いま、思うこと〜提言・直言・雑感〜 工藤茂

第63回:沖縄と基地の島グアム

 昨年から年明けにかけて、沖縄県内では在日米軍のヘリコプターの不時着をはじめ、米軍関連の事故が相次いで起きた。昨年10月には東村の牧草地にCH53E大型輸送ヘリが不時着、炎上。新年6日にはUH1多用途ヘリがうるま市伊計島の東海岸に不時着、8日にはAH1攻撃ヘリが読谷村の廃棄物処分場に不時着した。ほかにもヘリコプターの部品や窓枠などの落下事故もあった。
 日本政府も米軍に対して抗議らしいことはしていて、在沖米軍トップのニコルソン中将も「大変申し訳ない」と珍しく早々に謝罪した。しかし、それ以上のことはない。米軍の活動は即座に元に戻り、約束などお構いなく学校上空も飛びつづける。米軍基地があるかぎり、いずれ民家や学校などに落ちることも覚悟しなくてはならない。
 日本政府には、沖縄県民の痛みを軽減すべく米軍基地の撤去、あるいは本土への移転などといった交渉をやるつもりはないし、日米地位協定の大幅な改定さえも持ちかける動きはみられない。すべて沖縄に押しつけて済ませようとしているようだ。金で決着させたいのが本音であろう。
 翁長雄志[たけし]沖縄県知事は「県民が日常的に危険にさらされても抗議もできない。日本政府は当事者能力がない」と日本政府を批判するが、暖簾に腕押しだ。

 ささやかだが負担軽減と思える計画もないではない。沖縄に展開している海兵隊1万9.000名のうち約9,000名とその家族を、2020年代よりグアムやハワイに移転させる予定だ。日本はその費用として28億ドル(約3,100億円)を負担する。日米両国政府はこの移転と普天間基地移設とは切り離してすすめると発表している(防衛省HP、2017年12月25日更新)。
 海兵隊は上陸作戦や特殊作戦などを担当する部隊で、陸軍・海軍・空軍・沿岸警備隊とあわせてアメリカ合衆国軍を構成する5軍といわれる(沿岸警備隊をのぞいて「4軍」といわれることもある)。
 戦前のグアムはスペインからアメリカの植民地となり、戦時中の数年間は旧日本軍による統治下にあった。その後わずか数年でアメリカに奪還され、日本への爆撃拠点とされた。ベトナム戦争の際も北爆の爆撃拠点となったほか、アメリカにとってはその後も重要な軍事基地のひとつとなっている。
 グアムは人気の観光地であると同時に米軍基地の島であって、日本の淡路島ほどの大きさだが、軍用地はその3分の1を占め、アメリカのアジア戦略の基軸として重要な島である。いまこの瞬間も、北朝鮮とグアムで互いに睨み合っているのではなかろうか。数年後に沖縄のキャンプ・フォスターにある司令部とともに海兵隊が移転してくると同時に、実弾射撃訓練場の設置計画もあって、軍用地は2分の1近くまでに増大することになる。
 グアムはアメリカの準州となっているが、先住民族のチャモロ人の割合が多く、ついでフィリピン人やミクロネシア、アジアのひとびとからなる。アメリカ合衆国の市民権は認められながらも、大統領選挙の投票権は認められず、選出された合衆国下院議員も本会議の議決権はない。防衛権は全面的にアメリカがもち、軍用地の収用も一方的に行われている。

 この1月12日、翁長知事はグアムを訪問し、エディ・カルボ知事と会談した。カルボ知事は辺野古新基地建設に反対の立場の翁長知事に理解を示し、「グアムにも美しい海がある。負担軽減とは言え、そのように埋めたてることは私たちとしても理解しにくい」と述べた。さらに「米国民として沖縄の負担軽減に応えたい。1日も早く(海兵隊を)受け入れたい」とも応じた。なお翁長知事は、普天間飛行場の移設先としてグアムを検討していることは否定している(『琉球新報』電子版2018年1月13日付)。
 複雑な思いでこの報道に目を通した。沖縄にとっては米軍や米兵による事件や事故が減ることは期待できるが、それはわずかなものだろう。それに引き替えグアム側の負担増はあまりにも大きすぎると思ったが、これは日米間の問題ではなかった。世界規模での米軍の配置を再検討する米軍再編にともなっての海兵隊の移転であり、カルボ知事の歓迎発言もアメリカ側を代表してのもののようだ。

