携帯料金の値下げ同様、菅義偉[よしひで]首相の看板政策であり、さらに来年6月末まで延長するという。ひとの動きを夏のオリンピックに引き継がせる算段だろうが、どうなることか。ずいぶん思い切った賭けに出たものである。

 『日本経済新聞』電子版(2020年12月2日付)に、北海道旭川市の慶友会吉田病院がクラスターで自衛隊に派遣要請という記事があった。2日に行われた、旭川市の西川将人市長の記者会見の様子を報じたものだった。
 吉田病院では11月6日にクラスターが発生、1カ月の間に計165人が新型コロナウイルスに感染しているが、理事長らが同25日に市役所を訪れて、文書にて自衛隊の派遣など、次のような要請をした。①自衛隊看護師20人以上の派遣 ②院内消毒の清掃実施 ③医療廃棄物の撤去 ④感染予防具の提供。
 自衛隊の派遣要請は都道府県知事が行うことから、市は道に確認したうえで、「いますぐに判断するのは難しい」との見解を伝え、その後、吉田病院とのやり取りはない。
 『北海道新聞』電子版(同年11月27日付)に詳しい記事があった。同病院で看護師ふたりの感染が確認されたのは11月6日、翌日には7人確認、市保健所はクラスターと認定し、全職員と入院患者のPCR検査を開始。当初、感染が確認された6階のみに押さえ込めるとの判断だったが、12日に7階、15日に5階で感染者を確認、26日には1〜7階の全フロアにひろまり、感染者は125人になった。入院患者の4割近く、職員の1割強(50人以上)が感染、入院患者12人が死亡した。17日から、国立感染症研究所から派遣された専門医による指導を受けているが、指導の効果が出るまでには2週間ほどはかかるという。感染した職員50人以上が職場を離脱して人手が足りず、市内の他の病院へ応援を要請しているが集まらず、残った職員が休日返上で、ギリギリの人数で回している状況という。

 そんななか、吉田病院の吉田良子理事長は12月1日付の病院ホームページ上に経緯を説明する文書を公表したが、市や旭川医大病院などの対応を疑問視する内容もあったため、ネット上に大きくひろまる事態となった。7日現在、同病院ホームページにはアクセスが集中していて、12月1日付の該当文書は表示されないが、その翌日の文書(12月2日付)は掲載されている。また12月1日付の文書は、保存していた方がネット上に掲載してくれているため、そちらで読むことが可能である。
 内容はこれまでの経緯説明、釈明にあたるものだが、当初から独力での対応には限界があることを認識していて、感染者が確認されて即座に市保健所と協議に入っている。それなのに、なぜこんなに感染が拡大したのか、自分はやるべきことはやってきたという思いが理事長にはあり、市保健所、市役所、旭川医大病院の対応に対して「さまざまな不条理や疑問を感じている」としている。
 ①市保健所に対して感染者の他病院への転院調整を要請したが、かなえられなかったためクラスターの拡大を招く原因となった。転院調整ができなかった理由は何か。
 ②勤務困難となった職員が増え、「医療崩壊」というべき状況となったことから旭川市へ「災害認定」による自衛隊看護師の派遣、その他を要請したが、「公共性」「非代替性」を満たさないとの理由から却下された。「公共性」を満たすために欠けていたものは何か、「代替」となる手段は何かあったのか。
 ③旭川医大病院は「地域医療の最後の砦」を根拠に、感染患者の受け入れを拒否し、派遣していた非常勤医を引き上げたが、「このような信じがたい意思決定をされた」理由は何か。
  そして最後に、現在は、厚生労働省のDMAT(災害派遣医療チーム)が派遣されていて、事態は徐々に沈静化に向かっていることを記している。
 こういった内容なのだが、最後のDMATが入っていることを知り、思わずホッと胸をなで下ろした。少なくとも、何らかの支援があったのだ。派遣されたのは自衛隊ではなかったが、吉田理事長が要請した甲斐があったということだ。これに関して、陸上自衛隊幹部のコメントが3日付のツイッターにあった。
 「不測の事態に対して自衛隊が機動的に出動できる枠組みはできています。自治体から要請があれば、旭川駐屯地の第7師団を中心に支援できたのではないかと思います」
 なんということだろう。あの段階で鈴木直道北海道知事が要請してくれれば、自衛隊は動いていた。DMATの派遣はどういう経緯で行われたのであろうか。

