いま、思うこと〜提言・直言・雑感〜 工藤茂

第162回:辺野古、その後

 沖縄県名護市辺野古では、依然米軍新基地の建設工事が進行中である。歴代政権が「辺野古移設が危険な普天間基地固定化回避の唯一の解決策」と繰り返し訴えてきた工事である。
 昨年1月から軟弱地盤の杭打ち工事に取り掛かったものの、天候不良等の中断もあって、4,700本の杭打ちに1年を要したという。今後4年間で7万本を打つ計画という。 
 また、軟弱地盤の最深部は海面下90メートルに達することから、技術的に困難という見方もある。工事全体の終了予定は2033年4月で、米軍への引き渡しにはさらに3年を要する見込みという(「KYODO」2026年2月13日付)。
 
 この2月17日、アメリカ国防総省は辺野古新基地には長い滑走路がなく、日本政府が代替滑走路を用意するまで「普天間基地の返還はない」と留保する考えを示した。米議会付属の調査機関である監査院が国防総省に対し、滑走路短縮に伴う「能力上の欠陥」の解決を促していたのだが、それに対して公式文書で回答したものだという(『東京新聞』同年2月19日付)。
 新聞もテレビも大きな扱いだったが、日本政府は従来の返還計画に変更はないという立場で貫いた。それは普天間基地返還の8項目の条件のひとつとして、緊急時の任務で長い滑走路が必要になった事態に備え、「民間施設の使用」環境を改善することで合意しているためだ。
 滑走路の長さについては、普天間基地の滑走路が2,700メートルに対して、辺野古新基地では2本V字型1,800メートルで構成されていて、明らかに長さが不足している。
 この報道の3日後、滑走路が短い辺野古新基地が完成後も普天間基地を維持し日米で共同使用すべきという、アメリカ海兵隊中佐が発表した論文が大きく報道された。アメリカ海兵隊は論説は中佐個人の見解と説明している(『東京新聞』同年2月22日付)。
 これらはとくに新しい事態が起きたわけではない。米軍側の都合から出た本音のようなものである。
 
 普天間基地返還について、日米双方が合意したのは1996年4月12日である。「5年ないし7年以内の全面返還」の予定だったが、30年過ぎていまだ普天間基地は鎮座したままで、新聞が特集を組んでいる。
 この返還合意から17年が過ぎた2013年に両政府は統合計画を合意、8項目の返還条件も確認した。17年6月、稲田朋美防衛相(当時)が参議院外交防衛委員会で「米側との具体的な協議やその内容に基づく調整が整わないことがあれば返還条件が整わず普天間基地の返還がなされない」と答弁し大きく報道されたが、その根拠となっているのが先の8項目の条件である。米軍側からほぼ一方的に突きつけられた屈辱的なものといってもよいだろう。
 
 30年が過ぎての特集記事でも8項目の条件の存在には触れているが、その中身については記していないので、ここにその8項目を記しておく。
① 海兵隊飛行場関連施設等のキャンプ・シュワブへの移設
② 海兵隊の航空部隊・司令部機能及び関連施設のキャンプ・シュワブへの移設
③ 普天間飛行場の能力の代替に関連する、航空自衛隊新田原基地及び築城基地の緊急時の使用のための施設整備は、必要に応じ実施
④ 普天間飛行場代替施設では確保されない長い滑走路を用いた活動のための緊急時における民間施設の使用の改善
⑤ 地元住民の生活の質を損じかねない交通渋滞及び関連する諸問題の発生の回避
⑥ 隣接する水域の必要な調整の実施
⑦ 施設の完全な運用上の能力の取得
⑧ KC-130飛行隊による岩国飛行場の本拠地化
 記事では④の懸念のみを指摘しているため、他の項目はすべてクリアされているものと理解してしまいそうだ。防衛省のHPをあたってみたところ、③と⑧のみがクリアできているようで「完了」と記されていた。
 稲田氏の答弁報道の際に「辺野古移設が完了しても普天間基地は返還されないのではないか?」という懸念がひろがったが、防衛省のHPを確認した感想としては、再び同様の懸念を抱いたというのが正直なところである。まだ時間があると受け止めているせいか、切迫感が感じられないのである。
 ただそれ以前に、工事中の辺野古新基地は本当に完成するのかという切実な問題がある。たとえば軟弱地盤の工事で行き詰まった場合どうなるのか。これは常に念頭においておく必要があるのではなかろうか。
 
 ところで辺野古沖で3月16日、抗議活動に使用されている小型船2隻が転覆した。乗船していた修学旅行中の同志社国際高等学校(京都府京田辺市)の生徒たち18人と乗員3人が巻き込まれ、女子生徒1名と船長の男性牧師1名が死亡、16人が負傷した。
 ニュースを聞いて即座に思ったのは、「修学旅行で抗議活動か、すごい高校だな。私立だから行けたのかな?」ということだった。
 その後の報道によれば、同校の沖縄への研修旅行(他校での修学旅行)は「平和学習」として40年前から行われていて、2015年頃から辺野古の陸上部にて、23年(22年度)から海上に出ての移設工事現場の見学を始めたという。あくまでも見学であって抗議活動ではない。船長も乗員も「ヘリ基地反対協議会」のメンバーで、海上からの見学は協議会によるボランティアとして行われていたという。
 今回の「平和学習」には7コースあり、そのなかから希望するコースを選択することになっていた。サンゴの植え付け体験と辺野古以外の5コースは沖縄戦に関連のあるテーマで、サンゴの植え付け体験は自然保護の問題になるのだろうか。こうしてみると、7コースのなかで「辺野古コース」だけが他と明らかに異なるテーマ設定になっている。
 沖縄県民の多くが反対を表明したなかで進められている移設工事の現場に入り、国の政策に抗議活動をしている「ヘリ基地反対協議会」の協力で小型船に乗せてもらっての見学である。学校は明らかに、協議会側に与[くみ]する立場に立っていることになる。そして、亡くなった女子生徒の保護者によれば、きれいな珊瑚礁を見たいという理由で辺野古のコースを選択していたというから首を傾げてしまう。
 当然ながら、関心のない生徒は亡くなった生徒1人だけではないはずだ。理解度や考えの異なるさまざまな教員や生徒たちが集まっている学校が、ここまで明確に立場を表明して大丈夫なのかという疑問を抱いてしまった。ただ、現場に行ってはじめて関心をもつこともあるので、学校側の意図を安易に否定はできない。
 やはり、「ヘリ基地反対協議会」の協力を仰いだという部分が疑問になるだろう。辺野古の問題を探るのであれば、沖縄県、沖縄防衛局双方へ取材しながら辺野古への決定過程をたどってみてもよいだろう。あるいは捉え方を変え、「捨て石にされる沖縄」をキーワードとして沖縄戦や辺野古を含めた基地問題を捉えてみる。どちらにしても、この国の「民主主義」のレベルがみえてくるはずだ。
 いずれにしても今回の事故のために、沖縄への研修旅行のさまざまな問題が浮き彫りにされてしまったようだ。一度原点に返って考え直してみたほうがよいように思う。 (2026/04)




 
<2026.4.16> 

辺野古新基地建設工事の進捗状況/2025年4月時点(防衛省HPより)

いま、思うこと

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工藤茂(くどう・しげる)

1952年秋田県生まれ。
フリーランス編集者。
15歳より50歳ごろまで、山登りに親しむ。ときおりインターネットサイト「三好まき子の山の文庫」に執筆しているが、このところサボり気味。

工藤茂さんの<ある日の「山日記」から>が読めます。LinkIcon