いま、思うこと〜提言・直言・雑感〜 工藤茂

第97回:菅政権と沖縄  

 10月26日に臨時国会が召集され、菅義偉[よしひで]首相は、衆参両院の本会議で所信表明演説を行った。その中継を見ていたという東京中央市場労働組合執行委員長、中澤誠氏のツイッターが面白かった。
 「なんか、見てて恥ずかしくなるよな」「やっぱ、スガは器じゃねーな」「国民に向き合うことが全くできていないもんな」「暗いし、もー、勘弁て感じ」「民主党の管首相の方が100倍は良かった」「管じゃダメだ」「間違った」
 最後の「間違った」は、原稿の読み間違えのことである。「なるほど、なるほど」と納得した次第である。そして11月6日、4日間の衆参予算委員会も支離滅裂な答弁の繰り返しで切り抜けたが、ひどいものだった。「その任重くしてその器愚なり」と書いていたのは司馬遼太郎だっけ。

 ところで前稿で、菅官房長官(当時。以下同)が生前の翁長雄志[たけし]沖縄県知事に向かって言い放った言葉を、「戦後生まれなので、沖縄の歴史はなかなかわからない」と書いた。ところが『東京新聞』(2020年10月21日付)では「私は戦後生まれなので、歴史を持ち出されても困る」と、少々やんわりとした言い回しになっていた。気になったので改めて調べ直してみたが、「戦後生まれなので、沖縄の歴史についてはなかなかわかりません」という記述しているものが多いようだ。
 2015年9月7日午後、首相官邸。8月10日から9月9日までという期限を区切って行われた、米軍の新基地建設をめぐっての政府と沖縄県との集中協議。5回目になる最終協議には外務大臣、防衛大臣らのほか、安倍晋三首相も初めて同席して政府側6人、沖縄県側が知事と副知事のふたり。
 翁長知事は菅官房長官に向かって「私の話は通じませんか?」と尋ね、その返答が件の言葉である。たしかに戦後生まれだが、沖縄の歴史を知らないというのは言い訳にすぎない。「お前の話など聞くつもりもない」ということである。相手を見下していなければ吐けない言葉だ。しかも、ふたりきりではなく、政府関係者そろい踏みの場。同種の言葉をよく口にする麻生太郎副首相ほどの嫌味たらしさはないが、ほぼ同根である。
 そんな言葉を投げつけられた翁長氏はどう応じたか。
 「お互い別々に戦後を生きてきたんですね。どうにもすれ違いですね」。あるいは「お互い別の70年を生きてきたような気がします」と書いているものがあるが、大きな違いはない。
 予想外の返答にどう応じたらよいものかわからず、咄嗟に返したものであろう。自らの返答に後悔したであろうが、同時にこんな非道な相手と交渉を続ける無力感も覚えたはずである。翁長氏はそれから3年後に亡くなる。
 
 野中広務(元官房長官)は「翁長君、こうだ、申し訳ない」と頭を下げた。後藤田正晴(元官房長官)は「かわいそうでな。真正面から顔を見ることができないんだよ」と言って沖縄入りを渋った。橋本龍太郎(元首相)は、自民党総裁室前で順番待ちしていた翁長たちを行列の最後尾に回して「ごめん、沖縄を5分で帰すわけにはいかないんだ」と対応してくれたという(『東京新聞』2015年5月30日付)。これは翁長知事が共同通信によるインタビューで語った県議会議員時代の回想である。
 この3人は同じ自民党の国会議員でも、安倍前首相や管首相とはまったく異なる態度で応じていた。沖縄を特別扱いしろと要求しているわけではない。人間としてごく普通の感覚で接して欲しいのだ。安倍前首相や管首相はあまりにも配慮がなさすぎるし、沖縄をまだ虐め足りないのかと思えるほどである。
 菅首相の話題の新著『政治家の覚悟』(文春新書)には、部下の官僚たちを恫喝して自分の意向に従わせたことを得意げに語るシーンが散見するほか、記者から権力について問われ、権力を行使するのは重みではなく「快感」だと答えているという(プチ鹿島「話題の総理本『政治家の覚悟』をプチ鹿島が読んでみた」〈「文春オンライン」2020年10月27日付〉)。菅首相は、この「快感」を求めて政治家を続けてきたのであろうか。 
 辺見庸氏は「首相の特高顔が怖い」と記していた。「で、執念深い。今まで(の首相が)踏み越えなかったところを踏み越える気がする。総合的な品格に裏付けされたインテリジェンスを持っていない人間の怖さだね」とも(『毎日新聞』同年10月28日付夕刊)。菅首相をそばで支えているのが杉田和博官房副長官、北村滋国家安全保障局長兼内閣特別顧問だが、どちらも警察官僚出身である。杉田官房副長官は翁長知事との協議にも同席していた。
 
