いま、思うこと〜提言・直言・雑感〜 工藤茂
第157回:中国を挑発し続ける高市首相
10月26日、就任わずか5日目の高市早苗首相は、マレーシアで開催されたASEAN(東南アジア諸国連合)首脳会議へ出席、外交デビューとなった。その後、来日したトランプ大統領との初会談、10月31日からの韓国でのAPEC(アジア太平洋経済協力会議)首脳会議へ出席、李在明[イ・ジェミョン]大統領、中国の習近平国家主席との会談など、外交一色の一週間を走り抜けた。しかし、どうにか無難にこなしたと思えたが11月3日、中国外務省から猛烈な抗議の声があがった。
高市氏が11月1日付のXで、「台湾を代表してAPEC首脳会議へ参加している林信義氏とお会いしました。日台の実務協力が深まることを期待します」と、面会写真とともに投稿したのだ。林信義氏とは元副首相で現総統府資政、総統顧問に相当する大物である。
この経緯については、遠藤誉氏の11月1日、5日付のエキスパートブログが詳しい。
10月31日、韓国で開催されたAPEC首脳会議に参加する首脳たちが控室で待機していた際に、高市氏は各国の代表たちに挨拶している。そのなかに台湾代表の林氏もいて、ツーショット写真を撮影していた。そのあとに習近平氏との挨拶のツーショット写真をXに投稿し、習氏との正式会談を終えてから林氏とのツーショット写真を投稿。さらに首脳会議が終わったあとの11月1日、高市氏は林氏との会談の発表とともにツーショット写真を投稿している。
1972年の日中共同声明において我が国は、台湾が中国(中華人民共和国)の領土の一部という中国の立場を十分に理解し、尊重することを表明している。そのことを踏まえれば、高市氏の行動は明らかに中国を刺激しているのだ。
これまでも、国際会議などで台湾代表と挨拶するくらいは中国も大目にみて抗議することはなかった。日本のそれまでの首相もそのことは踏まえていて、台湾代表と会ったとしてもXやネットで公開することはなかったし、中国も情報を得ていても黙認してきたのである。ところが今回の高市氏のように、首脳会談直後にもかかわらずあからさまに公表されてしまうと、「習近平の顔に泥を塗られた」と受け止められ、断固として抗議せざるを得ないのだ。
今年の4月、首相就任の以前のことだが、高市氏は台湾を訪問し頼清徳総統と会い、台湾有事や日台の外交、安保、経済分野の協力強化について協議している。そもそも高市氏は麻生太郎氏とともに親台湾派議員として知られ、中国にとって好ましい人物ではない。さらに、公明党を自民党との連立政権離脱に追い込んだ人物という中国側の見方もある。
1964年の公明党結党大会で採択された活動方針のひとつが「日中国交正常化」であった。以来半世紀にわたって中国との太い繫がりを維持し、1999年以降の連立政権下では中国の重要な情報源となってきたのが公明党である。今回の連立離脱にあたっては、斉藤鉄夫代表は中国の呉江浩中日大使から思いとどまるように説得されたともいわれる。習氏が高市氏へ就任の祝電を送らなかったのも、正式会談に応ずるかどうかぎりぎりまで逡巡したのも連立離脱の影響が大きいという。
中国は公明党の連立離脱だけでも相当怒っていて、さらに今回の高市氏のX投稿である。中国側にとっては堪忍袋の緒が切れた状態であった。
高市氏側近によれば、このX投稿について外務省は事前に「日中関係に悪影響を与える」「今後、首脳会談ができなくなる」という懸念を示したが、高市氏がそれを振り切ったという。日本は台湾有事を看過するつもりはないという毅然とした姿勢を示しておくべきという判断から、あえて高市氏本人が強行したものだった。これまでの首相は外務省から示される懸念には従ってきたが、高市氏はそうではなかった(「NEWSポストセブン」2025年11月7日付)。
ところで、肝心の日中首脳会談について興味深い記事があった。福島香織「習近平国家主席が高市総理に言われ放題」(「JBpress」同年11月11日付)を参考にする。
