いま、思うこと〜提言・直言・雑感〜 工藤茂
第161回:イラン戦争の背景
3月1日の『東京新聞』朝刊は、「米イスラエル イラン攻撃」の黒地白抜きの大きな見出しが躍った。その裏面には、2月26日のジュネーブでのアメリカとイランの核協議を仲介したオマーンのパドル外相のコメントがあった。イランは核兵器製造につながる高濃縮ウラン放棄の意向を示していたのだ。合意に向けての進展もみられ、3月2日には実務者会合を開く予定だったという。
協議中に、宣戦布告もなしの不意打ちだった。暴挙としか言いようがない。朝刊を読んだ数時間後には最高指導者ハメネイ師の死亡がネット上に流れ、授業中の女子小学校の爆撃も明らかになった。教職員を含め少なくとも160人以上の死亡者を出したが、言い訳に終止するアメリカのトランプ大統領の姿は醜いものだった。
その後、イスラエルによる攻撃は、親イラン勢力ヒズボラの拠点レバノンへと拡大しているが、これはハマスの拠点ガザへの攻撃と同列のものだ。イランによる報復攻撃は即座に開始され、ホルムズ海峡封鎖をはじめ、対イスラエルはもちろん米軍施設のある中東周辺国へと拡大、その影響は世界経済へと波及している。
以下、『毎日新聞』(2026年2月28日付)、一色清「このニュースって何?」(「EduA」2025年6月19日付)による。
イランの正式名称はイラン・イスラム共和国。国土はイスラエルの74倍、人口は9.3倍の9,150万人。原油の確認埋蔵量は世界4位、天然ガス2位の資源大国である。女性には髪を覆うスカーフ、ヘジャブ着用を義務づけるイスラム的な保守的文化が色濃く残る。
ただ、それ以前のパフラヴィー朝イラン時代(1925-79年)はアメリカの支援のもと、脱イスラム化を推進、ミニスカート姿の女性もいればイスラエルとの国交もあった。今の状況からは想像も及ばない政治情勢だった。しかし次第に貧富の差が拡大し、国民の多くが信仰するイスラム教への弾圧から抵抗運動が激化。1979年のイラン・イスラム革命で国王失脚、ホメイニ師が初代最高指導者となり保守的なイスラム体制が確立した。その後、在イランアメリカ大使館人質事件が起きるなど反米色が強まるとともに、パレスチナ占領を続けるイスラエルとの確執も露わになっていく。
イランとイスラエルは国境を接しているわけではない。確執の根にはイスラエルが首都と主張するエルサレムの存在があった。エルサレムはユダヤ教、キリスト教、イスラム教それぞれの聖地となっているため、国際的にはテルアビブが首都として認められている。それでもイスラエルは主張を変えようとはせず、イスラム教に忠実なイランの反発を招いていた。他方イランは、イスラエルの隣国レバノンのヒズボラ、イエメンのフーシ派、ガザのハマスなどの反イスラエル武装組織を支援するなど、イスラエルの反発を買っている。
国際社会からは核兵器保有が確実視されているイスラエルに対抗し、核兵器開発を進めているとみられているのがイラン。なぜか非難されることがないイスラエルに対して、数十年にわたって非難されているイランという不条理な現状もある。
3月5日、インターネット上で異様な光景を目にした。ところはアメリカ、ホワイトハウスの大統領執務室。トランプ氏は目を閉じ、執務机に両手を組んで座っている。その背後を取り囲むのは全米各地から招かれた20人ほどの福音派の牧師たち。数人がトランプ氏の肩や腕に手を置き、軍隊の保護や神の導きを求める言葉を述べながら戦争の勝利を祈ったという。
「按手[あんしゅ]」と呼ばれるキリスト教の伝統的な儀式だ。アメリカでは、このようにキリスト教と政治が密接に結びつく。牧師たちはもちろんトランプ支持者であろう。
以下、宗教学者加藤喜之立教大学教授による(『朝日新聞』2026年2月11日付)。
福音派は、アメリカでは1970年代から保守的な政治勢力として台頭し、国民の4分の1を占める最大の宗教勢力となっている。60年代以降にアメリカ社会が進めてきた多様性を重視するリベラリズムを文明的な衰退とみて徹底的に批判する。
トランプ氏の中東政策にも福音派の影響がある。イスラエルの地は、終末論においてイエスが再臨する場所である。創世記12章にある「イスラエルを祝福するものは神に祝福される」という趣旨の文言を文字どおりに受け止めているという。
これがイスラエルに対するアメリカの絶対的な支持へと結びつく。トランプ氏は2017年、イスラエルの主張に従いエルサレムを首都と認め、翌年にはアメリカ大使館をテルアビブからエルサレムへ移転。さらに2019年、イスラエルが一方的に併合したゴラン高原(シリア領)の主権を承認した。国際的な反発は大きかったが、すべて福音派への配慮の政策である。
今回のイラン攻撃にも、イスラエルの敵を滅ぼすというトランプ氏の強い信念の一端がみられるが、中間選挙に向けての福音派の支持獲得という一面もある。
「誇り高いイラン国民よ。自由の時が来た。私たちが作戦を終えたら、政府を掌握してほしい。あなたたちのものになる」
最初の攻撃直後、トランプ氏はイラン国民に向けて蜂起を訴えたが、それに応じた動きはなかった。イスラム法学者が統治する現体制を多くの国民が支持しているわけではないが、反体制的な動きも脆弱で、受け皿もないのだ。
イラン出身の俳優サヘル・ローズ氏は、イラクとの国境近くの村で生まれ、4歳のときイラン・イラク戦争で家族と離れ養護施設で育つ。正確な出生年や名前も知らない。テヘラン大学からボランティアとして来ていた女性の養子となりともに来日。以後、二人三脚で歩んできたが、何度かイランを訪れてもいる。同氏のX(2月28日付)を紹介する。
「今は、簡単な言葉にできません。国家への攻撃のニュースの向こうには、そこで暮らしている人の生活があります。意見は一つではなく、『戦争』という言葉の意味も、置かれている立場によって大きく変わる。その複雑さを、軽く扱いたくない」
おそらく現体制の崩壊は望むところと思われる。しかし、それが外国による侵略戦争で実現することには納得できないのだ。イラン人の手によって、平和裏に自由がもたらされることを望んでいるのであろう。
ネタニヤフ氏は凶暴である。イラン攻撃の裏ではパレスチナのガザ、ヨルダン川西岸地区への圧力も強めている。イラン、パレスチナを地球上から抹殺しようとしているようにも思える。イランは死を賭して反撃するだろうが、ネタニヤフ氏は躊躇なく核兵器を投じることがあっても不思議ではない。
19日にトランプ氏と会談する予定の高市早苗首相は、無理な要求を突きつけられるであろうが、まずは「正当性のない戦争はやめろ」と訴えること。それが国際的にも理解を得られるはずだし、アメリカとの向き合い方を見直す契機となるかもしれない。また、親日家であるイランのアラグチ外相は日本の動きに期待しているはずだが、少なくともイランの敵に回ることは避けてもらいたい。 (2026/03)
<2026.3.17>
大統領執務室で行われた按手(X〈2026年3月7日付〉より)












































































