 吉田病院で感染者が確認された11月6日から全フロアにまで感染者がひろまるまで、市保健所はその経緯をすべて把握していて、『北海道新聞』も報道していた。市長をはじめ、旭川市側でも事態を把握していたにもかかわらず、11月25日に吉田理事長が市役所を訪れて窮状を訴えるまで、いったい何をしていたのだろう。どうしてもこの疑問が付きまとうことになるのだが、ぼくよりは内情を知る倉持呼吸器内科医院の倉持仁氏は、次のようなコメントを発している。
 「国の無為無策、感染拡大容認がこのように病院と市が責任のなすり付け合いをしなければいけなくなる状況を作っています。現場で一生懸命頑張っている医療スタッフ、保健所の方、市長さんを含めみんな必死です。悪いのは無策を突き通す無責任な国」
 吉田理事長の12月2日付に文書には、基幹5病院の院長会議で、吉田病院に入院中の10名の患者を5病院で引き受けてもらえることになったほか、12月4日より、国際医療NGO ジャパンハートより2名の看護師が応援に入るという。以下、吉田理事長のコメントである。
 「この様な支援により、吉田病院の体制立て直しが図れるものと信じて感謝しております。引き続き、感染終息に向けて邁進致します」

 その後、吉田病院に関しての情報を得てのことであろうか、大阪府の吉村洋文府知事が自衛隊看護師の出動を打診しているという報道がしきりに流れるようになった。そして『東京新聞』(同年12月8日付)には「自衛隊派遣へ 大阪府と旭川市要請」という見出しだ。メディア受けする吉村知事が言い出すと、物事は急速に動くのであろうか。
 11月25日の吉田理事長の要請を受け、旭川市が北海道へ打診のうえ要請見送りの返事をしたのが12月2日、それから5日をへての方針転換である。その12日間に吉田病院の新規感染者は82人も出ていて、DMATからは人員不足が指摘されたという。『北海道新聞』(同年12月8日付)も「道も含め行政が逼迫する医療現場の要請に追いついていない現状が浮き彫りになった」と記している。こうした遅れた対応には、当然政府も加わっているはずである。
 12月7日午前段階で、吉田病院の感染者は184人に達し、旭川厚生病院では感染者が224人にのぼっている。旭川厚生病院でクラスターを確認したのは11月22日。入院患者、職員など29名で、半月ほどで224人に達したことになる。この数字は国内最大規模になるという。
 「自衛隊に派遣要請」という見出しが偶然目に止まって吉田病院について調べることになったが、おそらく全国至るところで同様な医療スタッフの格闘が続いているはずだ。テレビでも「医療逼迫というよりも、すでにあふれている状態」という医師の声が紹介されていた。こういった報道を見ていると、やはりGo T0トラベルなど、即座に中止すべきものだろう。年末年始の帰省にもGo T0トラベルを利用できる裏技があるというから、当然ひとの動きも多くなる。感染者急増となれば、医療関係者をさらに追い込むことになりかねないだろう。 (2020/12)


  <2020.12.8> 

慶友会吉田病院(同病院のホームページより)

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工藤茂(くどう・しげる)

1952年秋田県生まれ。
フリーランス編集者。
15歳より50歳ごろまで、山登りに親しむ。ときおりインターネットサイト「三好まき子の山の文庫」に執筆しているが、このところサボり気味。

工藤茂さんの<ある日の「山日記」から>が読めます。LinkIcon