いま、思うこと〜提言・直言・雑感〜 工藤茂

第132回:ウクライナ支援疲れ

 昨年2月から始まったロシアによるウクライナ侵攻は、1年半を過ぎたいまも終息しない。ウクライナ側も今年6月から反転攻勢に転じたが、必ずしも思ったとおりには進んでいない。それに長く続く戦争状態が当たり前となり、ウクライナの存在が次第に忘れ去られる可能性もある。恐らくゼレンスキー大統領には相当焦りがある。
 昨年9月に行われた国連総会でのゼレンスキー大統領のビデオ演説は、スタンディングオベーションで迎えられた熱狂的なものだった。今年9月20日(日本時間)、彼は国連総会の演壇に初めて立ち、ロシアを非難したうえで団結と行動を訴えたが、空席が目立ち反応も冷ややかで、もはや昨年の熱気は感じられなかった。
 今年の総会ではプーチン大統領や習近平国家主席の欠席は早くから伝えられ、フランスのマクロン大統領もイギリスのスナク首相も姿を見せなかった。安保理のメンバー5カ国からの出席はバイデン大統領のみ、G7首脳はバイデン大統領と岸田文雄首相だけという寂しさである。
 他方「グローバルサウス」と呼ばれる新興国・途上国の代表格、ブラジルのルラ大統領は「和平を達成することの難しさを過小評価するつもりはない。だが、対話に基づかない解決策はいつまでも続かない」と、和平交渉の開始を強調した(『毎日新聞』2023年9月20日付)。
 こうした「グローバルサウス」の国々にとってウクライナ支援どころではない。直面する貧困や飢餓、自分たちこそ支援を欲しているのだ。一部の国々からは「ロシアが現在支配しているウクライナの領土を明け渡すことで手を打って、即時停戦すべき」という声もあがっている(「NHK キャッチ!世界のトップニュース」同年9月21日付)。
 
 9月30日、ウクライナの隣国スロバキア総選挙において、ウクライナへの軍事支援停止を訴える左派政党「スメル」が第1党に躍進した。10月15日に総選挙をひかえているポーランドでは9月、ウクライナ産穀物輸入規制をゼレンスキー大統領が批判したことから軍事支援の停止を表明した。安価なウクライナ産穀物の輸入で国内農業が打撃を受けることを避けるために実施された措置で、スロバキア、ハンガリーも同様の規制に入っている。ドイツでも、ウクライナ支援継続に懐疑的な「ドイツのための選択肢」という極右政党の発言力が増している。これらを報じる『東京新聞』(同年10月3日付)の見出しは「ウクライナ支援疲れ鮮明」である。
 折も折、最大の支援国アメリカ議会では下院議長解任という混乱で、審議途中のウクライナ支援予算案の行方が案じられる有様だ。議会が追加資金を承認しなければ、ウクライナへの支援はあと2カ月で底を突くという。
 まさに「ウクライナ支援疲れ」顕著である。けっしてロシアを擁護してるわけではなく、世界は一日も早い停戦を求めているのだ。
 
 アメリカのバイデン大統領は10月3日夜(日本時間)、こうした事態を打開すべくG7やポーランド、ルーマニアの首脳らに電話会談を呼びかけ、ウクライナ支援で結束していくことが確認された。同時に岸田文雄首相は来年初め、日本でウクライナ復興支援会議の開催を約束したという。
 この電話会談について天木直人氏は、自身のメルマガ「ゼレンスキーのウクライナに食い物にされる岸田の日本」(同年10月4日付)に次のように記した。
 「バイデン大統領が呼びかけた昨日の夜の日米欧首脳会談とは、日本にウクライナ支援の強化を迫るものだった。(中略)そしてバイデン大統領に命じられるまでもなく、岸田首相はやる気満々だ」
 さらに上川陽子外相の、ウクライナ復興支援会議についての「停戦を待つことなく、人道支援や復旧支援を行うことが必要だ」というインタビューを紹介したうえで、次のように記している。
 「これからますます戦争で破壊されるウクライナを支援することは、ドブに金を捨てるようなものだ」
 以下、天木氏の論を要約して紹介したい。
 すべてはロシアがウクライナ侵攻を始めたときの岸田首相の判断に起因する。あのときゼレンスキー大統領に拍手喝采せずに、まず停戦だと言っていたら、世界の多くの国のように、米露の対立に巻き込まれることにはならなかった。それが憲法9条をもつ本来の日本のとるべき外交だった。自国民の生き残りが第一と、各国がウクライナ戦争から距離をおきはじめているなかで、ひとり日本だけがウクライナ支援の先頭に立とうとしている。
 
 少々話題が逸れる。10月7日、パレスチナ自治区のガザ地区を実効支配するハマスがイスラエルに大規模な奇襲攻撃を仕掛け、イスラエルからの報復攻撃の被害を合わせると、双方の死者1,600人近くに及ぶという。こちらはウクライナ戦争どころではない。1948年のイスラエル建国から続く根の深い闘いだ。
 パレスチナのひとびとの地を占領して建国したのがイスラエルである。今回攻撃したハマスは被侵略者側である。ガザ地区はイスラエルによる壁やフェンスで封じ込められ、電気や水道などのインフラもイスラエルのコントロール下にあり、生活の自由もなかった。ハマスによる反撃と呼ぶのが正しいはずだ。
 これまでもイスラエルとパレスチナの軍事衝突は何度も起きていて、パレスチナはほとんど一方的に攻撃される側で、10対1くらいの割合でパレスチナ側の被害が大きかった。軍事力が圧倒的優位にあるイスラエルはそうして占領地域を拡大していったのである。そのイスラエルをアメリカや西側諸国が支持し、パレスチナは見捨てられ、我が国も安倍晋三政権以降、占領者イスラエルに急接近している。
 今回の攻撃は、そんなイスラエルに対する積年の反発という単純なものかどうかはわからない。ただ、これは残虐なテロだ、民間人まで殺傷し拉致しているという。イスラエルにも非はなかったわけではないが、今回のハマスの行動は到底許されるものではない。およそそのような報道である。少なくともハマスは袋叩きにされ、解体される口実を与えてしまった。今年の7月にはイスラエル軍がヨルダン川西岸地区を最大規模の空爆をしていたが、いずれ殲滅されるのであろうか。しかし、それで終わるわけではない。新たな怨嗟を生む。
 ウクライナ戦争にしろパレスチナ紛争にしろ、停戦に向けて最も大きな影響力をもつのはアメリカだが、そのアメリカには解決に向けて動くつもりはない。 (2023/10)


<2023.10.10> 

バイデン、プーチン両大統領の首脳会談(2021年6月「Wikipedia」より)

いま、思うこと

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工藤茂(くどう・しげる)

1952年秋田県生まれ。
フリーランス編集者。
15歳より50歳ごろまで、山登りに親しむ。ときおりインターネットサイト「三好まき子の山の文庫」に執筆しているが、このところサボり気味。

工藤茂さんの<ある日の「山日記」から>が読めます。LinkIcon