いま、思うこと〜提言・直言・雑感〜 工藤茂
第156回:高市自民党総裁と萩生田副幹事長
去る10月4日、高市早苗氏が自民党総裁に選出されたと思ったら、それから6日後の10日、公明党の斉藤鉄夫代表は高市新総裁との会談で、連立政権からの離脱を表明した。
1999年以来26年間、ともに歩んできた連立政権からの離脱である。大きな衝撃をもって報じられたのも当然で、歴史的に意味のある大きな決断だった。記者会見にのぞむ斉藤氏のさっぱりとした表情を見ていると、公明党支持票が増えそうに思われた。
しかしながら政局は一気に混沌として、誰が総理大臣に収まるのか皆目検討がつかない状況に陥ってしまった。我々庶民としては、何が起こっても不思議ではないくらいの気持ちでいるしかないのだが、高市氏が総理1番手にいることに変わりはない。
高市氏といえば何といっても言論弾圧である。「停波女王」とも呼ばれるらしい。いったいどんなことがあったのか、安倍晋三政権を思い出しながら整理してみようと思った。『東京新聞』デジタル(2023年3月7日付)ほか、川口穣氏(「AERA DIGITAL」2025年10月13日付)、古賀茂明氏(「AERA DIGITAL」同14日付)の署名記事を参考にさせていただいた。
発端は2014年11月18日夜、TBSの報道番組「NEWS23」に、安倍晋三首相(当時)が生出演していたときのことだ。景気回復についての街頭インタビューの映像が流され、賛否両論があったのだが、批判的な意見が圧倒的に多かったためそのバランスが気に入らなかったらしい。
安倍氏は「6割の企業が賃上げしてるはずだ。全然声が反映されていませんが、おかしいじゃありませんか。これは、問題だ」と、不満をあらわにした。
その2日後、自民党は民放各局に対して公平中立な選挙報道を求める要望書を送付した。萩生田光一筆頭副幹事長、福井照報道局長(ともに当時、以下同)の両衆議院議員連名のもので、出演者の発言回数や時間、ゲスト出演者やテーマの選定を公平中立にし、街頭インタビューや資料映像も一方的な意見に偏ることのないことを要求した内容である。
要望書を受け取った放送局は抗議しても不思議ではないはずだが、要望書の存在を隠し、選挙報道を極端に減らして対応したというから驚いた。
その6日後、福井氏よりテレビ朝日「報道ステーション」プロデューサー松原文枝氏個人宛に圧力文書が届いた。同番組の特定の企画放送の内容が放送法4条違反で違法であることを示唆する内容だったという。これはまだ第一段階で、高市氏の登場はこれからである。
放送法第4条では、放送事業者は政治的公平性を確保しなければならないと定められている。その政治的公平性は、その放送局の「番組全体で判断する」というのが政府の公式な解釈とされてきていた。
2015年5月、政府は一方的にその解釈を変更することになる。高市早苗総務相は国会において、「極端な場合は1つの番組でも政治的公平性を判断できる」と、それまでの解釈を改める答弁を行った。
さらに翌2016年2月、「政治的公平性を欠く放送を繰り返し、行政指導をしてもまったく改善されない場合」には、電波停止を命じる可能性もあるという答弁を行い大きく報じられた。
政府側が公平性に問題ありと判断していても、放送事業者が問題なしと判断していれば同レベルでの放送を繰り返すことになり、その段階でいきなり電波停止はないにしても、行政指導が入ることになる。公平性を判断するのはあくまでも政府側である。
これは放送・報道への権力介入、言論弾圧である。最近は海の向こうでトランプ大統領が国防総省への取材規制ルールを設けたが、多くのメディアが署名を拒否し国防総省から引き上げている。今後の動向が気になるところだ。
そして2023年3月、立憲民主党の小西洋之参議院議員が、その解釈変更にいたる経緯を記した行政文書を入手、公開。経済安全保障担当相となっていた高市氏を国会で追求した。
文書は80ページあり、安倍政権下の2014〜15年にかけて、礒崎陽輔首相補佐官が総務省に対して、放送法4条「政治的公平」の新たな解釈を示すよう働きかける経緯が示されていた。うち4ページに、総務相だった高市氏の発言や、安倍首相との電話会談の内容が記されていた。
古賀氏によれば、当時の福井照報道局長、礒崎陽輔首相補佐官、高市総務相らによる放送局への一連の圧力は、すべて萩生田筆頭副幹事長の指示によるもので、同氏は萩生田氏を「大元締め」と呼んでいる。
高市氏は文書について、放送法について安倍氏と打ち合わせやレクをしたことはなく、「捏造文書だと考えている」と述べ、さらに「もし捏造文書でなければ、大臣や議員を辞職するということか」と問われ、「結構ですよ」と応じた。
小西氏の最近のXによれば、部下の官僚によって「悪意をもって捏造の文書を作られた」と、3回にわたって言い放ったともいう(10月3日付)。
しかしながら、その後礒崎氏が自身による働きかけを認めたため、総務省は文書が真正の行政文書であることを認め公表。さらに文書を作成した官僚3人全員は捏造していないことを国会に報告した。高市氏は、それでも自身に関する部分については「怪文書の類」「捏造」と主張、辞職することなく、うやむやのまま現在までいたっている。
高市氏の態度について、小西氏は次のように述べている。以下、完全な引用ではなく、インタビューの内容を筆者の責任でまとめたものである。
「総務省が行政文書と認めた文書を高市氏が『捏造』と主張し続けることは、文書を作成した総務省の官僚たち、かつて自分の部下だった官僚たちを、国家公務員法違反、公文書偽造・同行使という重大な罪を犯した犯罪者と言っているのに等しい。また保身のためにこのような嘘をつくのは人間として卑劣な行為だし、高市氏の人間性についても疑問に思う。
実際『高市さんはホントにひどい』という言葉を、霞が関の何十人という官僚たちから聞いている。高市さんを政治家として信頼して支える官僚はいないんじゃないでしょうか」
高市氏を辞職まで追い込めなかったことについて、小西氏は次のように述べる。
「この一連の質疑の最大の目的は、『1つの番組でも政治的公平性を判断できる』という解釈変更を撤回させることだった。争点としてマスメディアに取り上げてもらうために辞職を迫り、結果的に事実上解釈変更を撤回させることができた。辞職まで追い込めなかったのは、たんに自分の出番が終わっただけで、もっと時間をもらえれば可能だった。あそこまで言っているのだから、普通のひとなら辞めるのでしょうが。
もし総理大臣になるのであれば、捏造発言を撤回し、国会、国民、霞が関のすべての官僚への謝罪がなくては、官僚は誰も高市氏を支えないだろう」
そして、古賀氏は次のような懸念を記している。
「高市氏、萩生田氏が執行部に入った新たな自民党は、安倍政権を超える報道弾圧に向かう可能性が極めて高いと予測されるが、その場合、テレビ局、大手新聞はどういった態度をとるのか。安倍政権のときのように抗議もせず、黙って下を向くのか。これが杞憂に終わればよいのだが」
さて、首班指名選挙(内閣総理大臣指名選挙)は10月21日となったようだ。じっと待つしかないだろう。 (2025/10)
<2025.10.18>
国会議事堂(Wikipediaより)