いま、思うこと〜提言・直言・雑感〜 工藤茂

第129回:かつて死刑廃止国だった日本

 「日本は千年前に世界で初の死刑廃止国だった。これは世界史でも例を見ない画期的なことだ。その日本が『死刑を存置している最後の民主国』になるはずがないと信じている」
 1981年、フランスのミッテラン政権当時、法相に任命されたロベール・バダンテールの講演での発言だという。アムネスティ・インターナショナル日本サイト内の「死刑制度の廃止を求める著名人メッセージ」で一水会の鈴木邦男氏が紹介している。
 当時のフランスの世論は、必ずしも死刑廃止を求めてはいなかった。しかし有権者は、「死刑廃止宣言」をしたミッテランを大統領に選出。そしてバダンテールは「殺してはならないということを教えるためには、まずは国家が死刑を廃止すべき」という自己の信念から死刑廃止法案を提出し、ミッテランの後押しもあって可決させたという。
 調べてみると、蘇我天皇は冤罪による処刑を懸念して818年に死罪を廃止し、遠流[おんる]や禁獄に減刑している。以来347年間、律令による死刑は執行されなかったが、1156年、信西[しんぜい]による保元新制により死刑復活となった。以来戦後、1956年と65年の2度、死刑廃止法案が提出されたことがあるが、以降議論は低調なままのようだ。
 
 1966年6月、静岡県で起きた一家4人強盗殺人事件で死刑確定後に再審決定となった袴田巌氏について、静岡地検はこの7月10日、再審公判で「有罪立証」を行うことを静岡地裁に伝えた。
 新たな証拠について審議するわけではない。これまでの裁判ですでに出た結論をもう一度議論し直すことになるため、弁護団は強く反発し、早期の無罪判決を求めている。そもそも、捜査側による捏造の疑いまで指摘された証拠である。その捏造という疑惑を消し去るための「有罪立証」という見方が大勢だ。
 今年3月の東京高裁による再審開始決定の際にも、袴田氏はすでに半世紀近く収監され年齢も87歳という高齢から、その異様さが海外でも大きく報道された。検察側にとってはハードルが高い案件になるため、『東京新聞』(2023年7月11日付)「社説」も次のように疑問を呈している。
 「検察は袴田さんを再び収監して、死刑にすべきだと本気で考えているのだろうか」
 
 1992年2月、福岡県で2女児が殺害された飯塚事件では、被疑者は逮捕前から一貫して無罪を主張していて、状況証拠のみで2006年10月に死刑確定、08年10月に執行された。執行直前まで無罪を訴えていたというが、確定から執行までわずか2年という早さは異例と大きく報道された。翌年元死刑囚家族より再審請求がなされ21年に棄却、同7月、第2次再審請求が行われた。
 この第2次再審請求中の今年3月、新たな動きがあった。福岡地裁は検察に対し当時の捜査・証拠品リストを開示勧告。しかし検察は、「裁判所にそうした勧告をする権限はなく、事案の解明に意味がない」として拒否。弁護団は地裁に開示命令を出すことを申し立てている。
 5月31日、弁護側が主張する新たな目撃者への証人尋問が地裁で2時間にわたって行われたが、この目撃者が見た犯人と思しき人物と元死刑囚はまったく別人という。その目撃者は、事件翌日に目撃情報を伝えていたが、すでに捜査対象を絞っていた警察はそれを活かすことはなかった。
 この事件は、検察が証拠品リスト開示を拒否していることから、無罪に結びつきそうな証拠がすべて隠されている可能性があること、死刑がすでに執行済みであることが他の死刑冤罪事件とは大きく異なる。再審の行方を見守りたい。
 
 再審請求中の死刑囚の刑が執行された例もある。2021年12月21日、3人の死刑が執行されたが、そのうちのひとりは第2次再審請求中、もうひとりは第3次再審請求中で、弁護人が検察や裁判所と手続きをすすめている最中の執行だった。
 岸田文雄政権発足2カ月18日後の死刑執行である。法相は記録をきちんと精査する時間があったのであろうか。日弁連や人権団体からは抗議声明もあった。古川禎久法相は、執行翌日の記者会見で「国内世論の支持をふまえ、死刑を廃止することは適当ではない」と明言した。
 
 国民世論の支持とはなにか。内閣府は5年に1度、死刑制度についての世論調査を実施している。直近の調査は2019年11月に行われ、『朝日新聞デジタル』(2020年1月17日付)の記事でその結果をみることができた。
 「死刑もやむを得ない」が80.8%で、4回連続で8割を超えているという。このうち「将来も死刑を廃止しない」(54.4%)、「状況が変われば将来的には死刑を廃止してもよい」(39.9%)。死刑容認の理由(複数回答)は、「被害者や家族の気持ちが収まらない」(56.6%)、「凶悪犯罪は命をもって償うべきだ」(53.6%)、「凶悪犯を生かしておくと同じ罪を犯す危険がある」(47.4%)。
 「死刑を廃止すべきだ」は9.0%。廃止を求める理由(複数回答)は「裁判に誤りがあったら取り返しがつかない」(50.7%)が多く、「生かして罪の償いをさせた方がよい」(42.3%)が続いた。
 また、仮釈放のない「終身刑」が導入された場合の死刑制度の存廃については、「廃止する方がよい」(35.1%)、「廃止しない方がよい」(52.0%)。死刑制度と抑止力について、「死刑がなくなると凶悪犯罪が増える」と答えたひとは58.3%だった。
 
 これが法相のいう国民世論の支持である。ぼくも同様に、死刑容認8割、死刑廃止1割弱と読んでいたが、日本弁護士連合会(日弁連)の「死刑制度に関する政府世論調査結果についての会長談話」(2020年1月23日付)が、安易な読み方に注意を促している。
 つまり、「死刑もやむを得ない」の80.8%のうち、「状況が変われば将来的には死刑を廃止してもよい」が39.9%にのぼり、将来の死刑廃止の当否に対する態度という基準で分けるならば、廃止賛成が41.3%、廃止反対は44.0%になるという(図解参照)。また「仮釈放のない終身刑が導入された場合」については、「死刑廃止」が35.1%、「死刑を廃止しない」52.0%である。
 日弁連会長の菊池裕太郎氏は、将来の死刑存廃に対する国民の態度は拮抗しているとみるべきだという。日弁連ではこうした誤解を与えないために、世論調査の質問表現の修正や質問の追加のための意見書を、内閣総理大臣、法務大臣に対して提出しているが、改まらないようだ。
 
 死刑容認の理由のトップに「被害者や家族の気持ちが収まらない」とあるが、そもそも犯人を処刑して被害者や家族の気持ちが収まるものであろうか。推測でしかないが、すっきりすることもなく、虚しさに襲われるだけではなかろうか。
 それとは別に、死刑執行に立ち会う刑務官や他のひとびとの存在がある。ひとを殺すという仕事、世の中にそんな仕事があってはならない、と思う。そろそろ再び死刑廃止国になってもよいのではなかろうか。 (2023/07)

<2023.7.15> 

日弁連「死刑制度に関する世論調査 いいえ!」より

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工藤茂(くどう・しげる)

1952年秋田県生まれ。
フリーランス編集者。
15歳より50歳ごろまで、山登りに親しむ。ときおりインターネットサイト「三好まき子の山の文庫」に執筆しているが、このところサボり気味。

工藤茂さんの<ある日の「山日記」から>が読めます。LinkIcon