いま、思うこと〜提言・直言・雑感〜 工藤茂

第121回:マイナンバーカードをめぐって

 10月13日、河野太郎デジタル大臣は突然、現行の健康保険証を2024年秋に廃止し、マイナンバーカードに健康保険証の機能をもたせた「マイナ保険証」に切り替えると発表した。
 その数日後『東京新聞』の読者欄で、ぼくよりも若干年長の女性の投稿が目がとまった。その女性は、早くマイナンバーカードをつくらないと病院にも行けなくなると、街角の証明写真機に入って写真を撮り、あまり使い慣れていないスマートフォンで四苦八苦したうえどうにか申請を済ませて安堵したという。その大変さを綴っていたが、国を信じて疑うことなく人生のほとんどを生きてきたのであろうか。
 総務省は10月19日、マイナンバーカードの人口に対する交付率が5割を超えたことを発表した。これとてマイナポイント付与で踊らせての数字で、ポイント付与分だけでも2兆円を要したという。さらなる普及を目指す政府は、医療機関の受診に欠かせない健康保険証を人質にとって取得させようという目論見である。
 調べはじめて知ったことだが、厚労省保険局は7月22日付で、すべての医療機関は来年4月から「マイナ保険証」を運用するための「オンライン資格確認システム」の導入義務化を発表している。
 すべての医療機関は「マイナ保険証」利用可能な設備をととのえよ、という指令である。知らないところで着々と進められていたのである。現行の健康保険証で何の問題もく運用されているにもかかわらず、あえて制度を改めるというのだ。よけいな出費や手間を強いられる医療現場は大混乱である。国からの機器提供や補助があるとはいえ、新システムに対応できない高齢の開業医や小規模な医院などは、廃業を迫られる事態にもなりかねないという。
 また健康保険証を2024年秋に廃止するといっても、マイナンバーカードをもたないひとが診療を受けられなくなるのかといえば、そうとはならないようだ。厚労省もデジタル庁も「制度の考え方や法令上からもあり得ない」という(「日経XTECH」2022年10月17日付、玄忠雄氏記事)。加えて岸田文雄首相も、マイナンバーカードをもたないひとも受診できるよう、保険証に代わる新制度創設のための検討会を設置すると明言しているが、それなら現行の保険証を残せば済む話のように思えてならないのだが。
  
 初代デジタル大臣だった平井卓也衆議院議員は10月27日の講演で、「マイナンバーカード活用の是非をいちいち国民に聞いて進めるものではない。(中略)反対があってもやりきる」と当然のように述べたという。まるで沖縄の辺野古新基地建設を思い起こさせるような言い方である。
 「マイナンバー法16条二」によれば、マイナンバーカードは住民基本台帳に記録されている者の申請に基づき発行されるものであって、義務とされるものではない。平井、河野両氏の発言は、当然法改正を念頭においてのものとばかりに思っていたのだが、いまのところそんな話は出てきていない。
 マイナンバーカードについては知らないことも多かったので、改めて調べてみた。マイナンバーカードには氏名、住所、生年月日、個人番号(マイナンバー)とともに顔写真が印刷されていて、個人番号と顔写真付きの本人確認書類として利用できる。また、コンビニなどに設置されているキオスク端末(マルチコピー機)を利用してマイナンバーカードを読み取り、暗証番号の入力によって住民票の写しや課税証明書、印鑑登録証明書などの取得も可能だ。図書館でも同様に図書貸出しサービスが受けられる。
 またマイナンバーカードを利用して手元のスマートフォンやパソコンでマイナポータルというウェブサイトにログインすれば、行政機関が保有する自身の情報の確認や行政機関からのお知らせの確認、ほかに子育てや介護などの行政手続きの検索やオンライン申請なども可能になる。公金受取口座の登録もマイナポータルにログインしなければできない。
 ところで、このマイナポータルを経由したサービスを受けるためには、手元にマイナンバーカードを読み取る環境が必要になる。マイナンバーカード読み取り対応のスマートフォンが必要で、パソコンの場合はマイナンバーカードを読み取るカードリーダーが必要になる。スマートフォンはそれだけで読み取ることが可能だが、パソコンだけでは読み取ることができないので面倒だ。
 このように、マイナンバーカードをもち、マイナポータルにログインすることによって受けられるサービスもひろがるのだが、ここに落とし穴があった。
  