 辺野古新基地建設工事は海底地盤の問題もあって、完成の見込みもないまま延々と続けられる可能性がある。そのあいだ大手ゼネコンには税金が流れつづけることになる。
 沖縄には辺野古以外にも大きな問題が降りかかってきている。『琉球新報』(2019年10月3日付)がロシア大統領府発として、昨年8月の中距離核戦力廃棄(INF)条約破棄にともない、アメリカには今後2年以内に中距離新弾道ミサイルを沖縄を含む日本全土に大量に配備する計画があることを報じた。琉球新報の取材に対してロシア大統領府関係者が、米政府関係者から水面下で伝えられたという。
 そして今年の10月中旬、夜の報道番組に出演した小谷哲男氏(明海大学教授、国際関係論)がより詳細な情報をリークしたことを、ブログ『世に倦む日日』(2020年10月16日付)が解説している。
 それによると、在日米軍基地ではなく沖縄県先島諸島の自衛隊基地に配備される計画で、標的は中国本土。JAXAが開発したイプシロンをベースにした新型ミサイルが、日本側の経費で日米共同開発される。統帥権(発射権限)はアメリカ側で、基地の設置、管理、保全などの下請け業務は日本側ということになる。
 しかもその新型ミサイルは中距離核ミサイルだ。INFは、Intermediate-range Nuclear Forces で「中距離核戦力」の略称だが、日本で報道されるときには「中距離ミサイル」と、「Nuclear=核」が隠されてしまっているのだ。
 アメリカにバイデン新大統領が誕生したとしても、辺野古の新基地計画も中国への対応にも大きな変更はないように思う。国防長官に名前があがっているミシェル・フロノイ氏は、もともと辺野古肯定派である。

 日本政府は「奄美大島、徳之島、沖縄県北部および西表島」(鹿児島、沖縄両県)をユネスコの世界自然遺産に推薦している。今年6月に中国で開催の世界遺産委員会で登録審査の予定だったが新型コロナウイルスの影響で延期されていた。それが来年6月に開催される方向だという(「共同通信」同年10月24日付)。
 これは日本政府の抱える大きな矛盾である。政府が推薦している地域には自衛隊基地、米軍基地があり、さらに美しい海を埋め立てて新基地をも建設中である。世界自然遺産と軍事基地が馴染まないことくらい、誰でも理解できるはずだ。日本政府のなすべきことは、少なくとも現在以上に軍事基地を強化しないことであり、辺野古の海の埋め立て工事即座中止である。さらに米軍基地を含め、軍事基地の縮小であり撤去である。いや、そんなことを菅政権に望んでも無駄であろう。登録申請など、さっさと撤回するように思えてならない。世界自然遺産などに重きをおいていないように思えてならないのだ。
 いずれにしろ、沖縄を含む日本列島を基地だらけの島にすることだけは避けなければならないのだが、決定打がなく暗中模索の状態が続いている。

 安倍前首相や菅首相、麻生副首相のような人物にはさっさと政治家を降りてもらいたいところだが、また選挙があれば、当然のように当選してくる。つまり有権者に帰結する問題である。9月中旬、自民党総裁選直前に菅氏の支持率が50.2%でトップになったとき、前川喜平氏は「日本国民は無知蒙昧の民か」と書いていたが、まさに然り。それどころか、自民党総裁就任直後には支持率が70%を超えた。
 誰かがちょっときっかけをつくれば、空気は簡単につくられ、みんな「空気」を読み、「空気」に乗る者さえ現れる。「『空気』は簡単にできてしまう」と、どなたかがツイッターで呟いていた。さて、どうしたものだろう。 (2020/11)  


<2020.11.11> 

国会で所信表明を行う菅首相(首相官邸ツイッター〈10月26日付〉より)

いま、思うこと

第1〜10回LinkIcon 
 第1回:反原発メモ
 第2回:壊れゆくもの
 第3回:おしりの気持ち。
 第4回:ミスター・ボージャングル Mr.Bojangles
 第5回:病、そして生きること
 第6回:沖縄を思う
 第7回:原発ゼロは可能か?
 第8回:ぼくの日本国憲法メモ ①
 第9回:2013年7月4日、JR福島駅駅前広場にて
 第10回:ぼくの日本国憲法メモ ②

  
第11〜20回LinkIcon
 第11回:福島第一原発、高濃度汚染水流出をめぐって
 第12回:黎明期の近代オリンピック
 第13回:お沖縄県国頭郡東村高江
 第14回:戦争のつくりかた
 第15回:靖国参拝をめぐって
 第16回:東京都知事選挙、脱原発派の分裂
 第17回:沖縄の闘い

 第18回:あの日から3年過ぎて
 第19回:東京は本当に安全か?
 第20回:奮闘する名護市長

第21〜30回
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 第21回:民主主義が生きる小さな町
 第22回:書き換えられる歴史
 第23回:「ねじれ」解消の果てに
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 第25回:鎮霊社のこと
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 第27回:あの「トモダチ」は、いま
 第28回:翁長知事、承認撤回宣言を!
 第29回:「みっともない憲法」を守る
 第30回:沖縄よどこへ行く
  
第31〜40回LinkIcon
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 第45回:バーニー・サンダース氏の闘い 
 第46回:『帰ってきたヒトラー』
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工藤茂(くどう・しげる)

1952年秋田県生まれ。
フリーランス編集者。
15歳より50歳ごろまで、山登りに親しむ。ときおりインターネットサイト「三好まき子の山の文庫」に執筆しているが、このところサボり気味。

工藤茂さんの<ある日の「山日記」から>が読めます。LinkIcon