いま、思うこと〜提言・直言・雑感〜 工藤茂

第153回:中東のいじめっ子、世界のいじめっ子

 6月22日(日本時間、以下同)、アメリカのトランプ大統領は、イランの3カ所の核施設を空爆したことを明らかにした。その2日前には、攻撃するかどうか2週間以内に決めると表明していたのだが、まさかの奇襲攻撃だった。
 米軍機による直接攻撃など予想もしなかったが、甘かった。「2週間以内に」という言葉の陰で、トランプ氏は国連憲章や国際法も無視した計画を進めていた。これではロシアのウクライナ侵攻も批判できないだろう。
 それにしてもノーベル平和賞を熱望していたトランプ氏が、ドイツのメルツ首相が言うところの「汚れ仕事」を担ってくれているイスラエルの暴挙に加担するとはどうしたことか。
 
 いくつかの「BBC NEWS JAPAN」の記事やその他の記事に目を通し、それまでの流れを整理してみた。
 「イラン核合意」があった。2015年7月、国連安保理常任理事国にドイツを加えた6カ国とイランとの間で結んだ合意で、イランの核開発を大幅に制限する見返りに、それまで科していた経済制裁を解除するというものだった。
 核合意成立ののち、イランはIAEA(国際原子力機関)の最も厳しい査察・監視のもとにおかれ、研究開発活動も制限されるなど、核兵器を入手するための経路はすべて絶たれた状態となった。
 ところがトランプ政権1期目の2018年、アメリカは合意から一方的に離脱、経済制裁を再発動させた。現代イスラム研究センター理事長宮田律氏は、その際のトランプ氏の言い分を「まるでヤクザの言いがかり」と表現している(「長周新聞」2025年7月1日付)。
 さすがにイランは反発しウランの濃縮度を上げたが、それでも民生用の範囲内だった。ただ、イスラエルのネタニヤフ首相はそれすらも脅威だったのだ。
 トランプ政権2期目の2025年4月、ネタニヤフ氏はトランプ氏にイラン攻撃を持ちかけるが、アメリカはイランと平和的に核開発協議に入った。ところが2日後に6回目の協議を控えていた6月13日、イスラエルは突如としてイランの核関連施設を攻撃、予定されていた協議は頓挫する。その前日、トランプ氏はネタニヤフ氏に交渉継続中は攻撃しないように伝えていたというが、無視された形だ。
 イスラエルが標的としたのは首都テヘランの軍や政府機関、核関連施設などで、イラン革命防衛隊幹部や著名な科学者たちが犠牲となった。イランも即時にカタールの米軍基地へ報復攻撃を行ったが、自制的なものだった。
 「イランは、9つの原子爆弾に充分な高濃縮ウランを生産した」──イラン攻撃にあたってネタニヤフ氏はこう主張したが、根拠の希薄なものだった。イランは昨年だけでもIAEAの査察を24回も受けており、最新報告書でも核兵器化の兆候がなかったことが確認されていた。
 
 アメリカによるイラン攻撃は、このような状況下で行われたのである。
 IAEAの発表など取るに足らないことのように、ミズーリ州のホワイトマン空軍基地を飛び立ったB-2戦略爆撃機7機によって、イラン空爆は行われた。直後のトランプ氏の発言を、「BBC NEWS JAPAN」(同年6月23日付)から拾ってみた。
 「イランの主要な核濃縮施設は、完全かつ徹底的に抹消された。我々の目的はイランの核能力の破壊だった」
 さらにイランの核開発について、「これを許さないと、ずっと前に決めていた。過去10年間一貫して自分はこの立場をとってきた」
 「これはアメリカ合衆国とイスラエルと世界にとって、歴史的な瞬間だ。イランは今や、この戦争終結に合意しなくてはならない」
 アメリカの複数の専門家によれば、イランの核施設のうちフォルド核濃縮施設は地中100メートルに埋設され、強化コンクリートで保護されているといわれている。圧倒的に優位にあったイスラエルでも、その施設を破壊する兵器はもっていなかったという。
 これがアメリカが直接攻撃に加わった大きな理由のようだ。即座にネタニヤフ氏は「大胆な決断」と称賛し、トランプ氏への感謝を表明した。ただ、トランプ氏のいきり立った発言のような被害は与えられなかったようだ。
 空爆直後には、イランの核開発計画を数カ月後退させただけにすぎないとする国防省の国防情報局(DIA)による初期評価が流出し、トランプ氏が激怒したという。同じく空爆直後、IAEAはイランの地下核施設の周囲には放射線量の変化がないことを公表したが、6月28日のラファエル・グロッシ事務局長の会見でも同様だった(「BBC NEWS JAPAN」同年6月30日付)。
 「率直にいって、(核施設の)すべてが消滅し、何も残っていないとはいえない。数カ月以内に複数の遠心分離機を稼働させ、濃縮ウランを生産できる可能性がある」
 
 筑波大学名誉教授の遠藤誉氏は、イラン攻撃になかなか乗ってこないトランプ氏に対し、アメリカの力を借りたいネタニヤフ氏が「捨て身の芝居」を打って引きずり込んだという見方をしているが、いずれにしろネタニヤフ、トランプ両氏とも、不正確な情報であおって世界中を振り回していることに間違いなさそうだ。
 今のところ、イスラエルとイランは停戦合意で一段落し、アメリカとイランの核協議の再開も模索されているようだ。
 イスラエルは核兵器を保有しながら中東地域では唯一のNPT(核兵器不拡散条約)非加盟国であり、IAEAの査察も受け入れていない。そういう国が核兵器をもたないNPT加盟国であるイランへ先制攻撃を仕掛けた。ヨーロッパ諸国はイランの自制を求めるばかりで、イスラエルの核保有を問題にすることもなく、イスラエルやアメリカによる攻撃を非難することもない。
 イランのアッバス・アラグチ外相は次のように述べている。
 「このアメリカによる明白な侵略に対する(国連や国際社会の)沈黙が、世界を前例のない危機にさらすことを強調する」
 さらに宮田氏の見解である。
 「第二次大戦後の国際規範は、国連の創設、人権の普遍的な尊重、自由貿易の促進、そして国際人道法の発展によって特徴づけられるが、ネタニヤフのイスラエルと、トランプのアメリカは、これらの国際規範をことごとく踏みにじるようになった」
 トランプ氏は演説で「中東のいじめっ子イラン」といったが、「中東のいじめっ子」は明らかにイスラエルであり、「世界のいじめっ子」はアメリカである。ともに他国の主権、人権などには無頓着でやりたい放題である。
 両国ともこれ以上のイラン攻撃はなそうだが、イスラエルによるパレスチナのガザ地区、レバノン、シリアへの攻撃は継続していて、トランプ氏も強く諌めることはない。ネタニヤフ氏はすでに新たな中東地図を描き終えているという。
 一方、トランプ氏はウクライナへ武器の追加供与を明らかにしたが、費用はヨーロッパ諸国の負担という。この戦争は長期化しアメリカは潤う。そんなアメリカに従ってウクライナ支援を続けている我が国だが、トランプ氏と心中するつもりであろうか。 (2025/07)

 
<2025.7.17> 

イラン空爆に使用されたB-2戦略爆撃機(「Wikipedia」より)

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工藤茂(くどう・しげる)

1952年秋田県生まれ。
フリーランス編集者。
15歳より50歳ごろまで、山登りに親しむ。ときおりインターネットサイト「三好まき子の山の文庫」に執筆しているが、このところサボり気味。

工藤茂さんの<ある日の「山日記」から>が読めます。LinkIcon