挨拶を交わして会談が始まった直後、およそ2分後という。高市氏は習氏に対して次々と率直な質問、意見を浴びせかけ、日中間の矛盾の核心など、中国共産党が最も触れられたくない政治的敏感な問題をずけずけと指摘したという。
つまり、尖閣諸島と東シナ海情勢、レアアース輸出規制問題、日本人の身柄拘束や逮捕問題、東シナ海における国際法違反問題、香港の自由と法治に対する破壊問題、新疆ウイグル自治区の人権問題など、畳み掛けるように問いただしたのだ。目撃した外交官たちは、「こんな日中首脳会談は日中外交史上、見たことがない」と口々に話したという。
習氏は空気を換えようとしたのか、わずか30分の会談にもかかわらず途中でトイレに立ったという。そのあとは高市氏が聞き役に回ることになる。そのなかで台湾について、中国側の発表によれば「日本は1972年の日中共同声明における立場を堅持する」と高市氏が言ったとされているが、日本側の発表にはこの部分がない。遠藤誉氏は、高市氏が言っていないとは考えにくいとしている。これは、台湾の林氏との会談の公表に繋がる重要なポイントである。
上記の事柄に加えて、ダメ押しするかのように湧き起こったのが、11月7日の衆議院予算委員会で、立憲民主党岡田克也氏の質問に対する高市氏の答弁である。
自民党総裁選で高市氏から、中国による台湾への海上封鎖があった場合、集団的自衛権に基づく武力行使が認められる「存立危機事態」になるかもしれないと発言があり、その真意を問いただしたものだ。
高市氏は「戦艦を使って武力の行使を伴うものであれば、どう考えても存立危機事態になり得るケースだ」と述べ、集団的自衛権の行使が可能になるという認識を示した。判断基準のひとつとして「例えば、台湾を中国が支配下に置くためにどういう手段を使うか」と語り、民間船舶を動員した海上封鎖であれば「存立危機事態には当たらない」とも述べた。
新聞も大きく紙面を割いて詳しく解説しているのでここでは省略するが、アメリカさえも対応を明言しておらず、軍を動かすかどうかさえ判然としていないことである。与党政治家お得意の「仮定の質問にはお答えしかねます」とか、「首相としての立場では、手の内を明かすような発言はできかねます」とかわすべきではなかったか。さらに「密接な関係にある他国」とあるが、台湾を国家として認めていない。「日本は1972年の日中共同声明における立場を堅持する」の意味をしっかり理解していれば出なかった発言である。
明海大学外国語学部教授小谷哲男氏はX(11月8日付)で、「海上封鎖は武力行使だし、戦艦と軍艦の区別さえつかない総理が安全保障の素人なのは明らか。(中略)周辺国の情報機関は喜んだろう。特に台湾封鎖における日本のとりうるオプションを示したのはマイナス」と批判している。現在「戦艦」に分類される現役の軍艦は、どこにも存在しないのだそうだ。
高市首相は答弁の撤回は拒否、「特定のケースを想定し、この場で明言することは今後慎む」として、発言を大幅に後退させざるを得なかった。政府内でも相当問題となったことは明らかである。
高市氏が発言を即座に撤回しなかったことがさらに中国側を刺激したようだ。中国外務省からは「悪辣な言論を撤回しなければ、一切の責任は日本側が負うことになる」と強い抗議がきている。まるで、野田佳彦政権が尖閣諸島を国有化したときのような反応である。高市氏は習氏を訪ねて北京へ赴くしかないのではなかろうか。
それにしても短期間に何度も中国側を怒らせたものである。我が国はエネルギー資源も食料も自前では賄えない国である。中国ともロシアとも波風を立てないように付き合っていくしかないように思うが。 (2025/11)
<2025.11.15>
日中首脳会談(2025年10月31日/首相官邸HPより)








































































































