いま、思うこと〜提言・直言・雑感〜 工藤茂
第154回:台湾有事のいま
7月27日、自衛隊と米軍で昨年2月に実施された「台湾有事」を想定した机上演習の報道があった。その最高レベルという机上演習において、自衛隊側から米軍に対して「核の脅し」で中国へ対抗するように求め、米軍はそれに応じていたことが明らかになったという。反発は必至で、「核兵器をなくす日本キャンペーン」や日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)が日米両政府に抗議したという内容だった(『東京新聞』2025年7月29日付)。
ここ数年何かと台湾有事と騒がしいが、中国が台湾に侵攻し軍事的に統一することを指している。中国が提唱する「一つの中国」は、表面上多くの国に認められてはいるものの、現実には台湾も独自に外交を行っていて、習近平共産党総書記(国家主席)にとっては、それを放置しておくわけにはいかない。台湾統一は、習首席の宿願なのである。
そんな台湾有事を想定して、すでに日米合同の机上演習どころか、実戦演習まで行われ、核の使用まで想定されている。台湾有事については、小欄でも2022年10月に取り上げているが、その後の状況についてまとめてみたい。
3年前の拙稿では触れていなかったが、台湾有事の発端は、2021年3月9日(現地時間)のアメリカ上院軍事委員会までさかのぼる。当時退任を控えていた米軍インド太平洋軍司令官フィリッップ・デービッドソン氏が、今後6年以内に中国が台湾を侵攻する可能性があると証言。さらに同23日、次期司令官に指名されたジョン・アキリーノ氏が、それは大方の予想よりもずっと近いと念を押したことから始まる。バイデン政権がスタートして2カ月ほどが過ぎたばかりのことである。
デービッドソン氏はその後の会見で、6年後にあたる2027年について、習主席の3期目の任期が終わり4期目を窺う政治的な節目であることを指摘している。別の記事によれば、中国軍創立100周年も同年にあたるともいう。
台湾は距離的にも近く、在日米軍基地のある我が国は確実に当事国になりうる。在日米軍が動けば自衛隊も動く。深刻な事態になりうる可能性があるため、当時は連日大きく報道された。
上院軍事委員会での証言から3年たった2024年3月、アキリーノ氏は下院軍事委員会で「中国軍は台湾に侵攻する準備を27年までに完了する」という見方を示し、事態は何も変わっていないことを明らかにしている。いまは25年夏、27年暮れまであと2年半である。
想定に変化はないとはいえ、昨年5月、台湾総統に頼清徳氏が就任。頼氏は前総統の蔡英文氏と同じ民進党政権で大きな変化はみられない。ただ柔和な雰囲気とは異なり、みずから「台湾独立主義者」を名乗る強硬な一面があり、今年3月「大陸は域外の敵対的勢力」と発言し、中国当局との対立を深めたこともあった。
他方アメリカでは、トランプ大統領就任で台湾有事に対するアメリカの対応が不透明になってきたという見方があったが、それを打ち消す動きもあった。
5月31日(現地時間)、アメリカのヘグセス国防長官はシンガポールで開催されたアジア安全保障会議で演説し、東シナ海・南シナ海で軍事活動を活発化させている中国を名指しで非難したうえ、中国による台湾侵攻の脅威は差し迫っていると強い危機感を示すとともに、同盟国に防衛費増額を求めた(「TBS NEWS DIG」同年5月31日付)。
7月12日(現地時間)、アメリカ国防総省は日本とオーストラリアの防衛当局に対し、台湾有事で米中が軍事衝突した際にどのような役割を担うか明確化するように求めた(『東京新聞』同年7月13日付)。
バイデン政権時代と何も変わりがないようだが、アメリカの歴代政権は台湾有事に関して軍事介入を明言しない「曖昧戦略」をとっていて、トランプ大統領自身はそれに従っているという。
ここで、おやっと思うようなことが起きた。台湾の頼総統が8月に予定している中南米訪問のついでにニューヨークへの立ち寄りを、トランプ政権が不許可とした。中国側からの抗議に配慮したようだが、不思議なことに、台湾側は外遊自体を取りやめにしてしまったのである。
これについて、筑波大学名誉教授の遠藤誉氏は「トランプがいかに習近平を重んじているか(相対的にいかに台湾を軽んじているか)の証しであり、またトランプ周辺の対中強硬派とのバランスものぞかせる」とみるとともに、台湾メディアはすでに頼総統が8月に「パラグアイ、グアテマラ、ベリーズに行き、ニューヨークとダラスを経由する予定」と報道済みだったという(「エキスパート・Yahooニュース」同年7月31日付)。
トランプ氏は「私は習近平が好きだ! これまでもずーっと好きだった」と公言してきたうえ、米中貿易では中国には圧倒的に敵わず、中国製品や中国のレアアースなしでは武器さえ製造できないアメリカである。習首席の機嫌を損ねたくないはずだ。ここにきて台湾は二の次、中国優先モードに入ってきていると、遠藤氏はみる。ただ、トランプ政権はルビオ国務長官はじめ対中強硬論者で固められているので、バランスをとりながら「習近平重視路線」を続けるだろうともいう。
納得できる見方だと思うが、トランプ氏が大統領から退いたあと、そして政権が民主党へと移行した場合はこの限りではなくなる。もっとも、そのときには習首席もどうなっているかは読めないのだが。
5月23日、参議院議員会館にて、コロンビア大学のジェフリー・サックス教授による国会議員向けのオンライン講演会が開催された。サックス教授は歴代国連事務総長の特別顧問を務め、現在はアメリカ、コロンビア大学で持続可能な開発センター所長を務める。1980〜90年代にかけてポーランド政府顧問、ソ連のゴルバチョフ、ロシアのエリツィン大統領の経済顧問も務めてきた人物だ。
「長周新聞」(同年5月31日付)掲載の、その講演の長文の文字起こしから、台湾に関する部分を引用する。
「台湾にとって最大のリスクは、中国ではなくアメリカだ。もしアメリカが台湾に介入し続け、台湾が独立を宣言したら、戦争、それも恐ろしい戦争になる。私たちが今すべき主なことは、台湾に独立宣言をしないよう伝えることであり、中国にすべき主なことは、台湾に対して軍事行動をとらないように伝えることだ。そして、アメリカにすべき主なことは、台湾に武器を与えるなということだ。なぜならそれは、ウクライナへの武器供与がロシアへの挑発行為であったように、中国に対する紛れもない挑発行為だからだ。(中略)台湾に対しては、アメリカ主導の関与は戦争のリスクを高める。だからこそ北東アジア諸国による直接外交(中国、韓国、日本の平和的結束)を強く求めたい」
今年の3月、アメリカのルビオ国務長官はFОXニュースのインタビューで、ウクライナ戦争はアメリカとロシアの代理戦争と認めた。強いロシア、強い中国をアメリカは許してはおけない。引用部分ではないが、先のサックス教授の講演にもあるのだが、何年もかけて周到にロシアを追い詰めていったのだ。アメリカは戦争の仕掛け人である。もう何年も前から台湾有事を仕掛けるべく準備はすすめられているという情報もある。覚悟は必要なのかもしれない。(2025/08)
<2025.8.19>
中華民国総統府HP