いま、思うこと〜提言・直言・雑感〜 工藤茂
第155回:洋上風力発電の行方
三菱商事は8月27日、秋田・千葉県沖で進めてきた洋上風力発電所建設計画から、採算を理由に撤退を発表した。撤退を決定したのは「秋田県由利本荘市沖」「秋田県能代市、三種町および男鹿市沖」「千葉県銚子市沖」の3海域で、2021年12月の政府公募事業で三菱商事は圧倒的な低価格で総取り落札し、ライバル企業の反発を招いた経緯もあった。国は制度の見直しを含めた事業環境の整備を進めながら、すみやかな再公募を目指すという(『東京新聞』2025年8月28日付)。
ぼくは由利本荘市となる前の旧本荘市で生まれ育ち、夏は毎日のように海に通って過ごしたものだ。この話は他人事ではなく、まずはホッとしたところだ。
この三菱商事の事業は「秋田由利本荘オフショアウィンド合同会社」「秋田能代三種・男鹿オフショアウィンド合同会社」「千葉県銚子オフショアウィンド合同会社」が担い、すべて別会社である。秋田県の2社の所在地は秋田市の同一住所、千葉県は銚子市。出資者は三菱商事洋上風力株式会社、株式会社シーテック、三菱商事株式会社で3社とも共通だが、「秋田由利本荘」のみ地元風力発電企業の株式会社ウェンティ・ジャパンが加わっている。シーテックは中部電力グループの企業である。
秋田県内では他の2企業連合による「八峰町・能代市沖」「男鹿市・潟上市・秋田市沖」の洋上風力発電所計画が進行中だが、こちらは計画どおりに進めるとのことで、4海域のうち2海域が撤退ということになった(『秋田魁新報 電子版』同年9月4日付)。
これら着床式洋上風力発電とは別に浮体式洋上風力発電所の計画もあって、経済産業省は実証事業を担う事業者に丸紅系の企業連合による「秋田県由利本荘市、にかほ市沖」と、中部電力系の企業連合の「愛知県田原市、豊橋市沖」を選定した(『日本経済新聞』2024年6月11日付)。これらはすでに事業が始まっているようだ。
7年前になるが、小欄(2018年5月)で秋田県の風力発電所建設計画を取り上げた。海からの風が強い秋田県は風力発電の最適地で、風車の設置基数を1,000基まで増やそうという地元資本による「風の王国プロジェクト」や、「秋田県の巨大風車導入の激しさは尋常ではない」というコメントも紹介した。
例えば由利本荘市内でもよいのだが、車で走れば至るところで風車に出くわす。市内から望む鳥海山の姿は素晴らしいが、車で中腹へ向かえばそこも風車乱立である。男鹿半島の寒風山の展望台から見下ろすと海岸線に沿ってずらりと並んだ風車の姿は壮観で思わず感嘆の声をあげてしまうのだが、これでよいのかと考え込んでしまう。
2023年末の日本風力発電協会のデータによると、全国に設置された2,626基の風車のうち、青森県の387基についで秋田県は325基(うち洋上風力が33基)。1,000基にはほど遠い状況だが、すでに乱立状態なのである。「風の王国プロジェクト」関連の記事も2019年以降見当たらなくなった。風車乱立による景観上の問題から陸上風力発電の限界がみえ、洋上風力発電へと転換が始まっていたのだ。
秋田県の公式サイトを覗いてみる。「全国最多4海域! 洋上風力先進県・秋田の今とこれから」という今年2月20日付の特集ページが設けられていた。やはり陸上風力発電から洋上風力発電へと軌道修正されている。
調べてみると2022年12月〜23年1月にかけて、丸紅を中心とした特別目的会社「秋田洋上風力発電株式会社」による能代港(20基)、秋田港(13基)の2カ所の着床式洋上風力発電所が運転を開始している。これが国内初の大規模商業運転の洋上風力発電所で、それを「洋上風力先進県」と謳ったのである。この「秋田洋上風力発電株式会社」は地元企業7社も含む計13社で構成されている。この事業に続いて2028年〜30年にかけて、撤退した三菱商事の案件を含む4海域の事業の運転開始が期待されていたのだ。
