いま、思うこと〜提言・直言・雑感〜 工藤茂

第128回:南鳥島案の行方

 『東京新聞』(2023年5月25日付)に妙な記事を見つけた。
 静岡県の川勝平太知事が東京都の小池百合子知事に対して、原発から出た高レベル放射性廃棄物の最終処分場候補地として南鳥島を検討するよう提案したという。ずいぶん久し振りに南鳥島案が出てきたような気がするが、ほとんど忘れたも同然だった。
 少々不思議だ。核廃棄物処理の問題は、知事レベルで話し合う案件ではないはず。しかしながら、国が知事に対して処理場建設を打診し、知事が県民の意見を集約したうえで拒否するということはある。ならば知事の側から国へ提案することがあってもよいはず。「我が県にはいい土地がありますよ。ぜひ、うちにお任せください」とでも。
 南鳥島は行政上は東京都小笠原村に属す。東京都が絡む案件で間違いはない。小池知事は「まず国でしっかりと対応すると考えている」と、やんわり応じている。
 
 2011年3月の福島第一原発事故のあと、フィンランドで建設中の世界初の高レベル放射性廃棄物最終処分場、オンカロが注目を集めた。高レベル放射性廃棄物は長期間にわたって人間の生活環境から隔離しなければならず、地下深く安定した地層に処分する「地層処分」が国際的な認識となっている。オンカロはそのための施設で、2004年に建設を始めて25年からの稼働予定である。
 地下430メートルまで坑道が掘られ、放射性廃棄物入りのキャニスター、最大6,500トンが貯蔵可能である。100年ほどを要して施設が満杯になると、坑道ごと埋め立てて粘土で密封し、10万年以上の時間をかけて放射能の減衰を待つ。開発・運営を担当するPOSIVA社によれば、オンカロの岩盤は安定していて、次の氷河期が終わるまでは、この付近で大きな地震が起こることはないとの予測である。
 
 前出『東京新聞』の記事は、静岡県の総合情報誌『ふじのくに』誌上で、川勝知事が地質学者で東海大学海洋研究所所長、平朝彦[あさひこ]氏と対談した際に出た話題だという。ネット上に静岡県による「ふじのくにメディアチャンネル」というサイトがあり、その対談が掲載されている。平氏が静岡県にある東海大学海洋研究所所長に就任したことから、知事が県幹部職員向けの講演や対談を依頼したようだ。
 対談の内容や「Wikipedia」から南鳥島の概要をまとめてみたい。
 静岡県の駿河湾に近いところで北米プレートとユーラシアプレート、フィリピン海プレートの3つのプレートが出会い、地球のプレートテクトニクスが最も活発なところとされている。
 そこから東に離れたところを南北に日本海溝が走り、そこで太平洋プレートが北米プレートに沈み込む。その日本海溝より東に位置し、太平洋プレート上にある唯一の日本領土が南鳥島である。火山活動は4,000万年前に終えており、地震も起きることはないという。硬い岩盤上で、地質学的にも地球上で最高レベルの安定性を保ったところである。
 本州から南東に1,800キロメートル、最も近い小笠原の硫黄島からでも東に1,100キロメートル離れた位置。日本最東端にあたる1辺2キロメートルの三角形の平坦な島で、最高地点は標高9メートル。周囲は浅いサンゴ礁だが、サンゴ礁の外側は水深1,000メートルの断崖、さらにその沖の周辺海底は水深6,000メートルになる。
 一般住民はおらず、海上自衛隊、気象庁、関東地方整備局の政府職員23名(2010年4月現在)が常駐。民間定期便はなく、職員たちは自衛隊の輸送機で片道約4時間かけて往復している。一般人は立入禁止で、設備の改修を行う作業員や研究者、取材記者が訪れる程度である。さらに漁業権などの権利が設定されていないので、社会的な課題や影響を最小限に考えての計画が可能だという。
 
 ところで、高レベル放射性廃棄物最終処分場の南鳥島案について検索してみたところ、「NHK NEWS」(2016年12月25日付)の記事に行き着いた。国の海洋研究開発機構が放射性廃棄物をめぐり、深さ5,000メートル規模の地下に処分する可能性を探る調査研究を南鳥島で行うことを検討しているという内容だった。平朝彦氏は2012〜19年まで海洋研究開発機構の理事長を務めているところから、同氏による提案と思われるが、その後進展している様子は窺えない。
 平氏の著書『日本列島の誕生』(岩波新書、1990年)はさまざまな方が参考文献として挙げる本で、この分野では信頼のある研究者と思っていたのだが、不思議である。
 
 高レベル放射性廃棄物最終処分地の選定、最終処分の実施、処分場閉鎖後の管理までの全般を担っているのは原子力発電環境整備機構(NUМO)である。現在、応募があった北海道の寿津[すっつ]町、神恵内[かもえない]村での文献調査を進めているのもNUМOである。
 NUМOが公表している地層処分に関する「科学特性マップ」がある。地層処分に好ましい特性のところはグリーン、好ましくないところはオレンジに色分けされた地図だが、南鳥島には何の色も付されていない。さらに「地域ブロック図」の「関東・中部」には八丈島までしか表示されておらず、南鳥島は除外されている。
 日本ジャーナリスト会議のHPに気になる記事があった。「消えた南鳥島案」(2022年2月11日付)である。北海道放送(HBC)制作「核のごみ」が文化庁芸術祭優秀賞を受賞した際に、報道部編集長山崎裕侍氏が寄稿したものである。
 同番組は、前出の寿津町町長が文献調査応募検討を表明して以来、町が賛成派と反対派に分断され、翻弄される町民の様子を描き、国全体の問題であるはずの核のごみが、地方の小さな町の問題に押し込められていく現状を訴えた番組である。
 南鳥島案について平氏に取材したところ、経産省とNUМOがその提案を蹴ったことが知らされ、番組中でも明らかにしたという。その蹴った理由は記されていないが、答えてもらえなかったとしか思えない。
 「10万年後からの警告〜高レベル放射性廃棄物の行方」(「月の光で澄み渡る」2021年9月20日付)というサイトでは、地震学者でもある静岡県立大学学長尾池和夫氏が2020年3月、『學士會会報』に南鳥島案を投稿したところ、多くの原子力関係者から賛同意見が寄せられたが、NUМOの近藤駿介理事長より、寿津町で話を進めている最中だから邪魔するなというメールがあったという。
 川口幹子氏「核廃棄物処分地選定」(『長崎新聞』2023年5月22日付)には次のような記述がある。
 「(南鳥島は)地質的に最も安定していると地質学者が提唱しているにもかかわらず、議論から外されている。おそらく南鳥島には住民もおらず、建設業界も儲からないため、政治的な旨味がないのだろう」
 真相はわからないが、政府は南鳥島案を黙殺していることは確かなようだ。平氏はそれを承知のうえで機会があれば声を挙げていて、川勝知事は平氏側について国との闘いに参戦したということであろうか。いったい、国はいつまでこんなことをやっているのであろうか。すべて税金が原資の事業であることを理解していない。 (2023/06)

 
<2023.6.14> 

小笠原村HP「南鳥島」より

同上

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工藤茂(くどう・しげる)

1952年秋田県生まれ。
フリーランス編集者。
15歳より50歳ごろまで、山登りに親しむ。ときおりインターネットサイト「三好まき子の山の文庫」に執筆しているが、このところサボり気味。

工藤茂さんの<ある日の「山日記」から>が読めます。LinkIcon