 昨年の夏、ネット上で「グアムからアメリカへの公開状」という記事を読んだ。『Boston Review』誌に掲載された記事の訳文である。執筆者はビクトリア・ロラ・M・レオン・ゲレロ氏という。グアム大学新聞の編集長で、グアム大学、サザンハイスクールなどで教えるかたわら、グアムの軍事化、チャモロの独立などをテーマにした執筆活動や映画制作を行っている。
 公開状は「親愛なるアメリカのみなさん」という呼びかけに続き、北朝鮮の核ミサイル問題によって、アメリカ本土のひとびとがグアムでなにが起きているかを気に留めてくれるようになってうれしいと、皮肉たっぷりに始まる。以下、簡単に要約しておく。
 「グアムには、あなた方からの独立を望むひとびともいれば、爆撃の恐怖からより軍備強化を望むひとびともいる。そういう爆撃をめぐるすべての問題の原因となっているのがあなた方だ。
 第二次世界大戦当時、日本がグアムを侵略することを知りながら私たちを無防備のまま見捨て、私たちを守るためにはなにもしてくれなかった。また戦後あなた方が戻ってきたときには爆弾で私たちの土地を荒れ野にしたうえ、巨大な基地建設のために追い立て、多くの家族が土地や家を失った。そしてグアムのひとびとはアメリカ軍に勤務し、あなた方の自由のために命を失った。あなた方が近隣の島で爆弾の実験を行ったとき、私たちは死の灰のなかで息をし、汚染された海から獲れた魚を食べてきた。
 私たちは一度も同意したこともなく、意に反して犠牲にされてきた。神聖な先祖伝来の土地に入ることもできず、いま豊かな森とそこに住む生物たちが射撃場のために破壊されようとしている。
 あなた方がとんでもない時間に家の上空に爆撃機を飛行させるような環境のなかで、私は小さな子どもたちを育てている。私は子どもたちにここで育ってほしいと願っている。この島は私たちの島で、あなたたちの島ではない。私の家族が平和に暮らせると信じて、安心して眠れることを望んでいる。どうか爆撃について語ることをやめて、なぜグアムが2017年のいまもあなた方の植民地なのか自問してください」

  これがグアム住民の本心であろう。沖縄も、旧日本軍に捨て石にされて島は荒廃し、戦後は米軍に土地を奪われ占領状態におかれたままだが、グアムは沖縄以上に劣悪な境遇のようだ。ここ10年、グアムでも反基地、脱植民地運動が大きく育ってきて、昨年8月には、グアムの中心部でアメリカからの独立を求める100人規模のデモが行われている。人口17万人のグアムでこれだけ集まるのは異例だという。さらにアメリカとの関係を議論するグアム政府の特別委員会では、独立をふくむ今後のグアムのあり方を問う住民投票について議論しているという(『毎日新聞』電子版2017年8月22日付)。
 世界規模の米軍再編の一環とはいっても、やはり沖縄のひとびとはグアムを心配していた。「やんばる東村高江の現状」のサイトから、ヘリパッドいらない住民の会一同による「グアム議会へ 高江からの手紙」(2017年10月10日付)の末尾部分を記す。
 「沖縄県民もグアムの人たちも、米軍基地があることによって、普通に安心して暮らすことができません。軍隊は女性も住民も兵士自身も守らない。それは同時に人権が全く守られず、無視され、『人』として扱われていないということです。私たちの『人』として生きる権利を奪うことは誰にもできません。私たちは私たちの人権と豊かな自然を守るために、グアムの実弾射撃場の整備に強く反対すると同時に、沖縄、グアムにある全ての米軍基地の撤去を強く求めます」

 辺野古に関しては最近明るい話題が少ないが、まだ引き返せないほどには工事はすすんでいないこと、そしてアメリカの保守系シンクタンクの上級研究員で在沖海兵隊の本国への撤退を唱えているダグ・バンドー氏が辺野古を訪れ、「人々が『絶対(新基地建設を)止める』という強い意志を持っていてすごい」と語ったことを報じる記事(『東京新聞』2018年1月16日付)を読んでホッとした。
 今年沖縄県では、2月4日の名護市長選挙をはじめ、11月には知事選挙が行われる。どちらも現職継続を祈る。少なくとも現職の稲嶺名護市長は、市長権限で新基地建設工事への土地使用に制限をかけてくれている。もし自民党系の市長が誕生すれば、そういった制限は取り払われてしまう。翁長知事も自民党から排除されながらも「辺野古阻止」を掲げて努力してくれている。沖縄の選挙を見守らなくてはならないが、グアムのことも忘れないようにしたい。  (2018/01)


<2018.1.19>

辺野古の現状報告を行う抗議船船長、北上田毅氏(王子・北とぴあ、2017/09/27)<写真提供・筆者/以下同>

報告会でのパワーポイント画面より

いま、思うこと

第1〜10回LinkIcon 
 第1回:反原発メモ
 第2回:壊れゆくもの
 第3回:おしりの気持ち。
 第4回:ミスター・ボージャングル Mr.Bojangles
 第5回:病、そして生きること
 第6回:沖縄を思う
 第7回:原発ゼロは可能か?
 第8回:ぼくの日本国憲法メモ ①
 第9回:2013年7月4日、JR福島駅駅前広場にて
 第10回:ぼくの日本国憲法メモ ②



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 第11回:福島第一原発、高濃度汚染水流出をめぐって
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 第13回:お沖縄県国頭郡東村高江
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 第15回:靖国参拝をめぐって
 第16回:東京都知事選挙、脱原発派の分裂
 第17回:沖縄の闘い

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 第19回:東京は本当に安全か?
 第20回:奮闘する名護市長

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工藤茂(くどう・しげる)

1952年秋田県生まれ。
フリーランス編集者。
15歳より50歳ごろまで、山登りに親しむ。ときおりインターネットサイト「三好まき子の山の文庫」に執筆しているが、このところサボり気味。

工藤茂さんの<ある日の「山日記」から>が読めます。LinkIcon