秋田県の風力発電に反対する4団体が共同で立ち上げた「風車はもういらないネットワーク@秋田」は8月30日、三菱商事撤退歓迎の声明を発表している。
三菱商事が計画していた「秋田県由利本荘市沖」の事業は、岸から2キロメートルの沖に65基(計819МW)の着床式風車を、最短風車間800メートルで2列に並べるという大規模なものだ。風車の回転軸の海水面からの高さが140メートル、海水面から海底までの深さ15〜30メートル、ブレードの長さ110メートル(回転直径220メートル)という巨大な風車が65基ずらりと並ぶ。市当局は巨大風車を観光資源と捉え、壮観な光景を求めてやって来る観光客をも待ち望んでいたのだ。
何よりも問題なのが岸から風車までの距離である。「長周新聞」(2021年12月28日付)が紹介している他の国の例では、稼働中のものよりも計画中のほうが岸から遠く設定されている。
稼働中ではイギリス、オランダ20キロメートル、ドイツ40キロメートル、中国10キロメートル以上となっている。計画中ではイギリス80キロメートル、ドイツ60キロメートル。日本のような2キロメートルという例はない。
とくに風力発電の導入が早かったヨーロッパ諸国では、低周波音・超低周波音による耳鳴りや吐き気などの健康被害から早くから反対運動が起きていて規制強化も進んでいる。この低周波音による健康被害は誰にでも起こるわけではなく対応が難しいが、導入したどこの国でも起きていることは確かで、秋田県でもすでに起きていることは前にも紹介した。
ドイツでは5年がかりの裁判で風車を撤去させた例もあり、全国で325基の風車を対象に住民訴訟が起きているという。古くから風車を利用してきたデンマークでは、巨大風車が建てられるようになってから健康被害が起きるようになったという。
オランダでは、着床式洋上風力発電の風車が林立する北海の漁場を仕事場としている漁業者へインタビューしている。風車のポールによって潮の流れが変わったり水流の乱れが起き、土壌の構成にも変化が起きている。ヒラメ類などの海底に棲む魚種が姿を消し、ホタテの稚貝の大量死が起きるなど、風車近くの漁場は完全に死んでしまったという。ただ調査も行われないため原因は解明されていないが、そういう変化が起きているという。日本の事業者は住民向け説明会で、洋上風力のポールが漁礁になると説明しているそうだ。
ドイツ、デンマーク、イギリス、オランダなどの風力発電先進国では「ブームは去った」として、風力発電用資材の在庫処分先に新たな市場を海外に求めている。我が国はそれらを買い求め、陸上風力発電から着床式洋上風力発電、そして浮体式洋上風力発電へと将来の展望を描いているのだ。
日本の環境省は低周波音・超低周波音による健康被害を認めていない。風車騒音は超低周波音ではなく、通常可聴周波数範囲の騒音問題として被害者を切り捨て、事業者は環境省の見解に沿って建設計画を進めているのが現状だ。
三菱商事は、オランダの着床式洋上風力発電やポルトガルの浮体式洋上風力発電に出資参画しているが、今回の撤退はプロペラを用いる風力発電に見切りをつけた結果とも考えられる。代わりに新たな事業者が応募するのであれば、せめて岸から見えないくらい風車までの距離を充分にとることや、低周波音・超低周波音対策を施した新たな風力発電方式で計画を練り直してほしいものだ。 (2025/09)
<2025.9.18>
男鹿半島、寒風山展望台から見下ろした風車群(2019年4月19日)
秋田港洋上風力発電所(秋田洋上風力発電株式会社HPより)
洋上風力発電特集ページ(秋田県公式サイト「美の国あきたネット」より)







































































