 少し前からネット上では指摘されていたことだが、ようやく『東京新聞』(同年10月26日付)も取り上げていた。重要な問題である。
 冒頭の「マイナ保険証」の登録はマイナポータルのサイトで行うことになる。「マイナ保険証」にとってマイナポータルは避けては通れないサイトである。そのマイナポータルの利用にあたっては、「利用規約」に同意しなければならない。
 その規約の1行目、序文に相当するところには次のようにある。
 「マイナポータル(以下「本システム」という。)が提供する各種サービスを利用された方は、下記の利用規約に同意されたものとみなします」
 その規約は「第1条」から「第25条」まで延々と続くのだが、「第24条」には次のように記されている。
 「第24条 デジタル庁は、必要があると認めるときは、システム利用者に事前に通知を行うことなく、いつでも本利用規約を改正できるものとします」
 デジタル庁は必要に応じて勝手に規約の改正を行うことがあるが、どんな改正であっても、利用者はそれに同意したものとみなすというのだが、いかがなものであろうか。
 以下、気になる項目をいくつか挙げておく。
 「第3条 システム利用者は、自己の責任と判断に基づき本システムを利用し、本システム利用に伴って生じる以下の情報及び利用者フォルダを適切に管理するものとし、デジタル庁に対しいかなる責任も負担させないものとします。
 一、やりとり履歴 二、わたしの情報 三、お知らせ 四、手続きの検索 五、その他、システム利用者が閲覧、取得し管理している電子情報」
  システム利用にともなう損害、通信障害などによる損害、システムのウイルス感染などで受けた損害について、デジタル庁は責任を負わない、すべて自己責任ということだ。
 「第4条 システム利用者が、本システムアカウントに登録する場合、内閣総理大臣に対して次に掲げる事項について同意したものとみなします」
 箇条書きされている事項を要約すると、アカウント登録することは、自分のあらゆる情報を内閣総理大臣に開示することに同意したこととみなすということになってしまうのだが、ほとんど基本的人権を放棄したにも等しい。
 このようなマイナポータルについての『東京新聞』の取材に、水木誠二弁護士は次のような疑問を呈する。
 「マイナカードをつくることとマイナポータル利用はほとんどセットのようなもの。規約に同意しなければポータルを使えず、選択の余地がない。(中略)政府側の裁量に委ねられている部分が多すぎる。制度設計としてどうなのか」
 ジャーナリストの斎藤貴男氏も危ぶむ。
 「口座情報やSNSの発信などと連動すれば、政府に都合の悪い国民を選別する材料になる。(中略)カードへの一元化は既定路線だが、前提条件が整っていない中、保険証廃止を持ち出したのは卑劣だ。マイナンバーの拡大をこのまま許していけば、民主主義の形骸化につながる」
  
 平井初代デジタル大臣の発言にみられるように、国はマイナンバーカードの普及を積極的に進める方針のようだ。そうとはいえ、いまの50%以上の普及もそれ以上はさほど進むことなく、マイナ保険証と旧保険証が併存する状態で落ち着くのではなかろうか。岸田首相が懸念しているという公金受取口座にしても、年金受給者や確定申告をしているひとはすでに必要な口座を登録済みである。それ以外のひとも口座登録は厄介なことではないはずだ。もっとも国にはそれ以上の企みがあるともいうが、こちらはそこまでは付き合えない。ぼくはあわててマイナンバーカードをつくることはしない。最後の最後までじっくり様子をみるつもりだ。
 
 10月31日、大阪市住吉区の総合病院でサイバー攻撃が原因とみられるシステム障害が起きた。ほとんどの医療行為がストップとなり、現在も政府から派遣された情報セキュリティー専門家の協力のもと復旧作業が続けられているが、年内の復旧は困難という。こういったサイバー攻撃はいつどこが標的になるのかわからない。銀行がターゲットになった場合はどうなるのか。マイナンバーカードのセキュリティーも100%大丈夫というわけではない。あわててマイナンバーカードをつくる必要もないだろう。  (2022/11)



<2022.11.8> 

マイナンバーカード交付申請書(撮影/ひつじ07)

いま、思うこと

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工藤茂(くどう・しげる)

1952年秋田県生まれ。
フリーランス編集者。
15歳より50歳ごろまで、山登りに親しむ。ときおりインターネットサイト「三好まき子の山の文庫」に執筆しているが、このところサボり気味。

工藤茂さんの<ある日の「山日記」から>が読めます。LinkIcon